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第八十二話『開幕ですか? いいえ、ちょっと待ったです!』

 あの日のような、終始勝利を確信しながらの試合は初めての事だった。前世の記憶を辿っても、例外は無いじゃろう。振り返って見れば、スコアはそれなりに拮抗していたが、それでも焦るような瞬間は無かった。


 鏡宮有栖とのあの試合から、数ヶ月が経ち、季節は秋。


 ワシは美しい紅葉が彩る奈良の大地を踏み締めていた。


 遠路はるばる何故この地にやって来たのかと言えばもちろん、卓球の為に他ならない。


 中学二年生以下の日本一を決める為の大会、全日本選手権大会カデットの部が今年は奈良の体育館で開催されるのじゃ。


 春、ワシの目の前に突如として現れた少女が一人。あの屈辱的な敗北がワシを成長させ、この舞台にまで連れてきた。


 リベンジに向けてのコンディションは完璧に整っている。有栖ちゃんとの試合以降、ワシのプレーの質は格段に上がっており、正直今は誰にも負けない気がしておる。


 流石は全国大会の会場じゃ。大きな入り口を抜け、競技が行われる内部へ入るとそこには、アリーナ席が囲む広大な空間が広がっていた。


 しかし、そんな巨大な体育館であっても、否応無しに視線が集まってくるのを感じる。


 ド派手な金髪にメダリストの娘ということもあり、昔からこの手の視線には慣れておるが、ワシに集まる視線よりも更に、隣を歩く葵の姿が皆の注目を集めていた。

 

 昨年、小学四年生という異例の若さで、並み居る中学生(かくうえ)を倒し、この大会を制覇した葵の注目度は群を抜いている。ただ歩いているだけでも、彼に視線が集まるのが分かる。しかし、当の本人は特に気にした様子も無く、普段通りのようじゃ。


「鹿せんべいって美味しいのかな?」


「えっ?」


 葵からの不意の問いかけに思わず変な声が出た。


「いや、大会終わったら、奈良公園行ってみたいなって」


 少し屈んで靴紐を結びながら、ゆったりとした声音で葵が言った。


「葵、もう終わった後のことを考えているの?」


「うん、どの道優勝するし」


 葵の声音には一切の動揺なく、それが論ずるまでもなく自明であるかのように言った。


「流石、すごい自信だね」


「いや、自信とかそういうことでもないよ。練習通りにやって負ける相手がこの大会にはいないだけ。無理に自分を疑うことも無いし」


 普段通りの声音ではあるが、その言葉に、ほんの少しの寂しさを感じたのは、ワシの気の所為なのじゃろうか……。


「おうおうおう、流石は前回チャンピオンの第一シード様の発言は、なまら強気やなぁ?」


 突如聞こえた違和感だらけの方言に思わず後ろを振り向くと、そこには見覚えのある兄妹の姿が。


「おー、久しぶりー! 二人もカデットに出るの!?」


 ワシは背後から現れた塔月兄妹へと声をかけた。


 彼らとの出会いも、ついこの間のことのように感じるが、時が過ぎ去るのはあっという間で、あの合宿から数ヶ月が経過しており、心なしか蓮の身長が少し伸びているようにも見える。


「いや、今日出るのは俺だけだべ。玲は今年、ホープスの部に出て優勝しとる」


「え!? すごいね、玲ちゃん」


「い、いや、私なんて全然……。今年はレイナさんがホープスに出てなかったから優勝出来ただけです……」


 ジャージの袖を掴みながら、消え入る様な声で玲ちゃんが語った。


「ちょっと待って? 玲ちゃん、誕生日いつ?」


「え、十二月十二日ですけど……」


「だーーっ!」


「え?」


 ワシの雄叫びに驚いた表情を浮かべる玲ちゃん。


「最年少優勝記録抜かれたってこと!?」


 昨年ワシは、小学六年生以下の日本一を決めるホープスの部で最年少優勝記録を打ち立てたのじゃが、今の話によると、玲ちゃんが誕生日の差で最年少優勝記録を塗り替えたことになる。


「わ、わたしなんかが、す、すみません……」


「いやいやいや、完全に玲ちゃんの努力の賜物なんだけれどね? ちょっとね、悔し過ぎてつい、ね?」


 まさか、自分が更新した最年少記録を翌年に破られるとは思っておらんかった。年甲斐も無く叫んでしまった。


「おい、お前ら、そんな事よりもトーナメント表は確認したんか?」


 蓮が早口で捲し立てるように言った。


『見てない』


 ワシと葵の言葉が重なる。


「かーーー、流石は有名人コンビ、誰に当たろうと関係ないってか? なまら嫌味なやっちゃのう」


「あっ、僕、第一シードだ」


 大会要綱をペラペラとめくりながら、気の抜けた様子で葵が言った。


「おい、俺がさっき言ったやろ!? 人の話聞いとらんのか??」


「あっ、私は中シードかぁ、なんだぁ……」


 ワシはまだ、強者の証である四角のシードには選ばれていないらしい。


「おいおいおい、なまら図々しいやっちゃなぁ。中学生メインの全国大会でシードに選ばれとるだけでも凄いことやで?」


「え、蓮は違うの?」


「うるさいはボケ!!」


「えー、蓮って実はそんなに大したことないの?」


 あまりに反応が良いので、ついからかってしまう。


「アホ抜かせ。俺はこの大会で、なまら名を上げたんねん。おい、青山葵、俺とあたるまで、負けたら許さへんで?」


「うん、頑張れ」


 葵はさして興味が無いのか、すぐにトーナメント表のページを閉じ、大会の要綱をカバンへしまった。


「ほんま、マイペースなやつだべ」


「そんなことより、大丈夫なの蓮?」


「は、何がやねん?」


 ワシの問いかけに蓮は怪訝な様子じゃ。


「蓮は一回戦からでしょ? もうすぐじゃない? 私達、今日は出番無いみたいだけど」


 本大会は三日間に分かれており、初日はダブルスがメインで、私達がエントリーしている十四歳以下のシングルスに関しては一回戦しか行われない。


「なんやねん、シードマウントか? 言われなくとも自分の番くらい分かっとる。それに選手宣誓もまだだべ。まぁ、えぇわ。ほんじゃ、決勝でな」


 蓮はそう言って、踵を返し走り去って行った。


 兄に手を引かれながらも、その姿が小さくなるまで玲ちゃんはひたすらにこちらへと頭を下げ続けていた。


「やっぱり、対照的な兄妹だよね」


 塔月兄妹の遠のいて行く後ろ姿を見つめていると、思わずそんな言葉が口から溢れた。


「うん、でも、二人ともプレースタイルは似ているし、上手いよ」


「へー、葵もそんなこと思ったりするの?」


「うん、蓮君ならひょっとすると、決勝まで上がってくるかもね。彼に負けるイメージは湧かないけれど」


 手厳しい言葉にも聞こえるが、葵の横顔は先程よりも少し明るい。大会に対して無関心だった葵の心を蓮はほんの少しだけ動かしたのだろう。


 ワシも負けてはいられない。


 最年少記録を一つ失ったのであれば、新たな記録をまた打ち立てるだけのこと。


 この大会でワシは、日本卓球界に新たな歴史を刻んでやるのじゃ。

 そうしてワシが、密かに意気込みを新たにしていると、不意に葵が口を開いた。


「あっ」


「え、どうしたの?」


「そういえば、選手宣誓を頼まれていたような」


「えーーーーーー!!」

 

 ワシらの大会はこうして、とんでもない慌ただしさとともに幕を開けたのであった。

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