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第八十九話『退屈ですか? いいえ、まだ何も知らないだけです!』

 全日本卓球選手権カデットの部、決勝の組み合わせが決まった。


 中学生以下の日本一がこの試合で決まる。


 真っ青な卓球台を挟み、ワシの眼前に立つのは、今大会優勝候補の鏡宮有栖を打ち破り、恐るべき成長速度を見せつけながら勝ち上がって来た超大型ルーキー、日陰鳴。


 周囲からは突如現れたダークホースなどと言われているようじゃが、その実力を知っていたワシからすれば、周りが思う程の驚きは無かった。


 五セットマッチで有栖ちゃんが負けたのは衝撃的じゃったが、日陰鳴(やつ)の恐るべきポテンシャルを考えれば、あり得ない話では無い。


 そんな強敵とワシは対峙せねばならない。


 心を落ち着かせラケットを握る。


 身体をほぐし、試合前のラリーを始めると、相手が不意に口を開いた。


「ちっ、決勝の相手がお前かよ。さっきのやつの方がまだ楽しめたぜ」


 苛立ちを隠そうともしないその口調は、類稀なる才能故か。好戦的な態度は相変わらずのようじゃ。


「あなたが強いのはもう分かった。だから準備した。今日はそれを確かめるだけ」


 多くの言葉はいらない。


 どんな選手が相手であろうとも、やることは変わらないのだから。


 試合前のラリーを済ませ、サーブ権を賭けたジャンケンを行う。


「サーブはやるよ」


 ジャンケンを制した日陰鳴が吐き捨てるようにそう言った。


「じゃあ、遠慮なく」


 ワシは短くそう言って、フリーハンドの右手でトスを上げる。

 

 一球目は、横回転系のバックサーブ。


 回転の質を見分けにくくしたこのサーブは相手の思考時間を伸ばし、反射速度を僅かに下げる狙いがある。


 コートに着弾したボールを真紅の双眸が見つめる。しかし、そこに逡巡する様子は無く、瞬時に彼女が選んだ選択は、シンプルなフォアドライブじゃった。


 そのボールは語っていた。お前の回転など関係ないと。


 正面からの力による回転の上書き。


 相手が放ったフォアドライブが際どいコースへと打ち込まれる。


 しかし、その程度は予期していた。


 フラストレーションは溜まりきっている。

 春から溜めたその屈辱をここで昇華させる。


 溜まりに溜まったエネルギーを全て力に変え、己の両足へと送り込む。

 爆発的に溜まったエネルギーをより鋭く解放させる。


 急速な進化を遂げた膂力が、以前までは届かなかったボールへと己の武器(ラケット)を導く。


 最小限の動きで、最大限の速度を。


 放たれた白球へと十分な余裕を持って辿り着いたワシは、自身の理想をなぞるようにしてラケットを振り抜いた。


 乾いた打球音が鼓膜を揺らした次の瞬間、ワシの放ったフォアドライブはノータッチで敵陣地を突き抜けた。


 審判が厳かな面持ちでスコアボードを捲る。


 努力は人を裏切らない。人が努力を裏切らない限り。師匠の言葉が脳裏を過ぎる。


「ちっ、春よりは多少マシになったみてぇだな」


 オレンジ色の前髪から覗く両の眼が先程よりも鋭くなった。


「お陰様で。一から卓球を作り直したからね」


 ある意味あの敗北は、己を見つめ直す良い機会だったのかも知れない。


「それはご苦労だったな。また一から壊してやるよ。こんな退屈な競技もおめーもな」


 その好戦的な言葉からは意外にも、嗜虐性は感じられなかった。相手への憎しみよりもむしろ、行き場を無くした怒りの累積が彼女を一つの場所へと縛り付けているような、そんな息苦しさを感じた。


 やれやれ、歳はとりたくないものじゃ。


 ワシはあくまでも挑戦者の立場。


 分かりもしない相手の背景へと意識を割いている場合ではない。


「集中」


 ワシは小さくそう呟き、二本目のサーブを上げた。


 奇襲効果を狙い、小さなフォームからロングサーブを繰り出す。心地よい音とともに、高速ラリーが始まった。


 一球ごとにピッチが上がる。


 見える。


 見える。


 視える。


 動きがより洗練される感覚。


 それに並行して相手の反応速度も上がる。

 

 しかし、ワシの視線はその姿を冷静に捉えていた。

 

 強烈なパワードライブの応酬。


 反応速度も破壊力も、相手が上なのかも知れない。それ程までに目の前の相手の動きは苛烈。


 しかし、それがどうした。


 どれだけ巨大な才能が相手であろうとも、ワシにはそれを上回る経験があるはずじゃ。


 威力がダメなら技を、反応速度で負けるならば駆け引きを。卓球の勝ち方など、数限りなくあることをワシがこの場で証明してみせる。


 そして此奴に教えてやるのじゃ。卓球の本当の難しさと、無限に広がる面白さを。

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