第九十三話『最新設備ですか? いいえ、ノスタルジックアパートです!』
世はまさにクリスマスシーズン。
札幌に比べ東京は、雪化粧とまではいかないまでも、ちらほら雪が降っており、ひらひら舞う粉雪が大都会に季節感を演出していた。
小学校も冬休みに突入したということで、ワシはパパンに連れられ、腕利きのスポーツトレーナーに会う為に大都会東京へと降り立った。
少し前を歩くパパンはワシの歩幅に合わせながらゆっくりとしたペースで歩いてくれている。
歩道に僅かに積もった雪に、父の大きな足跡が刻まれる。ワシはその足跡をなぞるようにして歩いていた。
どこを見渡してもビルに囲まれたコンクリートジャングル。
ビル群の立ち並ぶ目抜き通りを横目に、少しそれた路地へと入る。
相変わらずビルやらコンビニが密集しているのは変わらないが、メインストリートに比べるとやや年季の入った建物が多い印象を受ける。その中でも一際目を引く建物が見えた。
気のせいじゃろうか? パパンの足取りがその建物に向かっているように思えるが……。いやいやいや、気のせい気のせい。今ワシらが向かっている目的地は、パパン御用達のトップアスリートが通うスポーツトレーナーのおる場所じゃ。
「えっとぉ、パパのトレーナーさんはどこにいるの?」
ワシは今しがた芽生え出した不安の種を取り除く為、ダディに質問をぶつけた。
「ん? あぁ、あのアパートの一階だよ」
パピーがそう言って指差した先には、やはりというべきか、雰囲気のある建物が建っていた。
ふむ、まぁ、古き良き昭和の時代を感じさせるその外観は、実に懐かしく、ワシら世代からすれば見慣れたものじゃが、正直な話をすれば、もっと最先端の設備に囲まれた施設をイメージしておった。
一流アスリートが通う大都会のスポーツドクター。そのイメージが早くも崩れかけていた。
娘の動揺に気づいていないパパンは、慣れた足取りで進んで行く。
風吹けば外れそうな扉の前で立ち止まり、インターホンを押す。
「すみません。水咲です」
「あっ、純君ね。鍵あいてますから、どうぞ」
古いインターホン特有の擦れた機械音とともに中年男性の柔らかい声が聞こえた。
インターホン越しでのやりとりじゃったが、何故だか相手の声に聞き覚えがあるような……。
「お邪魔します」
父とともに挨拶をして玄関へと入る。靴を脱ぎ脱ぎして、真っ直ぐに並べる。
まず最初に目に飛び込んだのは真っ直ぐな廊下じゃ。その奥に木製のドアがあり、その扉を隔ててその先が部屋になっているようじゃ。
ワシらはゆっくりと廊下を進む。木製の床が歩く度に僅かに軋む。
パピィがドアをノックして、いよいよこの部屋の主である、スポーツトレーナーとのご対面。
「どーぞー」
ドア越しから何故か既視感のある声が聞こえた。
古びたドアの軋む音が鼓膜を揺らし、妙な緊張感を与えてくる。ドアが少しずつ開かれる度に、部屋の中のあたたかい空気が廊下へと流れ込んでくる。
扉が開かれその先にいたのは。
「どうぅるぉおぇえぃやぁーーーーー!!!!」
絶叫した。
心の準備などありはしなかった。
無意識のうちに、およそ金髪超絶美少女には相応しくない雄叫びをあげていた。
おそらく、数秒にも満たないはずの時間。
しかし、ワシにとっては永遠にも思える程の時間。
いくら月日が経とうとも、見間違えるはずもない。人の面影とはこうも残るものか。
背中に大量の冷や汗が流れはじめた。
神の気まぐれとでもいうのか?
左右の網膜がとらえたのは、なんと。
ワシのただ一人の息子であった……。