07.知ってしまいました。
チチチ…
心地よい、鳥の鳴き声。
ふわっと意識が上昇する。
「ん、…あれ?」
なんか、いつもより布団が暖かい…
「っ!?!?!?!?なっ、なななっ…!!!!」
なんで恭平が私の布団に!?!?!?
「うるさい、佐藤さん…」
腰を引き寄せられ、再び布団の中に引き込まれる。
え、佐藤さん…?
「ちょ、恭平さん…!」
「暴れるな…」
寝惚けてるのかぎゅっと掴んで離さない。
いやふざけんなよ。
「私は犬じゃないですーーーーー!!!!!!」
「ばうっ!」
「あっ、本物の佐藤さん!!」
ようやく会えたね!
ベットに覆いかぶさり、私と恭平の顔を交互に舐める。
そうだよ、なんで今まで会えなかったんだろう、なんで中庭行かなかったんだろう。
もふもふふわふわの佐藤さんを撫でながらゲーム内でも癒されていたことを思い出す。
はー、この手で触れる幸せ…。
「佐藤さん、会いたかったよ…」
「わふわふっ」
ぎゅっと抱きしめると佐藤さんも嬉しそうに返してくれた。
あーーーもう、好き。癒し。
そう佐藤さんといちゃついてると、ようやく隣が起きた。
「……なんで野央が俺の部屋にいんだ?」
「それはこっちのセリフです」
「うわ、まじか…佐藤さん、まだ時間あるから寝直そうぜ」
そういえば、恭平と佐藤さんは寝る友なんだっけか。
そんな小話を誰かの本編で聞いたことがある。
え、てかうら若き乙女と同じ布団に入っておいて謝罪なしかよ。
「ふんっ」
「え、佐藤さん!?野央のがいいってのかよ!!」
恭平の誘いにそっぽ向き、私に擦り寄ってくる佐藤さんはなんとも愛らしく、時間めいっぱいまでもふもふした。
「あ、野央ちゃん」
「げっ」
その日、午後から収録の音楽番組に着いて行ったら、熊谷さんに遭遇した。
まだあの手はヒリヒリする。
「偶然だね、収録?」
「…まぁ、そうですね」
「そっか。僕は挨拶に来たんだ」
ほんっと人に気にせず話すな、この人は。マシンガンすぎる。
「そうだ野央ちゃん。今夜空いてる?」
「今夜?あー、たしか」
スケジュールを思い出すが、たしか今日はこの収録の後、新曲の打ち合わせ、それさえ終わればフリーだったはず。
ってなんでこいつに教えなきゃいけないんだ。
「…それがなにか」
「ディナーにでも誘いたくてね。どう?」
「Elysionプロデュースしたいからまずサブマネの私からですか?」
「うーん、それもあるけど…」
とんっ、と壁に押し付けられる。
…これは、壁ドンってやつか…?え、吐き気する。
「単純に野央ちゃんと仲良くなりたいんだ」
「お断りします」
するっと抜けたつもりだったが、手首を掴まれた。
うっ、手の甲が痛む。
「恭平の過去、知りたくない?」
「恭平さんの、過去…?」
たしか熊谷さんは恭平と昔馴染み。
何故あんなにElysionに執着し、他を蹴落とす行動をとるのか。
「…それは、まぁ」
「決まりだね。場所決めたら連絡するね」
互いのスマホに連絡先を登録し、熊谷さんは去っていった。
恭平の、過去。
望夢や一樹の過去編で少しだけ語られていた。
自分のせいで父親を亡くした。その事に責任を感じている、と。
でも私は恭平ルートは例え過去編…短編の番外編ですら買ってないし、他メンバーとのセットになっていてもプレイしてない。
したのは全部読破しないとイラストが貰えなかったり特典ストーリーが読めない時くらいだ。
しかもすっとばしていたので全くと言うほど知らない。
そう、なにも知らないのに、ただ俺様というだけで避けてきて、後悔しているのだ。
このElysionの絆は強い、それは他ルートでも嫌という程見せつけられたのでよく知っている。
主人公も今でこそ入れてもらっているけど、10年という長い月日を共にして、ずっとやってきたのだ。
そしてそれをまとめ、引っ張りあげているのが恭平。
Elysionへの思いは、きっと、誰よりも強い。
私は、その理由を知りたい。
「…うん、とりあえずこんなもんか」
「あとは歌詞が出来ないことにはどうにもならんしな」
「うっ、すみません…」
合間合間にフレーズを書き溜めてはいるが、なんかチープな言葉でどれもしっくり来なかった。
恭平や望夢に見せても同じことを言われるのだ。うん、わかってるんだ、わかってるよ…。
「あ、終わりならもう出て大丈夫?深夜ロケあるんだよね」
「俺も明日早朝ロケで前入りするから行くわ」
「買い物してこよーっと」
「あ、じゃあ私も…」
「あ?お前が?」
「ニナさん怖っ」
きっとそんな暇あるなら歌詞書けって事だろう。
ごもっとも、ごもっともなんだけど…えーと、えーと、あっ!
「母が、こっちに来てるんです!!」
「え?」
「なんか、家に来たいとか言ってるんですけど、ほら、この状況言えないじゃないですか!!だから誤魔化しとか色々したくて!!」
「なんだ、それなら早く行ってこい」
…え?
「親御さん、待ってるんだろ。ちゃんと親孝行してこい」
「あ、はい…行ってきます」
恭平のおかげで、難関かと思われた外出は簡単にすることが出来た。
前回茉莉花とランチの時は大変だったのに…。
「違う、親孝行って言ってた…」
恭平は、きっとお父さんに親孝行、したかったんだろうな…。
鼻の奥がつんっとしたけど、これから外に出る。早く引っ込めないと。
「…お待たせしました」
「こんばんは野央ちゃん。来てくれて嬉しいよ」
「恭平さんの話聞く為ですから」
「…だよねぇ。でもその前に腹ごしらえしよう」
案内されて来たのはいかにもお高そうなフレンチレストラン。
めっちゃ緊張する…。
一通り食べ終わり、残すはデザートだけとなった頃、私はようやく切り出せた。
しょうがないでしょ、食べてる時は無言になるんだから。
「で、恭平さんの過去ってなんですか」
「まずは…恭平のお父さんって知ってる?」
「いえ、アイドルだったとしか」
「本当に興味ないんだね…」
はぁ、と深い溜息を吐かれた。酷いな、私の好みは渋いおじ様俳優なんじゃ。
「名前は篠村優…日本に留まらず、海外でも名を馳せた世界的アイドルグループのリーダーだった」
「お父さんも、トップアイドル…」
「そのプロデュースしてたのが僕の父。それで子供の頃から顔見知りだったんだ」
「なるほど」
熊谷さんが執拗にプロデュースを迫ってたのは親と同じことをしたかったからなのか。
「優さんはもう亡くなって20年以上かな…溺死だった」
「溺死…溺れたって事ですか」
「そう。それも、海で溺れた恭平を助ける代わりに…」
「っ!」
まだ27歳…今の恭平と同い年の頃のこと。
アイドルとしてもまだまだこれからだった。
多くのファンが悲しみ、怒り、信じることが出来なかったという。
あまりにも早すぎる、突然の死。
「それ以来恭平は、うん、なんて言うのかな…罪を償うって言うのかな」
「償うって…」
「お父さんの代わりに、アイドルとしてやっていくってこと」
「じゃあ、もしかして」
「トップアイドルになるのも、優さんを追いかけてのことだ。それも、償いだろう」
20年以上前だと、恭平はきっと小学生とかそこらだ。
その頃から罪の意識を抱え、父親の代わりにElysionを成長させ、トップを走ってきたのか。
なんて人なんだ。
「さて、とりあえずはここまでかな?」
「え、他には」
「時間も遅いしね。次は…」
熊谷さんの手には
「ライブ…?」
「そう、ちょっとした伝でね。どう?」
「DOLLS…」
恭平が、今後出てくると言っていたグループ。
…敵情視察的な意味でも良いだろう。
それに、他にも聞きたいことはある。
「わかりました、お付き合いします」
「ありがとう、楽しみにしてる」
先日とは反対の手の甲にキスを落として行った。
……また洗わないと。
次はどう誤魔化せばいいかなんて考えながら帰路についた。