15話 猫耳パーティと怖い話
青空の尻尾の皆がドランクに襲われた翌日。
ミカはヴェネシアートにある冒険者病院前へとやってきていた。
「皆、ここに入院してるんだよな……」
アンジェラの事は、提督がすぐに王都へ使いを出すと言ってくれたため、ミカは皆の治療に集中することができた。
ミカは出来る限りの治療を皆に施した。ミカの適切な治療のかいもあってか、幸い皆命に別条は無かった。皆毒や失血、頭への衝撃などで意識を失っていたが、翌日には目覚める見込みだった。
提督の勧めで冒険者病院に入院はしたが、それはあくまで検査入院のためだ。
ミカは昨晩夜通しで皆を治療していた。
『なんと素晴らしいヒール力……それに学術士だけではなく、他のヒーラーに関する知識、薬学や東方由来の外科技術に関する知識を持っていると。冒険者病院は、様々なクラスを招き、多角的に検査や治療をする施設。これはぜひとも我が病院で採用を……』
というのは昨晩の医院長の言葉。ミカはその誘いをやんわりと断り、なおも皆の治療を勧めた。
だが病院に勤めるヒーラー達にその腕を賞賛されつつも、寝ずに治療を行っている、ミカを見かねて、半ば強制的にミカは帰らされた。
『あなたのリバウンドは軽傷でしたが、それ以上治療に魔力を使うと悪化します。病院としては、見過ごせません』
病院のヒーラー達にそう言われてはミカも病院に居座ることが出来ず、昨晩は海軍宿舎へと帰宅し、一人夜を過ごした。
そして今、ミカは冒険者病院前に居る。
「たぶん、皆もう目覚めてるはずだ」
おそらく今日の夕方には皆退院となるだろう。
だが、ミカは病院の前で足を止め、中に入ろうとしなかった。
「俺のせいだ……」
ミカは自責の念に囚われていた。
皆が傷ついたのはドランクの手によるもの。
ドランクこそ海軍に捕えられ、ヴェネシアートでも最上級の牢獄に入れられたが、ドランクが皆を傷つけた事実は消えない。
そしてドランクの因縁は、ミカのものだ。
かつてミカは紅蓮の閃光のパーティを追放され、そして青空の尻尾に入った。
そしてミカと紅蓮の閃光との因縁の戦いの時、皆が自ら協力し、紅蓮の閃光を倒した。
おそらくドランクが襲ってきたのは、その時の因縁のため。全ては元をたどればミカにある。
だからミカは、皆に合わせる顔が無かった。自分のせいで皆を傷つけた。そうミカは思い込んでいた。
「もしこれ以上皆に迷惑がかかるようなら……」
ミカは呟く。もしも皆に迷惑がかかるようなら。
その先を呟こうとした、その時だった。
『かかるようならなんだってんだ?』
ミカの背後から聞こえてくる声。その声を聞いてミカが振り向くと。
「アゼル……?」
「おうよ」
そこに立っていたのはアゼルだ。だがいつもの鎧姿ではない。病院の患者が纏う、水色の入院着を着ている。
「アゼル、なぜここに」
「ん? ああ、一日入院してわかったけどよ。入院って暇だな! あんまりにも暇なもんで、病院の周りを散策してたんだぜ」
「おい、大丈夫なのか!? ちゃんと退院の許可が出るまで休んでいないと……」
そうミカがアゼルを心配して言った。しかし、それに対してアゼルは。
「大丈夫かどうかか……大丈夫に決まってるぜ。それよりも」
アゼルはミカへと近づくと、右手を振り上げた。
そのままパシン、とミカの頬を叩く。
「何言ってんだ、ミカァ」
「え……?」
突然ビンタをされたミカ。その理由をすぐに気づけずに居た。
そんなミカに、アゼルが言い放つ。
「さっきよ。皆に迷惑がかかるようなら云々言ってただろ?」
「あ、ああ……」
「あの続き、ウチが言ってやるよ。『俺は青空の尻尾を抜ける』、だろ?」
ミカは何も言い返せなかった。
アゼルが言ったのはまさしく、ミカが言おうとした続きだった。
ミカの反応を見たアゼルは、言葉の続きが正しかったと悟ったのだろう、さらにミカにこう続けた。
「ったくよ……ミカァ。前にショーティアも言ってたと思うが、ウジウジ一人で悩んでんじゃねぇよ。お前は聞いたのか? 皆が『ミカァのせいで傷ついた、もうミカァとは一緒のパーティに居られない』って言葉を言ってたのか?」
「いや、そんなことは……」
「なら何で勝手に一人で考えて一人で結論付けてんだ。旗から見れば優しさかも知れねぇが、ウチから見ればミカァの傲慢だ。自分のせいで傷つけたかもしれない、だから青空の尻尾から出れば、皆は傷つかねぇ。傷つくのは自分一人で十分だとでも無意識に思ってるんだろうが、そんなんでウチらは納得しねぇぞ。そんなんで青空の尻尾を抜けだそうものなら、ウチはミカァがいくら拒絶しようともついてってやる。無理にでも、お前を傷から守ってやる」
「……なんでだよ」
「ウチはタンクだぜ? お前を守るのはウチの仕事だ。最初に傷つくべきはミカじゃねぇ、ウチだからな」
たとえミカが無理やりにでもパーティを抜けようとも、アゼルは盾を手にミカを守ると言う。
「……アゼルは怖くなかったのか? Sランク以上の敵と対峙して。あんな思いはもうしたくないと思わないのか? 元々アゼル達には関係ない。俺を見捨てても良いんだ」
「ったくよぉ!」
「いでっ!?」
すると、アゼルは手をグーにしてミカの頭にげんこつをかました。
「おめぇも家族だ。見捨てるとか見捨てないとかじゃねぇよ!」
「家族……?」
「ああ、家族だ。少なくともウチは、パーティの皆をそう思ってる。ウチは貧民街出身で姉弟が沢山居る。だがウチにとって家族ってのは血の繋がりだけのものじゃない」
すると、アゼルは自分の胸を叩き、こう言った。
「家族ってのは、心で繋がった大切な存在だ。血のつながりが無くったっていい。すくなくとも、ウチは貧民街に居る本当の家族と同じくらい、皆を大切に思ってるぜ?」
「アゼル……」
「だからミカァが青空の尻尾をそんな身勝手な理由で出ていくってんなら、どこまでも追いかけてやる。力不足ってんなら、すぐに追いついてやる」
そんな強い意志を持つアゼルに、ミカは肩を落として、呆れ笑いを浮かべた。
「はは……パーティの壁たるタンクさんにはかなわないな。逃げるのは難しそうだ」
「あたぼうよ! ウチは目の前に居る天下の学術士様に、ビンタ一発にげんこつ一発食らわせた最強タンクだぜ? 逃がすもんかよ」
そう言うと、アゼルは病院内へと向かいつつ、ミカを手招きして言った。
「ミカァがどう思おうとな。案外皆は気にしてないぜ。病室に来てみな」
〇〇〇
皆の病室は、幸いにも同じ病室だった。
病室は一人用のベッドが八つ置かれており、青空の尻尾はその一室をほぼ全てあてがわれた形になっていた。
そんな病室にミカが足を踏み入れると。
「その幽霊船には航海日死と書かれた書物があったそうなんだ……それを開くと、中には『死死死死死死死』という文字の羅列が!」
「ぎゃああああああ!! 怖いでありますううううううう!!!!」
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ」
クロが何かを語り、それを聞いたルシュカが病室のベッドのシーツに埋まり、シイカがベッドの下に隠れる。
ショーティアは「あらあら」と変わらない困り顔。そしてリーナは。
「ふふふ、ふん! ぜ、ぜんぜんこわくないわわわ、ね! がが、ガリ猫にしては、面白い話だかららら、三十点、あげ、あげるわ!」
「リーナ、そのわりには声が震えてるね」
「うっさい!」
そんな状況に、ミカと一緒に居たアゼルは笑い声をあげる。そしてミカは。
「えっと……皆なにしてるんだ?」
ミカが尋ねると、ルシュカはミカの元へ駆け寄り、抱き着いてきた。
「おわっ!?」
「みみみみみ、ミカどのおおおお! 怖かったでありますうううう!!!」
「怖いって、何がだ? 昨日のことか?」
「あ、昨日のことは全く全然怖くないであります。そうじゃなくて、皆の話す怖い話でありますうううう!!!」
そうして、病室の皆はミカが来た事に気づき、ミカを歓迎した。
「ミカ! リバウンドは……よかった、ある程度回復したんだね」
「ああ。クロは大丈夫か?」
「うん。ミカのおかげで完璧だ」
そうして、側にあったベッドへと座ったミカ。そのベッドは偶然にもリーナのベッドで、ミカがベッドに座ると。
「……ん? どうしたリーナ」
「気にしないで。何でもないわ」
リーナがミカの隣に座って体を擦り付けてきた。そんなリーナの体は、少しプルプルと震えていた。
ミカは首をかしげて、ショーティアに尋ねる。
「何をしてたんだ?」
「あらあら、病院で暇だったもので、突然怖い話をすることになりまして」
「そうであります! クロどののお話も怖かったでありますが。ショーティアどのの赤い部屋というお話も怖くて……」
怖い話を聞いてぷるぷるしているルシュカ。おそらくシイカもそうなのだろう。
「二人は怖い話が苦手だったのか」
と、ミカは口を押さえて少し笑みを浮かべた。そのとき、ふとミカはリーナに尋ねる。
「リーナも怖い話が苦手なのか?」
「そ、そんなわけないじゃない! いいわ。あたし渾身の怖い話を聞かせてあげるわ!」
すると、リーナはその怖い話というものを語りだした。
「あるところに、一人の女の子が居たのよ。その女の子は病弱で一人っ子だったらしいわ。その子はお兄ちゃんという存在に憧れながら毎日日記を書いていたのだけれど、若くしてこの世を去ったの。残された日記は、彼女の部屋にずっと残っていたいらしいわ。両親もその日記の存在を忘れ、いつしかその家は廃屋となった。ある日、一人の男の人がその家に訪れて、日記を見つけたの。それを開いてみると、中にはお兄ちゃんへの憧れが書かれていた。日記を読み終わると同時、その男の人の後ろから『お兄ちゃん』という声が聞こえて、振り向くとそこには包丁を手にした幼い女の子が立っていてこう言ったの。『お兄ちゃんも一緒になろう』って」
「ぎゃあああああああああ!!!! 怖いでありますうううううううう!!!」
ルシュカが叫びと共に、ベッドの下へともぐりこむ。そこでシイカと鉢合わせになり。
「あ、隣いいでありますか?」
「にゃ」
シイカは両手の親指を立てて許可した。
そんな二人とは対象に、平然としているのはクロ、ショーティア、ミカ、そしてアゼルだ。
全く動じていないクロに対して、リーナが尋ねる。
「み、見栄を張ったって無駄よ。怖いでしょ?」
「うーん。それって『妹の日記』っていう怖いお話だろう? 僕も知ってるよ」
その言葉を聞いて、リーナは耳と尻尾をしょんぼりと垂らして顔を背けてしまった。
二人の様子を見て、呆れ笑いを浮かべるミカ。そんな最中、ベッドの下に隠れたルシュカが言った。
「つ、次は自分であります! 一転攻勢であります! 自分の怖い話を聞くであります!」
そう言ってベッドの下から飛び出したルシュカは、皆に語り始めた。
「長い歴史上、世界には英雄と呼ばれた方が沢山居たであります! ですが、皆英雄的な事を成し遂げたあと、謎の死や失踪を遂げているであります! そう、歴史の裏側には居るであります! 恐怖の大魔王! 英雄でさえ死に至らしめる最強かつ最恐の存在! その名も」
「鬼々炎帝かな?」
クロが言う。するとルシュカは耳と尻尾をピンと立てて反応した。
「な、なんで知ってるでありますかクロどの!」
「知ってるも何も、このバレンガルドではとても有名なおとぎ話じゃないか」
「お、ウチも知ってるぜ! ちっちゃい頃はおふくろから『言うこと聞かないと鬼々炎帝が来る』って怒られたもんだぜ!」
「で、ではショーティアどのやシイカはご存じでありますか?」
すると、シイカは首をこくこくと縦に振り、ショーティアも「あらあら」と言いながら答えた。
「ええ。わたくしも知っておりますわ」
「あたしも知ってるわ。でも不思議ね。あたしは帝国産まれだけれど、鬼々炎帝の話は帝国のおとぎ話だと思ってたわ。こっちでも有名なのね」
そして最後にルシュカがミカを見る。
「ああ、俺も知ってる」
「がびーんぬ! つ、つらいであります……」
皆が知っている話を意気揚々を語り撃沈したルシュカ。いつしか話題は、その鬼々炎帝の容姿の話になっていた。
「ウチはめっちゃでかい黒髪のエルフ族って聞いたぜ」
「僕が聞いた話では、長い銀髪と複数本の尻尾を持った、狐のリテール族って聞いたよ」
「あらあら、わたくしは緑色の短髪で、角を五本持ったオーガ族の方だと……」
「あれ、コビット族ではないでありますか?」
「あたしはヒューマンだって聞いたけれど……これもおとぎ話特有の、各地で伝承が違いってやつかしら。ミカッはどう?」
リーナに言われて、ミカがハッとする。
「そうだな……ごめん、鬼々炎帝の話はちょっと苦手なんだ」
「あらあら、そうでしたのね。ではこのお話はここでやめましょう」
「そうでありますな! では退院したあとの話であります! 自分はまず訓練したいであります! 皆を守れなくて申し訳なかったであります!」
「あたしも悔しいわ……この体でももっとうまく立ち回れるツールでも作ろうかしら」
「僕も手伝うかい? 魔道具を作るなら、魔力の調整は得意だよ」
「ふん、あたし一人で作れるわよガリ猫」
「にゃ……!」
シイカは悔しそうな雰囲気を醸し出しながら、どこからか出した紙に何かをメモし始めた。どうやらより強力な状態異常の薬を作るメモのようだ。
そう、皆がもっと強くなりたいと意気込んでいた。その理由はもちろん。
「わたくしたちももっと強くなって、ミカさんの隣に立ちたいと思っています。だからミカさんも自分の責任と気負わず、これからも沢山ご教授ください。ミカさんがいらっしゃってこそ、隣に立てるのですから」
ショーティアがミカに言った。そんなミカの頭にポンと手を置いたアゼルが言う。
「な?」
にしし、と歯を見せて笑顔を浮かべるアゼルに、ミカはほんのりと口元を緩めた。
そんな青空の尻尾の元に、アンジェラ王女が捕まったという知らせが来るのは、その三日後の事だった。




