第八話『苦戦ですか? いいえ、圧勝です!』
五月上旬、北海道の桜は今が見頃である。そんな桜に彩られた春真っ盛りにワシらがいるのは、北海道の室蘭市にある体育館である。花見もせずに何をしに来たのかと問われれば、卓球の大会である。北海道卓球選手権大会。ワシと葵はそのバンビの部と呼ばれる小学生二年生以下の選手で競い合う部門へと出場する。おそらくはワシが最年少の出場選手となるじゃろう。
それにしても先程から、やたらに多くの視線を感じる。ワシの長く伸びたプラチナブロンドの髪が珍しいこともあるのじゃろうが、それよりも付添いの二人があまりに有名過ぎることが問題じゃった。
「あなーた、つぅいに、レイナのういじんでぇーすね」
今日もママンは美しい。だが、その美しさが故に、口から飛び出る歪な言葉がより際立ってしまっている……。
「二人とも緊張せずに楽しむようにね」
ワシと葵の背中を、日本チャンプが優しく押す。
場内に試合を知らせるアナウンスが流れる。ストレッチも入念に済ませており、もう準備は万端である。葵の試合よりも先にワシの出番が来たようじゃ。
「じゃあ、行ってきます」
そう言ってワシは割り当てられた台へと向かう。体育館に並んでいるのはバンビ用に調整された通常よりも10センチ低い卓球台だ。
台の前につき、相手選手と挨拶を交わし、試合前のラリーとラケットの見せ合いを済ませ、いよいよ、本番が始まる。これがワシのレイナとしての初陣じゃ!!
気合いのこもったトスを上げ、まずは挨拶とばかりに、自慢の高速ロングサーブを繰り出す。流石に幼女の身体なので、自身のイメージよりもはるかに劣るサーブじゃったが、ストレートに突き進んだそのサーブは相手のラケットに触れることすらなく、台の角を貫いた。
1ー0
「よし、ナイスサー」
ベンチコーチとして後ろに座るオトンが、娘の初得点に声をあげた。
続いて二本目のサーブは下回転をチョイスした。ネットぎわスレスレに落ちるサーブに相手幼女も手を伸ばすが、ボールがラケットに触れた瞬間、強烈な下回転の影響を受け、その返球がネットを越えることはなかった。
2ー0
サーブ権は二本交代なので、今度は向こうがサーブの番だ。
単調なロングサーブがフォア側へとやってくる。間違いなく絶好球。ワシは躊躇なくクロスへとスマッシュを打ち抜く。
3ー0
その後も試合は明らかなワンサイドゲームで進んでいく。
8ー0を迎えた時に、ついに相手幼女が泣きだしてしまった。
あぁ、心が痛い。これはもしかすると、この大会の最大の敵は幼女を泣かしてしまうという罪悪感にあるのかも知れぬ……。
ちなみにワシの初戦の結果は、相手選手の続行不可により、途中棄権に終わった……。
娘の大会初勝利を複雑な表情で喜ぶ父に手を引かれて、ワシは二階にある観客席へと戻る。
「すごいね、レイナちゃん」
苦々しい試合が終わり、観客席に戻ると、純粋な笑顔を浮かべた葵が迎えてくれた。
「ありがとう、葵の試合は?」
「うん、ちゃんと勝てたよ」
そう言ってにっこりと微笑む葵。
「え、はや!?」
ワシの方がはやく試合が始まった上に、こちらは途中で試合が終わったんじゃぞ? 相手選手の泣きじゃくりタイムを加味した上でもあまりにはやい。
「うん、ぜーんぶ1球だったから」
そう言って、にっこりと笑う葵。
試合結果を確認するとそこには。
青山 11ー1 田中
青山 11ー1 田中
青山 11ー1 田中
三ゲームの全てに同じ数字が刻み込まれていた。そのゲーム結果にも驚いたが、四歳にしてラブゲームをしないように気遣い出来ることの方が、ある意味恐ろしいようにも感じた。
その後もワシら二人の快進撃は続き、ワシは女子の決勝に、葵は男子の決勝へと駒を進めた。全国への切符は、男女各7名プラス推薦枠が1名なので、ワシらの全国行きはすでに決まっていた。
ちなみに、ワシの試合は全て相手選手が泣きじゃくるという、地獄のような試合展開になった。これは後に、悪夢のバンビ予選として語り継がれることになる。
しかしワシは卓球だけでは手を抜くわけにはいかない。それだけは、絶対に譲れないポリシーなのじゃ。大人気ないのはわかっているが、孫と卓球にだけは嘘がつけない。
ワシはこれからも、幾度となく幼女を泣かせてしまうだろう。しかし、頂点を目指す上でそれは避けて通れぬ道だ。頂点の座に立てるのは常に一人だけ。その覚悟はとうの昔に決めてある。
休憩を挟み、いよいよ決勝じゃ、今は目の前の試合だけに集中しよう。
体育館に女子バンビの部決勝戦を知らせるアナウンスが流れる。ワシはゆっくりと立ち上がり、決勝の舞台へと向かう。
対面に立つのは、青い瞳の銀髪の幼女。ワシと同じハーフの子どもじゃろうか?
彼女はこの大会、ワシ同様に1セット足りとも落としていない。それに第1シードの選手を破り勝ち上がってきている。試合を見た限りでは、他の幼女を圧倒していたのも事実だ。
「これはようやく、楽しめる試合になりそうじゃ」
「バカにしないで、勝つのは私よ」
思わず漏れ出ていたワシの言葉に、目の前に立つ銀髪の幼女が切れ長の鋭い眼光とともにキレのある言葉を打ち返して来た。
塔月 ルナ。彼女との出会いもまた、ワシと日本卓球界の運命を大きく変えるものとなる。