8話 猫耳ベルセルク、サポートヒーラーの髪を洗う
「よし、この時間なら誰も居なさそうだ」
シイカの眠り薬でぐっすり眠ったミカは、自分の寝室で目を覚ましたあと、着替えを終えてすぐに部屋を出て、海軍宿舎のとある扉の前へと来ていた。
ミカが扉を開くと、そこは広めの脱衣所。そしてさらに中にあった引き戸を開くと、湯気がこもった浴室が現れる。
「本当に湯が湧いてる……」
そこは海軍宿舎にある浴場だ。本来であれば宿舎に住まう兵士たちが使用する浴場だ。
「たしか宿舎には当番があって、風呂を綺麗にしたり湯を沸かしてるって聞いたが」
本来ならば、このような早朝に湯は沸いていない。本来ならば夕方以降に使われることが多い。
だが、この浴場を利用するであろうミカ達のために、海兵たちの好意で、しばらくの間、朝に湯を沸かしてくれることになった。
そして現在は早朝。ミカが部屋から出たとき、おそらく何かしらの当番であろう海兵を除き、人の気配は無かった。そしてミカは、青空の尻尾の皆が寝ていることも確認した。
「今のうちだ。さっさと入ってしまおう」
昨夜、香炉の影響やら、ショーティアの行動やらの影響で、ミカは汗だくになってしまった。朝目覚めたミカは、汗による体の気持ち悪さを解消するため、風呂に入ろうとした。
そして、パーティハウスではいつも一人で湯船に入っていた。男性である自分が、まだ幼さの残る女の子と風呂に入るのはいけないという、ミカの固い意志のためだ。
もちろん、女性になってしばらく経ったとはいえ、男としての意思を持ち続けているために、自分の体を誰かに見られるのは恥ずかしいという意思もある。
ミカは急いで服を脱ぎ捨ててゆく。そしてセーターを脱ごうとした際。
「にゃっ! み、耳の毛がセーターにからまって……ぬ、脱げない……こ、こうか!? いでっ!」
力強くセーターを脱いだおかげで、耳の毛が二、三本抜けてしまった。
「いてて……こういう時、この耳の不便さを感じるな……」
ミカは聞いたことがあった。ショーティア曰く、耳や尻尾の毛が、何かに絡まってしまうのはリテール族には良くあることなのだと。
そしてミカは脱衣所に置かれていたタオルで体を隠しつつ、湯気の沸き立つ浴場内へと入った。
「うわ、すごい湯気だ。眼鏡を外しておこう……」
さっさと風呂を済ませないと、皆がいつ来るかわからない。ミカは簡単に体を流したあと、湯船の中へと入った。
「はぁ……温まる……やっぱり湯船ってのは最高の文化だ……マナストーンさまさまだ、ほんとに」
バレンガルドでは大きな湯船に多人数で入るというのは、一部の宿や、こういった組織の宿舎のように、多人数での入浴を効率的にすることを除けば、あまり多くない。
それでもマナストーンの発見以降、湯沸かしを比較的簡単に出来るようになったことから、小さな湯船というのは珍しくなくなっていた。
大きい湯船にせよ小さい湯船にせよ、体をお湯につけて安らぐという文化は、マナストーンの存在が大きい。
「ふーふふん、ふーふふふん」
かわいらしい声で鼻歌を歌うミカ。するとミカは、湯船の中から自身の尻尾を出して、それを握った。
「う……やっぱりちょっと尻尾は敏感だな。でももっと慣れないと」
それはミカが最近風呂で行っている練習のようなものだ。ミカは尻尾を握られたり、触られたりすると、変な声を上げてしまう。
これは尻尾の感覚に慣れていないで、普通のリテール族ならば、よっぽど強く握られない限りそうはならないというのが、ミカがクロから聞いた話。
ミカは早く自身の尻尾に慣れるため、風呂でこうして尻尾を握るのが日課になっていた。
「ふーふふー、ふーふふふーん」
鼻歌を歌いながら自身の尻尾を握るミカ。そんな最中だった。
勢いよく浴室の扉が開かれると同時、浴室内に響き渡る大声が。
「おおー! 沸いてるでありますー!」
「に゛ゃっ」
その大声に思わず自分の尻尾を強く掴んでしまい、体をビクリとさせるミカ。
無論、ミカはその声の主を知っている。
「る、ルシュカ!?」
「おお! その声はミカどの! 湯気で見えないでありますが、ミカどので間違いないであります!」
「ず、随分早起きだな……」
「いやぁ、あの香炉のおかげでグッスリスッキリでありますよ! ミカどのは湯船でありますな!? 自分も服を脱ぎ脱ぎしたので、ひとっ風呂浴びるつもりであったであります! せっかくなので自分もご一緒するでありまーす!」
と浴室を小走りで進むルシュカ。
「お、おいルシュカ、走ると滑るぞ」
「大丈夫でありま……おわああああ!」
盛大に足を滑らしたルシュカは、そのまま浴槽へとダイブ。
そしてルシュカによって産まれた水しぶきが、ミカへと襲い掛かった。
「ぶへぇ! いやいや、やっちゃったであります。失敬失敬。おやや?」
ルシュカの目線の先にはミカ。ミカは湯船から出していた上半身が、長い髪も含めてずぶぬれになってしまっていた。
「おわあああ! ミカどの、大丈夫でありますか!?」
「も、問題ない……髪は改めて洗うつもりだったし……」
「むむ、でしたらでしたら」
するとルシュカは自分で自分を指さしながら、ミカに提案した。
「お詫びであります! 自分がミカどのの髪を洗うであります!」
〇〇〇
「わしゃわしゃー、あわあわ、でありますー!」
浴槽に置かれていた椅子に座り、下を向いたミカの頭を、ルシュカが洗う。
石鹸を手にミカの頭や体を泡立て、ミカの髪や体はほとんどが泡に包まれていた。
ミカは下を向きながら、頭の上に生えた猫耳を両手で閉じている。
「耳を閉じてるの、け、結構疲れるな」
「しかたないでありますよー。そうしないと水が沢山入っちゃうであります!」
そうして一通りミカの体を洗い終えたルシュカは。
「ではでは、いったん流すでありますよー!」
残念ながら、この浴室にはシャワーというものが無い。そのため、お湯を汲むための入れ物が置かれており、それにお湯を汲み、ルシュカはミカの頭にかけた。
泡は完全には洗い流されなかったものの、そのほとんどは流れ落ちる。
ミカは体や尻尾を震わせて、体や毛についた水をはらった。
「おお! リテール族特有の水のはらい方であります! ミカどのも段々とリテール族らしくなってるであります!」
「え、そんなことしてたか? 完全に無意識だったんだが」
そうして一通りルシュカに体を洗ってもらったミカは、ルシュカに感謝を述べた。
「ふぅ、ありがとうルシュカ。未だにこの猫の耳があるから、髪を洗うのに慣れてないんだ」
「仕方ないでありますよ! リテール族も、十歳ほどにならないと上手く洗えないでありますから! ミカどのがご所望であれば、いつでも洗うであります!」
「ありがとう。でも、やっぱりちょっと恥ずかしいな……」
「いいでありますいいであります! 今ミカどのは女の子でありますよ? 女の子同士であります! 気にする必要は無いであります!」
「それ皆から言われるな……リーナ以外からは言われた記憶があるような」
すると、泡で洗い流されツヤツヤになったミカの肌を見て、ルシュカが抱き着く。
「に゛ゃっ!? な、何だ突然!?」
「ぷにぷにすべすべでありますー! 一度こうしてみたかったであります! むふふー、ミカどのは本当にかわいくて、こんな妹が居たらと考えてしまうでありますよ!」
「妹?」
ミカは思い出す。確かに、ルシュカは母や父の事は話したが、兄妹の事は話さなかった。
「ルシュカは一人っ子だったのか?」
「そうであります! だから、兄妹というのはちょっと憧れているであります。ミカどのを見て、考えちゃうであります。こんな妹が居たら可愛いのだろうと。そして、男性であるときのミカどのを見て、とても頼りがいがあって、かっこよくて……兄と呼びたくもなっちゃうでありますよ!」
「ちょっと気持ちはわかる。俺も一人っ子だからさ」
「兄弟ってちょっと憧れるであります! たしか、シイカどのやアゼルどのは、兄弟が居ると聞いたことがあるであります!」
「へぇ、そうなのか。なんとなくアゼルって長女っぽい気がするな」
「その通りであります! なぜわかったでありますか!?」
と、談笑をする二人。そのまま二人は浴槽へと入りなおし、また話し始めた。
「そういえばルシュカ」
「なんでありますか?」
「ルシュカってよく小遣いが出来るとどこかへ消えるよな」
青空の尻尾は、かつてとは違い、今は比較的裕福だ。そのため、自由時間が出来るとショーティアからお小遣いが皆に配られ、皆が自由に使う。
ルシュカはというと、お小遣いを渡されたとたん、『おしゃれな装備を買いに行く』と言って町へ消えてしまうのだ。
「前のカオスグリモアを王都に探しに行ったときの自由時間でもそうだったが、結局ルシュカっておしゃれ装備買ってないのに『お金が無くなった』って戻って来るよな」
「あははは……よく買い食いしちゃうであります……」
「父親に送ってるんだろ?」
ミカはルシュカから聞いたことがあった。ルシュカは貴族の家系出身。だが母親が難病を患い、大金が必要になり、父親は借金を重ねた。
そしてそのことでルシュカに迷惑がかからないよう、ルシュカと家族の縁を切ったという。
お小遣いとして渡されたお金を父親に送っているのではないか。そうミカに指摘されたルシュカは、恥ずかしそうに首を縦に振った。




