14話 一方その頃、王都では
アンジェラは王都へと戻ってきていた。
王国でも随一の速さを持つ騎乗空竜。その速さに追いつける者などそうそうおらず、アンジェラは凄まじい速さで戻ってきた。
アンジェラは王都の城の前でククルと別れ、城に入ってすぐにブライアンの居場所を兵士たちに尋ねた。兵士たちによると、ブライアン王都から出ておらず、今日は王と共に玉座の間に居るとのこと。
「……なんだか変な雰囲気ね」
城内に居る兵士やメイド、執事たちの様子が明らかにおかしい。役職に就いている者も、普段ならアンジェラに対してごまをすろうと近寄って来るのだが、今日に限ってはその様子も無い。まるでアンジェラを避けているかのようだった。
周囲の者たちの様子に疑念を抱きつつも、すぐにブライアンを問い詰めたいアンジェラは急ぎ足で玉座の間に向かった。
玉座の間の扉を開いたアンジェラ。見れば、黒い髭を蓄えた、父であるバレンガルド王が玉座に座っている。そしてその側にはブライアンがすまし顔で立っていた。
そして玉座まで敷かれた絨毯の左右には、兵士たちが立ち並んでいる。
絨毯を歩き、玉座へと近づくアンジェラ。そして、一度父親の前で膝まづく。
「お父様、ただいま戻りました」
そして父親である王に対して、次いでブライアンに尋ねたいことがあることを言おうとした、そのとき。
「……なんのつもり?」
アンジェラの首筋に、冷たい何かが当てられた。
それは剣。剣の刃が、アンジェラの首筋に添えられていた。そしてその剣を手にしているのは、ブライアンだ。
そして、アンジェラの首に剣を添えながら、ブライアンは言い放つ。
「何のつもりか。その言葉はそのままお前に帰そう。バレンガルド第一王女アンジェリアナ・フォン・バレンガルド……いや、反逆者アンジェラよ!」
ブライアンの口から発せられたその言葉を聞いたアンジェラは、ブライアンを睨みつけた。
「私が反逆者!? 何を言って……」
「とぼけるな。全て証拠はあがっている。王族という立場を利用し、各地でキメラ術式に関する研究を行っていたのは他でもない、お前だ。あえてキメラ術式の危険性を皆に知らせることで自分から目をそらさせようとしていたようだが、俺には通用しない」
すると、ブライアンはアンジェラに剣を突き付けたまま、懐から十数枚の紙を取り出した。それを、床へとぶちまける。
「お前が各地の違法組織を潰していたと聞いた。その他、お前が調査という名目で訪れた土地のほとんどに、違法研究施設がある事がわかった。お前の親衛隊が証言した。お前が親衛隊の目を盗んで。何度か町や村へ消えたと」
「それは……」
アンジェラは確かに、親衛隊の目を盗んで消えたことはある。なんてことは無い。ご当地の美味しい食べ物を、隠れて大量に食べたいためだ。
「さらに親衛隊の隊員の一部はこう証言した。『私はアンジェラ王女から極秘任務を受け、共に研究施設を訪れたことがある』と。そしてお前がキメラを利用し、王国を乗っ取ろうとしていたとも語ってくれたよ」
「誰よ、そんなこと言ったの!」
「その紙を見て見ろ」
アンジェラは床に散らばった紙の一枚を手に取り、そこに書かれた名前を見た。
そこに書かれていたのは、アンジェラの親衛隊の中でも古参の女性二人の名前だ。
「お前の考えはわかっている。俺が強制的に言わせたとでも言いたいのだろう? だが、彼女たちは父上の前でも証言してくれたよ。無論、聖魔導教会の聖魔導士から、洗脳や操られていないことは証明済みだ。証拠はこれだけではない。お前が行ったという証拠はいくらでもあるぞ?」
アンジェラは周囲を見る。周囲の兵士は、アンジェラを見て顔を背けた。元々アンジェラは城内でも評判高い。『王女が悪事をしでかすなんて信じられない』『王女が反抗すれば、傷つけなければならない』『どうか暴れないでほしい』とでも言いたげな雰囲気だった。
残るは、自分の父親、バレンガルド王だけ。アンジェラは懇願するように、王に言った。
「私を疑うんですか? ……お父様」
「……」
王は無言で俯いた。その様子を見て、アンジェラは一縷の希望を感じ取った。
アンジェラは考える。全てはブライアンの陰謀だ。おそらく王であるお父様が弁明できないほど、嘘の証拠を作り上げたのだろう。
アンジェラには、その証拠を覆せるものが無い。自分が無実だと証明する術が無いのだ。
もしここで暴れれば、自分を慕う親衛隊や他の者に危害が加えられる可能性もある。だからこそ、アンジェラはブライアンに言った。
「……いいわ。私は認めないけど、一旦捕まろうかしら」
そして、アンジェラは王の方を向くと、一言だけ、こう言った。
「お父様。私は無実です。早く助けに来てください。それまで、私はパパと食事した思い出を、いつも思い出しています」
パパという言葉を聞いた王が目を右手で覆い、顔を背けた。
そしてブライアンが自身に突き付けた剣の刃を、素手の右手で握るアンジェラ。その手から血が流れる。
「さぁ、さっさと捕まえなさい」
〇〇〇
アンジェラが自ら捕まり、王都内にある牢獄へと入れられたその日。
一人の老人が城を訪れた。
その老人はグレアドス。実質的に王以上の権力を持つ、元老院のメンバーの一人だ。
グレアドスは、城内のとある一室にある椅子に座っていた。
「お久しぶりですバレンガルド王。こうしてあなたの私室に訪れるのは、いつ以来でありましょうか」
グレアドスが居るのは、王の私室だった。そして王はというと、グレアドスに背を向けるようにして、顔を俯けて立っていた。
「気にするなグレアドス。我とお前の仲だ。今でも思い出す。幼い頃、勉強嫌いであった我の部屋を訪れて、我に様々なことを教授してくれた、あの日の事をな」
「いやはや、懐かしいですな……」
「お前がやってきたと聞いて、我も拒むわけにはいかぬ。こうして久方ぶりにお前を私室へ招き入れたが……王女のことであろう?」
グレアドスが頷く。
「バレンガルド王。私はアンジェリアナ王女……失礼、彼女は祝福名で呼ばれるのを嫌っていましたかな」
「かまうな。我とお前の仲だ」
「では……あのアンジェリアナが、命をないがしろにするような、違法な研究を行っていていたなど信じられないのです」
「それは我とて同じだ。他の兄たちとは違い、常に我を気遣っていた、優しく大切な娘だ。信じられるものではない。だが、ブライアンは確かな証拠を多数持っておる。我はその証拠も作られたものだと考えているが、反証のしようが無い。復権派の大臣や元老院、果てはバレンガルドに不満を持つ属国の貴族達も味方につけているときた。我が王としてアンジェリアナを赦免しようものなら、事は最悪の方向へと動くだろう」
すると、王は頭を抱えて呟いた。
「ブライアン……昔からつかみどころが無いと思っておったが、何を考えておるのだ……お前は長男だ。王位継承権もある。アンジェリアナを陥れる必要は無かろうて……」
「兄弟が兄弟を陥れる。過去にいくらでも事例はあります。王位継承権を持つ兄が、民から人気のある弟を脅威に感じ、陥れ殺したという逸話もあります。当時の王は、兄の方の息子に権力を全て握られており、何もできなかったとか」
「ふっ、まるで今の我のことのようだ」
王は大きく息を吐きながら、天井を見上げた。
「所詮、我はお飾りの王だ。王位を継承するはずであった兄たちが病や事故で亡くなり、なし崩しに王になっただけ。元老院の下で政治を行う、娘を一人助けられぬ仮初の王でしかない」
「そう卑屈にならないでください。現に王のおかげで助けられた者たちは多くおります。王の政治により、貧しい者たちにも教育が行きわたり、民の多くが仕事にあり付け、飢えることの無い国となっております」
そして、さらにグレアドスはアンジェラについて話し始めた。
「法に照らし合わせれば、王女の死刑は免れません。アンジェリアナ王女は、民や多くの家臣、属国や国外からも人気が高く、信頼されております。彼女が死刑となり、執行でもされてみてください。最悪、反乱が起きます」
「それは我とてわかっておる。だが、どうすれば良いのだ。赦免もできぬ、それでいて娘の命を守る。どうすれば良いのだ」
王の嘆きにも近い問いに、グレアドスは答えた。
「単純な話です。第三者に王女を牢獄から脱獄させてもらうのです」
「脱獄……?」
「はい。王女が牢から脱獄すれば、『王女は自分の悪事を認めた』と言う輩も居るでしょう。だが、どちらにせよ王女は処刑されてしまう。ならば、脱獄しても同じです。脱獄し、王女には身を隠して頂く。現状、ブライアン王子が握っている証拠をすぐには反証することはできませんが、反証するにしても王女が生きていなければなりません」
「……我とて娘が生きているならば、それに越したことは無い」
「問題は、誰に脱獄を手引きしてもらうかです。聖魔導教会にも復権派は多く、ブライアン王子の手が回っていると考えて良いでしょう。教会裁判は、即日で王女を死刑とし、すぐにでも処刑が行われる可能性が高い。事は急です。王女と牢獄から助けられるほど、高い知力を有し、それでいて最上級の実力者で、なおかつ信頼が置ける者……心当たりはありませぬか」
「我にはそのような者たちは……」
そうそう心当たりがあるはずもない。いずれかを満たすものは思いついても、すべてを満たす者を追うは思いつかなかった。
だが、そのとき王は思い出した。
アンジェラが捕まる前に言った『食事した思い出』と言う言葉を。
アンジェラは多忙であったが、城へ戻るたびに共に食事をとっていた。
その際、最近になってアンジェラから何度も語られた者たちが居る。
Sランク冒険者以上の実力と、高い知識を持った者が所属している。そしてアンジェラは、その者たちを深く信頼していた。
得意げに話していたから、王の印象に残っていた。その者たち。そのパーティの名前は。
「グレアドス。『青空の尻尾』という冒険者パーティは知っておるか?」




