16話 サポートヒーラーと地下牢のキメラ
「せっかく皆退院したばかりだというのに、嫌な気分であります」
海軍宿舎の一室。青空の尻尾用の部屋となったそこで、ルシュカが呟いた。
その一言に、アゼルも頷く。
「良い気分じゃねぇな。人の命を弄んだ非道な実験を、あの腹ペコ王女さんがするなんてありえねぇ。だが、これでわかったこともあるぜ。王女さんの兄さんっていうブライアン王子。そいつは悪い奴だ」
アゼルの言葉に、ルシュカも同じ意見の用でウンウンと頷いた。
そしてアゼルは続ける。
「少なくとも、これでブライアン王子様がキメラ術式の人体実験に関与していることは確実だ。だが、それを王女様に罪をなすりつけた……」
「ぐぬぬ、もどかしいであります! できることなら助けてあげたいであります!」
「だからミカァとリーナが、あいつの所に行ってるんだ」
この場にはミカとリーナの姿はなかった。
と、そんな時にアゼルがとある事に気づく。
「そこらをフラフラしてるシイカはともかく、そういやショーティアとクロはどこ行ったんだ?」
二人の姿が部屋のどこにも無かった。すると、ルシュカがアゼルに答える。
「お二人なら市場へお買い物へ行っているであります。ミカどのが不足していた調味料を買うのをお願いしていたようでありますよ!」
「お、そうなのか。聞き逃してたぜ。あー、こんな気分の時は、ミカァの美味い料理が食いたいぜ! はやく夜にならねぇかなぁー!」
〇〇〇
「へくしっ!」
とある冷たい地下道を歩いていたミカが、くしゃみをした。
その隣を歩くリーナが、ミカに尋ねる。
「まったく、ミカッてば寒がりね」
「いや、別に寒くてくしゃみした訳でもないんだが。誰か噂でもしてるのかもな」
話しながら歩く二人の周囲には、海軍の兵士たちが居る。そして先頭を歩いているのは、提督その人だ。
そしてその地下道には、いくつもの牢屋がある。その牢屋には魔術式が刻まれており、簡単には外に出られない作りになっていた。牢屋の中には、囚人たちが睨みつけるようにミカ達を見ている。
そうして歩いている最中、提督もミカのくしゃみに反応して言った。
「すまないな。この牢獄は、ヴェネシアートの最重要監獄施設だ。凶悪犯であったり、普通の牢屋では脱出されてしまうであろう、危険な技術を持つ者たちを収監している。徹底的に囚人を逃がさぬよう設備は整えているが、いかんせん地下では寒くてな。容赦してほしい」
「いや、大丈夫。というか別に寒くないって」
すると、リーナは周囲の牢獄の様子を見て、感心しながら言った。
「ヴェネシアートにも随分とちゃんとした監獄施設があったものね。たしか地上の建物には、あのライアスとかいう奴も収監されてるのよね」
「ああ。奴はミカのおかげでドラゴンへの変身が抑えられているからな。アンジェラとの相談のもと、上に収監している。もっとも、アンジェラはミカにそれで良いか聞いたようだが」
「そういえば聞かれたな。たしかに今のライアスであれば、この地下牢ほど厳重に捕まえていなくても大丈夫だ」
と、凶悪な犯罪者たちが収監されている牢獄が並んだ地下通路を歩くミカ達。
しばらく歩いて行くと、突き当りには大きな鉄製の扉が現れた。
その扉にはびっしりと魔術式が書き込まれている。その魔術式を見たミカが言った。
「これまた、随分と多重に組まれた魔障壁術式だな」
「ああ、高名な魔法使いに作ってもらったものだ。この先には、さらに危険な犯罪者たちを収監している牢獄がある。待っていろ。今部下に専用の解錠魔術式で空けさせ……」
と提督がミカに言おうとしたところ、ミカはその鉄扉へと近づき、術式に触れた。
「なるほど。少し古いタイプの術式だ。このタイプは古くから使われていたが、昨今の魔法技術の発達もあって脆弱性が明らかになったんだ」
そう言うとミカは魔術式に書かれた文字三つを、人差し指でそれぞれつついていった。
すると鉄製の扉が唸り初め、自然と開いてしまった。
「って感じだ。ん?」
見れば提督や海兵たちは驚いた様子で。リーナは少し呆れたような表情を浮かべてミカを見ていた。
それを見たミカははっとして、弁解する。
「えっと、ごめん。なんというか、学術士という職業柄上、気になってしまって。大丈夫だ。魔術式を壊したわけじゃない。また扉を閉めれば、今までと同じように使える。帰りにでも脆弱な部分を補った魔術式を書き込むよ」
そう提督に説明するミカであったが、当の提督は、じっとミカを見つめて言った。
「アンジェラが貴君を親衛隊に誘いたがる気持ちが良くわかる。ミカ。海軍に入る気は無いか?」
「え? いや、今のところは」
「ちょっと、あたしの大切なサポートヒーラーを取らないでよ!」
「……ふっ、残念だ。しかし、この扉をさらに強化してもらえるか。本部へ戻ったら礼の手配をしよう」
「いや、そこまでしてもらうわけには。俺はただ学術士の癖が出ただけで」
「ひとまず、その話は置いておこう。まずはこの先に居る奴に合わねばならないからな」
そう言うと提督は部下たちに待機するよう指示した。そしてミカとリーナを、鉄製の扉の仲へと案内した。
鉄製の扉の奥は、さらに長い通路となっていた。
やはり牢屋が立ち並び、そこには先ほどの牢屋よりもより強固な魔術式が刻まれている。それを見て、ミカは呟いた。
「術式だけじゃない。ミスリルアイアン製の牢屋でもある。もはや封印だな。でもこれほどであれば、まず外には出れないだろうな」
囚人の一人はミカ達を見て、その巨体で牢へと体当たりした。さぞ実力のある戦士だったのだろう。その体当たりの威力は、並のAランクモンスターであれば一撃とも言えるもの。だが、魔術式で強固にされた牢屋はびくともしない。
とある女囚は、口を術式の書かれた布で覆われ、両手両足を枷に繋がれていた。モゴモゴと何か呪文のような物を唱えようとするが、全て口元の布に書かれた術式にかき消されていた。
少なくとも、冒険者で言えばAランクからSランク並の実力を持つ者が収監されている。
そしてミカ達は、その通路の最奥へとたどり着いた。
最奥の牢屋は、牢屋内はおろか外に至るまで、術式が書き込まれていた。
そんな牢屋を見て、ミカが頷く。
「ミスリル製の格子が四重にもなってる。格子は牢の中にもびっしりだ。Sランク、いや、S+の奴でさえ抜け出すのは難しいな」
ミカがそう表するほど、厳重すぎる牢屋。その牢屋の奥には、一人の男性がミスリル製の鎖によって、パンツ一枚という、ほぼ裸の状態で椅子に体をくくり付けられていた。眠っているのか、頭は床の方を向いている。
すると提督はミカ達にこう告げた。
「私たち海軍が何をしても奴は吐かなかった。今回は、君たちが問い詰めるという手筈になっていたな。命さえ奪わないのであれば、奴には何をしてもいい。私が許そう。では、私はここで見ている」
そうしてミカ達から少し離れた提督。
改めてミカは格子の向こう側に居る男を見た。すると、男もミカに気づき目覚めたようで、顔を上げた。
「ようミカ。相変わらず金髪猫姿のままか」
「ドランク……!」
牢屋の中に縛られていたのはドランクだ。ドランクはミカの姿を見て、ニヤケ面を浮かべる。
「ハッ。まさかお前にそんな趣味があるとはな。ガキ、しかも女の姿ときた。ミューラはお前の趣味に気づいてたのかもな。どうりでミューラがまったくお前に興味がないわけだ。お前みたいな変態野郎にミューラがなびくわけないもんな」
「……別にお前がどう思おうと勝手だドランク」
「そんで、なんのコネだから知らねぇが、その金髪の美女は海軍の提督さんなんだろ? しかもリーナも一緒と来た。そろいも揃って、どうせ俺に何かを吐かせに来たんだろ?」
「あんた……自分がどういう立場かわかってるの!?」
リーナがドランクに怒りを込めた声を上げるが、ミカはそれを片手で制止すると、ドランクに尋ねた。
「お前に聞きたいのは一つだ。お前にキメラ術式を施した奴が知りたい。そしてあのブライアンは、それにどう関係しているのかもだ」
ドランクとブライアンには関係がある。そしてドランクは、件のキメラ術式の実験を施されたのは明らかだ。
アンジェラはその実験をしたという罪を着せられ、捕まった。ドランクから真犯人を聞き出せれば、アンジェラの無実を実証できる。
「ハッ。それを言ってどうなるってんだ。俺に得はあるのか?」
そう言ってミカに唾を吐きかけてくるドランク。ミカはそれを小さな魔法障壁を貼り、防いだ。
そしてミカは腰にかけた小さなポーチから、瓶をいくつか取り出した。その中には、薄い緑色の液体が詰まってる。
その液体を見たドランクが、ミカを睨みつけた。
「てめぇ、それは……」
「覚えていたか。紅蓮の閃光で盗賊を捕まえた際、そのアジトを吐かせるためにお前が俺に作らせた、自白剤って奴だ。正確には幻覚剤と言ったほうが良いかもしれないな。服用することで幻覚を見て、意識が朦朧とする。あとは質問し放題だ」
ドランクから証拠を吐かせるだけではない。物品的な証拠がどこにあるとかまでも聞き出せれば、アンジェラの無実の証明に大きな力となる。
ミカは自白剤の入った瓶をドランク見せつけながら、瓶の蓋を開いた。
「それぞれの瓶に入ってる自白剤は、強さが違う。弱いものから少しずつ使えと言ったはずだが、お前は盗賊に全部一気に飲ませたな。自白はさせれたが、盗賊は命を落としかけそうになった。盗賊を捕まえた功績と、相手が重犯罪を犯したな盗賊だからと罪には問われなかったが、冒険者ギルドに『ミカが全部飲ませた』って報告された時は辛かったよ」
「俺に効くと思うか?」
「この瓶に入ってるのはその時の10倍から100倍の濃度だ。やろうと思えば濃度をもっと上げられる。キメラになったとは言え、いつまでお前は持つかな?」
そしてミカはリーナを指さすと。
「ちなみにリーナに協力してもらったら、30倍の濃度で吐いた」
「……ガリ猫に好きな食べ物を聞かれたわ……絶対に知られたくなかったのに」
「リンゴだそうだ」
「ちょっとミカッ!?」
同じくキメラであるリーナに効果があった。ゆえにドランクにも効果がある可能性は高い。
その薬を見せつけられたドランクは肩をすくめると。
「いいだろう。言ってやろうじゃないか。俺をこんな素晴らしい体にしたのは誰かをな」
「……やけに素直だな、ドランク」
「ミカッ、気を付けなさい。絶対何か嫌らしいことを考えているわ」
するとドランクはミカを見て鼻で笑い、言い放った。
「言ってやる、とは言ったが今すぐじゃねぇ。そのうちだ。どうやら、この『プリンスナイト』様をお呼びの奴が居るようだ」
その時、ドランクの体が淡い光を放ち始めた。
ミカはすぐさまグリモアを手に、魔法障壁を展開する。
「ドランク、何をするつもりだ!」
「何をするか!? だから、呼ばれたから帰るだけだ。じゃあな、リテール族のミカちゃんよ!」
ドランクがそう言った瞬間、ドランクの体から放たれていた淡い光が体の中心に集まり、そのまま牢屋の天井へ向かって飛んだ。
その光はミカの展開する魔法障壁をすり抜けると、そのまま天井へ染み込むようにして消えた。
ドランクの体から発せられていた光が消えると、ドランクはその場でうなだれてしまう。
「ね、ねぇミカッ、あいつはどうしたの……?」
「……まさか」
ミカは慌てて、一部始終を見ていた提督に言った。
「提督、鍵だ!」
「わ、わかった。今牢の鍵を開ける」
提督に牢屋の鍵を渡され、ミカは急いでドランクの居る牢屋へと入った。
そしてドランクの体に触れる。ドランクの体は力なく、椅子からこぼれおちた。
すぐさまミカがドランクの体をまさぐった。そして。
「……死んでる」
ドランクに、既に息は無かった。
その言葉に、リーナと提督が混乱する。
「ミカッ、どういうこと!? ついさっきまで普通に話していたし、それにキメラになっているのに簡単に死ぬはずはないわ!」
「私も彼女に同感だ。ミカ。貴君はヒーラーだ。ヒーラーから見て、彼の死はどう見える?」
提督に問われ、ミカは答えた。
「外傷も無いし、病気であったとも考えにくい。実際、直前まで奴には生気が満ちていた。魔力も残っている。しかも、ある程度体内で流動してる。普通死ぬ直前は、魔力の流動が大きく乱れるはずだ。それこそ頭を一瞬で潰されたって、魔力の流動は乱れるはずだ」
ミカが改めてドランクの体に触れ、目をつむった。
「……いや、この症状、知っている。確か紅蓮の閃光時代、Sランクの依頼で危険な研究をしているという召喚士を王国の兵士と一緒に捕まえにいったことがある。召喚士を追い詰めると、あるものを犠牲に、強大なモンスターを召喚しようとした。そのモンスターはすぐに倒せたが、召喚士は死んでしまった。その時の症状にそっくりだ」
「ミカッ。その召喚士が犠牲したのって……?」
するとミカは一呼吸置いて、そのあるものを口にした。
「魂だ」
〇〇〇
「ふぅ、これで大丈夫かな?」
クロはミカに頼まれた料理の素材を袋に詰め、市場を歩いていた。
「うーん、僕一人で来たけれど、アゼルにも手伝ってもらったほうが良かったかな?」
と独り言を言うクロ。ふと、市場の一角にある屋台を目にする。
そこは武器屋だった。剣の専門店らしく、国内外から仕入れたらしい剣を屋台に並べている。
「剣……」
クロは思い出す。空から降ってきた剣から、自分の体の表面を裂いたことs。
そして、その剣の持ち主の牙が、無数に体に食い込んだこと。
激しい痛みと同時に意識が朦朧として、全てが見えなくなって、そして……
「……」
クロはいつのまにか立ち止まっていた。気づけば、体が震えている。
「いや、ダメだダメだ。あいつはミカが倒してくれたんだ……僕は何もできなかった。タンクらしく守ったり時間稼ぎも、状態異常や素早い動きで足止めも、ヒールだって、何も……」
そう独り言を言ったクロの側に、近寄る一つの影が。
「クロさん? いかがなされました?」
それはショーティアの姿だった。
クロと分かれて材料を買い集めていたショーティアは、様子が少しおかしいクロを心配そうに見つめていた。
クロはすぐに笑顔を浮かべて、ショーティアに言った。
「大丈夫。ちょっと歩き疲れちゃっただけだ。それより早く帰って……」
そう言って歩き出そうとしたクロの前に、交差するように老人が歩いてきた。
「わぁっ! っとっと」
「おお?」
一人の老人にぶつかりそうになり、クロは避けたものの、老人がしりもちをついてしまった。
「ああ! ごめんなさい!」
「あらあら、大丈夫です?」
老人の手を取ったのはショーティアだ。するとショーティアに手を取られ立ち上がった老人は、笑顔で答えた。
「ほっほ! 大丈夫じゃ。いやすまんの。人通りが多くて気づかなかったわい」
「いえ、僕こそすみません」
「謝ることは無いぞ。お互い様というやつじゃ。む?」
そのとき、ショーティアは老人の腰に手を当てた。
「立ち上がるとき、無意識に腰を守ろうとしていましたように感じました。腰を少し痛めている可能性がありますので……」
するとショーティアの手から放たれる淡い光が、老人の腰に当てられた。
「ほっほ、お主は聖魔導士かの。リテール族の聖魔導士とは珍しいのう。それに最近ではめずらしい、随分となっておる聖魔導士のようじゃ」
「あらあら、そんな大層なものではありませんわ。腰はいかがです?」
「うむ、確かに先ほどまであった違和感が消えておるわ。礼を言うぞ」
そうして去ろうとする老人に、クロがあることを提案した。
「どこかへ向かわれているのですか? でしたら転ばせてしまったのもあるし、僕が案内しますよ」
「ほっほ! 良いのか? であればちと尋ねたい。見たところ、お主たちは冒険者じゃな? 我はとある冒険者パーティを探しておる」
その白髭を生やした老人が探しているというパーティ。その名は。
「青空の尻尾というパーティじゃ。知っておるか?」
その言葉を聞いた二人。そしてショーティアが、「あらあら」と言いながら老人に答えた。
「知っているも何も、わたくしたちが青空の尻尾、そのメンバーですわ」




