06.怖くなりました。
「あれっ」
「え?」
数日後、パンケーキ奢ってくれた人と再会した。
「また会えて嬉しいよ。仕事?」
「えぇ、まぁ」
「偶然だね、僕もそうなんだ。脚本家だっけ?打ち合わせかなにか?」
「そんなところです…」
俺様程ではないけど、こういうグイグイ来るタイプ苦手なんだよねぇ…チャラいのも無理…近付かないで欲しい。
矢継ぎ早に発せられる言葉についていけなくなった時、ぐいっと腕を引っ張られた。
「なにしてんだ野央。時間ねーぞ」
「恭平さん、…すみません」
「…恭平?」
「慎吾…!」
え、知り合いなの?
「久しぶりだね恭平。会えて嬉しいよ」
「俺は最悪だがな。ニューヨークで遊んでんじゃなかったのかよ」
「新曲の歌詞を見てね、どうしてもプロデュースしたくて飛んできたのさ」
パンケーキ奢ってくれた人…熊谷慎吾さんは、恭平と昔馴染みらしい。
熊谷さんはにこにことしてるけど、恭平は眉に皺を寄せて不機嫌MAXだ。…そんなに嫌いなのか。
「まだ諦めてなかったのか。お前のプロデュースは受けない。ずっと言ってるだろ」
「つれないなぁ。僕と組めば今よりもっと、もっと売れる。父さんたちより、ね」
「関係ないね、俺達は俺達のままでやるんだ」
腕を掴む手に力が篭もった。
痛い痛い痛い。力強すぎやん!
「だってさ、野央ちゃんはどう思う?」
「は?」
えー…いきなり名前で呼ぶとかなんなの…?
ぶるっと鳥肌が立った。
「おい、野央巻き込むなよ」
「えーダメ?仲良くなりたいんだけど」
「ダメだ、サブマネから取り入ろうとしてんだろ」
「めっちゃ警戒されてるなぁ」
からからと笑う熊谷さんはダメージ受けてなさそうだ。
「まぁいいや。また来るよ」
「二度と来んな」
「残念、僕諦め悪いから」
恭平に掴まれていた腕と反対の手を取り、軽くキスを落とした。
「…………は?」
「また会おう、野央ちゃん」
この後めちゃくちゃ手を洗った。
「うえ、ヒリヒリする…」
かなり力を入れて擦ったからか、手の甲が真っ赤になっている。あ、ちょっと血が滲んできた気も…。
「のなちゃんどうしたの、真っ赤だよ!」
「えぇ、ちょっと汚いものに触れてしまいまして」
「うわ、最悪だねー、それ。もし痛み引かなかったら薬塗ってね?」
「ありがとうございます、アオちゃんは優しいですね」
「えへへ、もちろんだよ!」
ふわりと笑って頬を染める。
なんだこの可愛い生き物。みんなアオちゃんルートやってよ。こんな可愛いのにとんでもない闇抱えてんぞこの子。
「ってそうじゃなかった。ねぇ、このあと空いてる?」
「そうですね、寝るだけなので」
「初仕事の時の番組、今日放送だからみんなで見よう!」
「あ、あのトークバラエティ番組」
たしかに、裏側を見たのでそれがどの様に編集され、放送されるのか。見たい、すごく見たい。
「もちろん!」
「うわ、なんだその手大丈夫か」
「えぇ、さっき汚いものに触れてしまいましてね」
「あー…」
察してくれた。
横からすっと軟膏を差し出してくれる航大…。え、なにめっちゃ優しいこの子。
航大とはいつか剣さんのこと語りたいなぁ…。
「あ、もう始まる」
「のなちゃん飲む?」
「じゃあ1杯だけ…」
長い針がてっぺんを指すと、画面がぱっと切り替わる。
そこには先日目の前にした有名芸人と助手のアナウンサー。
うわ、本当に放送されている。
『今日は、新曲をリリースしたばかり!Elysionの皆様にお越しいただきました。』
『彼らの魅力、1時間たっぷりお届けいたします!』
「え?」
「どうしたんだ?」
「だってたしか」
あの時はDOLLSと半々だって話だったはずだ。
でも今、1時間Elysionと言った。
「……まさか、手を打つって」
「気付いた?」
「なんで、彼らまだ新人って話ですよね?Elysionの足元にも及ばない」
「言っただろ、奴らは出てくる」
すっと細められた瞳に睨まれる。
背筋が、ぞくっとした。
「この世界じゃ普通だよ。所謂お蔵入りってやつ」
「そう、俺たちも最初の頃はよくやられてたしネ」
「俺らの邪魔になるやつは例え新人でも潰す。あらゆる手を使ってでもな」
背中に汗が伝う。息も上手くできない。
こわい。彼らが、こわい。
その後の記憶は、私には残っていなかった。