第87話『共感ですか? いいえ、投影です!』
日陰 8-11 鏡宮
日陰 11-8 鏡宮
イタチごっこのような展開が続く。
一セット目はコピーで相手を惑わせた私の勝利。続くニセット目は、データの少ないバックハンドを多用した日陰鳴が制した。
そして三セット目。バックハンドのデータが出揃い、それすらも模倣する私のプレーと、試合の中で成長を続ける日陰の力が拮抗し、シーソーゲームが続く。
しかし、この構図には大きな問題があった。
それは、日陰鳴の規格外の成長速度。
三セット目にして既に一セット目の彼女とは別人といって良い。
こちらのコピーが徐々に追いつかなくなっている感覚がある。
長いラリーが続くも、相手の反応速度が更に上がり、白球が私の真横を通り抜けた。
日陰 6-6 鏡宮
「ふぅ」
両者の総得点が六の倍数になり、タオル休憩が与えられた。
ここが勝負処だろう。
額に張り付いた汗をタオルで拭き、一度深呼吸して、再びセットポジションへと着く。
ラケットの握り方をペンホルダーからシェークハンドへと変える。
そして私は天高くサーブを上げた。
借りるよ。
私は心の中でそう呟き、重力に従い落下してくる白球へと全体重を乗せる。
ボールを追いかけるようにして自身もかがみ、顔の前で構えたラケットを縦に思い切り振り抜く。そのサーブにつけられた名は王子サーブ。
合宿でコピーした強力な技を全力で叩き込む。
完全なる不意打ちと強力な回転が合わさり、相手のラケットに触れたボールは明後日の方向へと飛ぶ。正に完璧なサービスエースといえた。
「ちっ、俺の猿真似は終わりか?」
「ここからが本番っすよ?」
私はそう言って、二本目の王子サーブを繰り出す。
流石に初見だった先程に比べ、ある程度のレシーブで対応してくるも、間違いなくこのサーブは効いている。
相手の動揺が途切れる前に、畳み掛ける。
私は左手に持ったラケットを右手に放り、相手の意図していないであろうコースへと打球を放つ。
ボールは完全に相手の意表を突き、連続得点となった。
「ちっ、猿真似の次は中国雑技団か?」
露骨に苛ついた態度の日陰鳴。
「中ペン使いはそっちっすよ?」
私は軽口を叩きつつも、一切の油断無くプレーに臨む。
三セット目は技のオンパレードの展開になった。
塔月蓮の王子サーブから始まり、レイナちゃんのスイッチドライブ。金城彩の前陣高速卓球や青山葵の強烈なフルドライブなどをコピーして、多種多様な戦い方で、相手に慣れさせない試合展開へと持ち込んだ。
一度の試合にこれ程多くの技を使用したのは初めてかも知れない。
手数での圧倒。
連続得点により、三セット目を制した。
互いにベンチへと戻り、一分間の休息を取る。タオルで汗を拭き、スポーツ飲料で口を潤し、再び台の前へと戻る。
「ちっ、難しい事はもうやめだ。本当は止められてんだけどよ。おめーには特別に見してやるよ、俺の全力を」
私はすぐに知ることとなる。
日陰鳴のその言葉が、自尊心を保つ為の嘘ではなく、虚仮威しや、虚勢の類いでもないことを。
彼女は嘘をつかないのだ。
才能が生み出した濁流の中、たった一人で競技をしている。そんな寂しさを感じるのは、そこに己を重ねただけか。相手を真似る弊害なのか。
人こそ人の鏡というが、この場合はどうなのだろう。
自己愛と自己対象。
私を映してくれる鏡は、とうの昔に割れてしまった。
目の前の赤く鋭い双眸が真っ直ぐにこちらを睨みつけている。
その瞳に同種の何かを感じた。
あぁ、いつの間にか、鏡の世界へと迷い込んだのは、私の方だったのかも知れない。