表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/105

第九十話『引き下がれない意地ですか? いいえ、引き返せない過ちです!』

 緩急、視線誘導、コースの打ち分け、回転量の調整。それら全てを駆使して、地道な一点を積み重ねていく。


 派手な得点は奪われても、得点差は開くことなく試合が進む。


 スーパープレーも地味な凡ミスも、結果としては同じ一点。


 相手のフラストレーションを溜めながら、自身の反撃チャンスを確実なものへと変えていく。


 そうして、泥臭くも確実な得点を拾い続け、ついに一セット目のゲームポイントを迎えた。


 前世の経験上からも、この手のスーパープレイヤーの素質を持った選手を相手取るには、正面からの打ち合いよりも、自身のミスを徹底的に減らし、相手のミスを誘発するのが効果的じゃ。


 老獪極まる戦術じゃが、それは(ひとえ)に、目の前の少女の実力を認めているが故。


 ネットスレスレの短い打球。


 小さな駆け引きの連続。


 我慢の限界をむかえた相手が、無理な体勢で強打を放つ。


 そう、それを待っていた。


 僅かに回転の甘いドライブに渾身のカウンターを叩きつける。


 心地良い打球音が確信を与えた。


 打球の行き先を固唾を呑んで見守っていた審判がスコアボードを捲る。


 水咲 11-9 日陰


 強烈なドライブに防戦が続く展開もあったが、冷静に展開を見極めたワシが、第一セットを制した。


 順調過ぎるスタートじゃ。しかし、一つ気になるのは、事前に動画でも予習した、日陰鳴の最大の武器がまだ使われていないこと。

 防御を捨てたフルドライブを警戒していたが、使う素振りすらない。

 油断や慢心の類いならば、こちらとしては構わないが、何か他に特別な事情でもあるのか……。


 コートチェンジを行い、二セット目が始まる瞬間、苛立ちを隠そうともせず、日陰鳴が口を開いた。


「おめー、足痛んでるだろ? どーせ俺に負けんだ。この試合は諦めろ」


「は?」


 あまりにも唐突なその言葉に疑問符だけが口を出た。


「おめー、無意識に左足を庇って動いてんだろ? オーバーワークの証拠だ」


「そんなに大した痛みじゃない」


 確かに先程の試合では、足に僅かな違和感を覚えたが、アイシングもした上でこの試合に望んでいる。今はまったく痛みもない。


「そーかよ、警告はした。後は好きにしな。そのかわり俺も好きにするぜ」


 彼女は吐き捨てるようにそう言って、フリーハンドでトスを上げた。


 ネットギリギリのショートサーブ。


 ワシは前へと足を踏み出し手首を使った返球をする。


 そこからのラリーは一セット目とは打って変わった内容となった。


 パワープレーにより押し切るだけの一辺倒だった相手の打球は、短いボールや台の角を狙った、相手を動かす卓球へと変わっていった。


 じゃが、フットワークには自負がある。


 ワシの夏は全て卓球に捧げた。


 これしきの揺さぶりに負けるような鍛え方はしていない。


 ニセット目も接戦となる。


 互いが縦横無尽に素早く動き、際どいコースを狙い合う。


 汗が飛び散り、心拍数が上がる。


 意識はより鮮明になり自身のパフォーマンスが上昇していくのを感じる。


 しかし、エイトオールを迎えた瞬間、僅かにではあるが、左足に痛みを感じた。


 じゃが、こんな痛みなど、今までだって何度と経験しておる。


 ワシは更にギアを上げ、畳み掛ける様に猛攻を仕掛けた。


 ここが勝負処。


 この局面は必ず取る。


 そうでなければ、今までのワシを否定することに繋がってしまう。


 ワシの脳裏には、生前に犯した取り返しの付かない後悔の記憶が浮かんでいた。


 ワシは己の過ちから逃げるようにして、全力でラケットを振り抜いた。


 暗い穴から目を背けるように、己の足を酷使する。


 深い深い闇の中をあてもなく進んでいく。


 自傷行為にも思える痛みの中、意識が現実へと回帰する。


 気がつけばワシは、左足の激痛とともに、第二セットを手にしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ