13話 サポートヒーラーVSキマイラ
あまりにも幸運だった。
提督と共にパーティハウス跡地へ向かっていたミカは、跡地近くの空に赤い煙幕のようなものが上がっていることに気づいた。
元々青空の尻尾のパーティハウスのあった場所は、他のパーティハウスから離れた立地の良くない場所。
その周囲はパーティハウスが崖と共に崩壊した一件で、冒険者ギルドと海軍によって封鎖されてしまっている。
だからその場に居るのは、今日特別に許可を貰っているであろう、青空の尻尾の皆であることは明白だ。
そして煙幕。あのような煙幕を持っているのは、シイカに違いない。
だがシイカがパーティハウスの跡地で、煙幕を空高く投げるだろうか。もし暴発したのならば地表近く。暴発とは考えにくい。
となれば、『意図的に空に投げられた可能性が高い』。
誰かがふざけて空に投げたのか、はたまた何かの事故なのか。いずれにせよ、普通ではない事態になっているのは明白だ。
心配したミカは走って向かい、提督も後を追う。パーティハウス跡地を封鎖するため警備していた海兵を通り過ぎ、パーティハウスが近づいた辺りで、聞こえて来たのは銃声。
ミカは全力で銃声の元へと向かった。もちろん提督も一緒だ。
そして見つけた。パーティの皆が倒れている。青白くした顔を浮かべている者も入れば、体中から血を流している者も居る。
皆を傷つけたと思しき化け物が立っている。そしてその化け物は、リーナを巨大な手で掴んでいた。
もしも動きの素早い提督が居なければ、リーナの命が無かったかもしれない。
ドランクに対峙するミカの背後で、皆の様子を見ていた提督が言った。
「皆の命に別条は無い」
それはアンジェラが早めに帰ったこと、提督が一緒に居たこと。それら全ての偶然が重なったおかげだ。
それはつまり、一歩遅ければ、誰かの命は無かったかもしれない。
「ドランク……!」
ミカの拳に力が入った。そして、ドランクはミカの張った魔法障壁に閉じ込められている。
キマイラの姿へと変わっているものの、声の質は変わらず、そして喋り方もドランクそのまま。ミカはそのキマイラの声を聞いて、瞬時にドランクだと気づいた。
『チッ、せっかくあいつの言った通り、リーナの頭を吹っ飛ばして殺すところだったのによ。おめぇは……はん、例のミカの弟子ってやつか? 前にどこかで会ったか? まぁいい。そんな奴の障壁……』
ドランクが魔法障壁を何度も拳で殴りつける。だが、魔法障壁はびくともしない。
『ガッ!? なんだってんだこの硬さ! ミカの弟子のくせに……!』
そう、ドランクは気づいていなかった。目の前に居るのが、かつてのパーティメンバー、自身の武器であるカオスグリモアを取り戻し、万全な状態になっているミルドレッド・カルヴァトス、もといミカだとは。
ミカが魔法障壁に閉じ込められたドランクに対して、カオスグリモアを手に魔法の詠唱を始める。すると。
『なっ!? てめぇ、その本はミカが持ってた奴じゃねぇか! 雑魚のくせして、生意気にも大空洞の素材を使って作った……』
ミカはドランクの言葉を意に介さず、詠唱を続ける。しかし。
『はっ、何をしようとしてるかしらねぇが、今の俺にはお前程度の攻撃なんて効かねぇ。すぐに再生する。てめぇを殺すのが楽しみだ。いや、見ればお前らガキだが、そこそこ良い素材してるじゃねぇか。殺す前に犯してやろうか?』
「もういい、喋るな」
『その構え……その詠唱……忘れねぇ……間違いなくあいつの……』
ミカがドランクを睨みつける。その眼を見たドランクが、一歩たじろいだ。そして、ドランクは何かに気づいたように言った。
『その生意気な眼……それにその本。そしてその詠唱……まさか、まさかお前……弟子なんかじゃない……あいつ本人……』
ドランクは気づいた。そしてドランクの様子に気づいたミカが、言い放つ。
「……そうだ。俺が青空の尻尾のサポートヒーラー、ミカだ! お前が化け物になったなら、もう遠慮はいらない。全力でぶち転がす!」
カオスグリモアに魔力を込めたミカが、その魔力を魔法障壁内に全力で放った。
「覚悟は良いか? グリモアバースト!」
魔法障壁内に猛烈な爆発が起こる。その爆発は1分、2分、3分と経っても続き、中に居るドランクを破壊してゆく。
『ぐぎゃああああああああ!!!』
響き渡るドランクの悲鳴。破壊されては再生を繰り返す。だが、なおもミカは魔法を止めはしない。
「許さない……絶対に許さない……! お前は何度も、何度も、俺の大切な物を……大切な存在を……大切な想いを壊そうとする……大切な皆を傷つけた。絶対に、絶対に許さない!!」
魔法障壁の中では延々と爆発が続く。次第にドランクの体の再生スピードが落ちたのか、次第にドランクの声が聞こえなくなっていった。
それでも、ミカは魔法を止めなかった。
その時。
「ミカ!」
ミカに掴みかかる一人の人物の姿が。
それは体をドランクに噛みつかれ、重傷を負っていたクロだ。重傷ではあったが、ミカが展開した回復術式のおかげでかなり回復している様子だった。
それでも、回復魔法は万能ではない。傷は回復できても、失った血液などは戻せない。回復魔法で血ができるのを促すことができても、回復にはある程度時間がかかる。
多くの血を流していたクロは、ふらつきながらもミカの体に、もたれかかるように掴みかかった。
クロに掴みかかられ、魔法を止めてしまうミカ。同時にドランクの居る魔法障壁内の爆発が止まった。
「クロ! なんで……」
「違うんだ。それ以上はミカが……ミカが……! 自分の手を見てくれ!」
言われて、ミカは気づく。
「手が……」
ミカの手の先が黒ずんでいた。見れば、カオスグリモアも壊れてはいないものの、本の大半が黒ずんでいる。
この症状を、ミカはよく知っている。
「リバウンド……」
そう、ミカの余りの魔力に、最高級のグリモアであるカオスグリモアでさえ、リバウンドをカバーしきれていなかった。
だがそれでも最高級のグリモア。黒ずみはしているものの、本自体は全くの無事だ。もしもクロに止められていなかったら、カオスグリモアでカバーしきれていなかった魔力が逆流し、重いリバウンドになっていたことは間違いない。
自分の手を見て驚くミカに、クロが涙声になりながら言った。
「ミカ。お願いだ。もっと、もっと自分の事を大切にしてほしい。ミカが僕たちの事を想ってくれていることはわかってる。僕たちもとても嬉しい。でも、僕たちだって同じくらい、ミカが大切に想ってるんだ。僕だって、ミカが、ミカが傷つくのは……嫌……だ……」
「クロ!」
クロが力なく、ミカの腕の中でぐったりとする。
「気を失っただけか……」
幸い、命に別条はなさそうだ。おそらく血がまだ足りていなかったのだろう。
見れば、魔法障壁の中ではドランクが倒れている。大きなダメージを受け続けたのか、人間の姿に戻っていた。もちろん、裸だ。
すると、ミカのもとへと提督がやってきて言った。
「……最初に言っておこう。悪いのは君ではない。それは確かだ。あまり気を負うな」
「……」
ミカが無言で顔を背けた。見れば、提督は周りに倒れていた皆を、安定した位置へ移動させてくれていた。皆、気を失っている。提督が助けたリーナも、その身にドランクの爪が深く食い込み、気を失っていた。
幸い、ミカが来てすぐに回復術式をかけたから良いものの、もしも少しでも遅かったら皆の命の保証は無かっただろう。
「皆……」
ミカはクロを安定した位置に寝かしつつ、安堵の表情を浮かべた。
すると、提督が何かに気づいたかのように、ミカに言った。
「む、どうやら騒ぎを聞きつけた部下たちが来たようだ。あとはまかせるといい」
「……ありがとう」
「礼には及ばない。君たちは海軍と特別契約を結んでいるのだ。それ以上に、君たちには助けてもらっている。失血や、強力な毒を受けた者も多いようだ。回復魔法で回復しきれない場合は、入院も必要だろう。残りは私たちにまかせてほしい」
「助かるよ……」
すると、ミカは魔法障壁で倒れているドランクの方を見た。
「この様子だと、リーナやライアスと同じ感じか……あれほど痛めつけたからしばらく動かないだろうが、あとでリーナと同じ首輪を作るから、そいつに着けてくれ」
「ああ助かる」
「にしても、何でドランクが……」
と、ミカは呟きつつハッとした。
ドランクを釈放したのは、王子であるブライアンだ。
なおかつドランクは、その言動から青空の尻尾を明らかに意図的に襲ってきていた。
そして、釈放されたばかりのドランクが、どうやって自分が逮捕された時に居合わせた、青空の尻尾のパーティハウスがある場所を知っていたのか。
パーティハウスは冒険者ギルドにも場所を登録する。そしてブライアンは、冒険者ギルドに深いかかわりがある人物だ。
「まさか」
ブライアンがドランクに青空の尻尾のパーティハウスの場所を教えた。
そしてドランクはキメラとなって強い再生力のあるリーナを『あいつの言った通り、頭を吹き飛ばせば殺せる』などと行っていた。
釈放されて間もないドランク。そんなドランクと関係を持つ人物は、ブライアンしか思い当たらない。少なくとも、ブライアンがキメラ術式の一件に関わっている可能性は高い。
ならなぜブライアンは、自らバレるような真似をドランクに行わせたのか。
もう『バレても良い』だろう。もう自分の行いがバレたとして、ブライアンにとって無害であるからだろう。
そしてキメラ術式の事を誰よりも危惧し、追っていたのは……
「アンジェラが危ない……!」




