10話 サポートヒーラー、海を駆ける
夜中。周囲が暗闇に包まれる時間帯。
ミカの姿は、パーティハウスの崖下にあった。すでに聖水の効果は切れて、リテール族の少女の姿になっている。
「こいつを修理すれば……」
ミカはあの商人が乗っていた高速船の修理をしていた。
魔法の力で動く、小型の船。そのスピードはすさまじく、一部の船では、緊急脱出用として備えられているほどだ。
ミカならば、高速船くらいなら一から作ることも可能だ。だが、素材の調達をする手間を考えれば、大破した商人の高速船を直すほうが早い。
「軍はあてにできない。なら、俺が行くしかない……」
Aランク、Bランクのモンスターを単騎で倒せる。自分しかいない、と考えた。
そこへ。
「まったく、僕たちを仲間外れにするなんて」
ミカが振り向くと、そこには。
「クロ!?」
「話したばかりじゃないか。一人でかかえこむなって。万が一魔力が足りなくなったときのため、ソーサラーの僕は連れてたほうが良いんじゃないかい?」
「今回ばかりは危険すぎる!」
「ウチらだって、一応冒険者のパーティだぜ? 戦闘じゃ足手まといかもしれねぇが、ケガした商人とか運ばないといけねぇだろ?」
「アゼル……そ、それはそうだが……」
「それだけではありませんわ。あなた一人でけが人のヒールをするのは、時間が惜しいのではありませんこと?」
「ショーティア……」
確かに彼らの言う通りだった。
ミカが全部こなすより、三人にできることは、三人にやってもらえれば良い。
今回は時間との勝負だ。三人が居れば、時間の短縮ができる。
そして何より。
「はは、心強いよ、みんな」
ミカは思う。こんなにも仲間を心強いと思ったことはなかった。
いつも頼られ、押し付けられてきた。だが、三人からは、自分でできることは助けたいという意思が伝わってくる。
「よし、修理完了だ」
高速船の修理を完了したミカは、さっそく船に乗り込み、三人に促した。
「船にはBランクからAランクのモンスターが複数いるはずだ。実質、Bランクのダンジョンに近い。皆はまだDランクだ。危険が伴うだろう。それでも、いいのか?」
すると、その言葉にアゼルが。
「何言ってんだ。ミカがメンテナンスした武器があるんだぜ? 余裕余裕!」
同時に、三人が高速船に乗り込んできた。
高速船の総舵輪を握ったミカは、笑顔を浮かべた。
「さぁ出発だ! 飛ばすぞ!」
〇〇〇
まだ夜も明けない時間帯。
海洋へ出たミカたちは、密輸船を探していた。
「商人の乗っていた高速船の消耗具合を調べて、大体の海域を割り出した。この辺のはずだ」
「ミカ、やっぱりキミはすごいな」
ミカたちは船を探す。不思議なことに、ほぼ真っ暗闇の海の上でも、ミカは遠くを見通すことができた。
(リテール族は夜目が利くって聞いたな。まさかこんなところで役に立つとは)
そして夜目が利いたおかげか。
「見つけましたわ。あそこ、救難灯らしきひかりが」
〇〇〇
ミカたちがたどり着くと、そこには密輸船と、それに繋がれた一隻の商船があった。
ミカ達は商船へと乗り込み、すぐに帆の修理を始めた。
「何故帆を直しますの?」
「商人たちを助けたら、すぐに脱出する必要があるだろ? ……良かった。帆は根元から折れているが、海に落ちていなかったようだ。これなら直せる」
「なぁなぁ、大丈夫なんかよぉー? マストとか持てるはずないのに直せるのかよぉー?」
「30分で直すさ。クロとショーティアはモンスターが来ないか見張っていてくれ。モンスターが来たらすぐに報告を頼む。アゼルはそこの部品をおさえておいてくれ」
そう言うと、ミカが魔法を詠唱する。重い物体を動かす浮遊魔法だ。
浮遊魔法を駆使したミカは、次にハンマーと釘といった道具を取り出し、修理を始めた。気づけば、15分もしないうちに船は帆が折れる前の姿になる。
「ちょい帆を改良しておいた。前よりも早く移動できるはずだ」
「何度でも言う。ミカ、キミはすごいな」
「さぁ、次は船内の掃除だ。俺が行ってくる。みんなはこの商船を見張っててくれ」
そう言って、ミカは密輸船へと乗り込んだ。ミカが密輸船へと乗り込んだ瞬間、ゴブリンやオークといったモンスターが襲い掛かって来る。
「ブルーゴブリンにファイアオークか。Bランク程度なら攻撃魔法を唱えるまでもない」
ミカの周囲にバリアが展開されると、そのバリアに触れたモンスターが粉々になって吹き飛んだ。
「さて、さっさと救いに行くとしますか」
〇〇
「グリモアショット!!」
ミカの手にした魔導書から、緑色の光弾が発射される。それに触れたブラッドフォックスの体は、散り散りに吹き飛んだ。
「Aランクもちょいちょい居たか。さて、あらかた片付けたとは思うが」
ミカは船底の倉庫前へとやってきていた。この扉を開けば、奥には商人たちが居るはずだ。
ミカはその扉を開こうとする。その時だった。
どこからか、漂ってくる硫黄の匂い。それは、船底の倉庫の扉の横にある、もう一つの扉からだった。
「やはりボムバルーンか。速いところ脱出しないと。最悪、商船に乗り込めば広範囲バリアでなんとかなるはずだ」
ミカが今後の予定を考えながら、ボムバルーンが居ると思われる扉を開いた。
「なっ……!?」
そこに居たのは、浮遊する風船のようなモンスター。バルーンと呼ばれる、自爆するモンスターの種族であることは間違いなかった。
だが、一般的なボムバルーンは赤色。強さ的にはBランクだが、危険さからSランクに分類されるモンスターだ。
だから、ミカはボムバルーンだと考えていた。だが、ボムバルーンには上位種が居る。
上位種も強さはBランク。だが、あまりに危険なため、特Sランクに分類されるモンスターだ。
その特徴は、ボムバルーンが赤なのに対して、特Sランクのものは青色。
ミカの視線の先には、赤ではなく、青色のバルーン。
通称、クラスターバルーンと呼ばれる、災害級のモンスター。
「くそっ、とんでもないのが居やがった! 予定変更だ!」
商人たちが居るはずの扉。その扉を開くと、中には多数の男たちが。
「助けに来たぞ」
「おお! あ、ありがたい! 君は冒険者だな!? 本当に助かった。いずれこの恩は……」
「話はあとだ! お前ら、全員商船へ逃げろ! 爆発するぞ!!」
ミカが言い放つと、商人たちは大慌てで倉庫の外へと出てゆく。それについて行くように、ミカも後を追った。
甲板に出たミカは、商人たちが全員商船に乗ったことを確認すると、自分も商船へ乗り込み、すぐにその場に居る全員に言い放った。
「あの密輸船は大爆発する! 今すぐ離れろ! 今すぐにだ!」
商人たちはすぐに出航準備を始め、クロ、アゼル、ショーティアの三人も、その手伝いを始めた。
「ミカァ! 発進準備オッケーだぜ!」
「急げ! 帆には風力の薬を塗ってある。早く移動できるはずだ!」
アゼルが総舵輪を手に、すぐに船は出航した。
そして少し密輸船から離れたところで、ボン、という爆発音。
「来るぞ……みんな捕まれ!」
全員が船にしがみつく中、ミカは一人、船の真ん中で両手を広げた。
「魔法障壁、最大出力!!!」
猛烈な爆発が密輸船から発生する。その爆発を、ミカが商船を守るように張ったバリアで防ぐ。
だが爆発は一瞬。十数秒後には少し爆発の威力も収まってきたかに思えた。
「ミカさん、そろそろバリアはおさえても良いのではないですか?」
「いや、まだだ……あのバルーン、クラスターバルーンは、爆発と同時に、大量の爆弾を宙にばらまく」
ショーティアが空を見上げる。そこには、小さな青い流星のようなものが、商船を含めた周囲の海に、大量に降り注いでいた。それはミカのバリアや海に触れたとたん、先ほど密輸船から放たれた爆発と同じ規模の爆発を、無数に発生させた。
「くそっ……魔法障壁、限界出力!!!!」
ミカが全力で魔法障壁を展開する。恐ろしいほどの爆発規模だが、防げないわけではない。
(魔法に集中すれば全然防げる程度だ。あと3分もしのげば……)
その時、一人の商人が悲鳴をあげた。
「も、モンスターだあああ!!」




