第八十三話『一足飛びですか? いいえ、積み重ねです!』
大会二日目。
昨日はなんとかギリギリのタイミングで葵の選手宣誓が間に合い、事なきを得たが、本来、ワシらの本番は今日からである。どうやら、蓮も無事一回戦を突破したようで、幸先の良いスタートと言えた。
第一シードの葵の初戦はすでにストレート勝ちで終わっており、三回戦へと駒を進めていた。次はいよいよワシの出番である。
ストレッチを終わらせ、台へと向かう。
青い台を隔てて前に立つのは、ショートカットの中肉中背の少女じゃ。彼女の背にあるゼッケンによると、相手選手は奈良県代表の中学生らしい。これはワシの個人的な見解じゃが、地元開催の選手は普段と近い環境での試合になる為、パフォーマンスが安定する傾向にある。それにこの試合はワシにとっては初戦じゃが、相手にとっては二回戦目。つまり、勢いのある状態である。少しの油断が敗北へと繋がるかも知れない。
気持ちを引き締めラケットを握る。
試合前のラリーを済ませ、サーブ権を賭けたジャンケンを行う。
二度のあいこを経て、三度目に繰り出したパーがサーブ権を手繰り寄せた。
幸先の良い勝利とともに、勢いよくサーブを繰り出す。
真っ直ぐに飛び出した白球が真っ青な台を突き抜ける。
ノータッチのサービスエース。
「Nice ballでぇーすぅ!!」
広大なアリーナの中ですら分かる力強いその声援は観客席からワシを鼓舞するママンの声だ。
やたらと流暢な英語と独創性に富んだ日本語が入り混じるその声は、ワシの背中を強く押す。
そこから先は独壇場。
地獄の合宿の答え合わせ。
間違っていなかった。
全身が生まれ変わっているのが分かる。
春、新たな相棒を手に、身に染みついた過去の栄光を現代卓球へとアップデートした。
夏、師匠との地獄のフットワーク練習がアップデートした己のスタイルを底上げした。
秋、それら全ての結果を示す時が来た。
集中力の高まりが己の身体を隅々まで支配していく。
ワシが得点を重ねる度に会場にはマミーのファンタジー言語が響く。
確かな成長。確かな手応え。
敗北がもたらした悔しさ。
進化の起源とは常に原始的な感情なのかも知れない。
積もり積もったフラストレーションを段階的に解放していく。
それは少し妙な感覚でもある。
細く鋭く、己の感情を爆発させる。
指向性の定まった爆風が全身を覆い尽くす。
冷たい熱。
連想するのは青い炎。
自身の動きが理想の端を捉える。
実体が想像に追いつこうと、思考と身体が加速する。
このまま、もっと先へ。その推進力が新たな扉に手をかけさせた瞬間、スコアボードを持つ審判が試合の終わりを告げた。
3-0のストレート勝ち。
「ありがとうございました」
試合後の挨拶を交わし、気持ちを次の試合へと切り替える。
勝利の余韻は活力に変え、確固たる足取りと共に次を見据える。
地に足をつけながら、一段一段上り詰める。
雪辱を果たし、優勝をこの手に。