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第七十八話『ロジックですか? いいえ、勘です!』

 合同合宿八日目。


 昨日の激闘の興奮も冷めやらぬまま、愛川師匠との午後練習に励む。


「フットワークも随分と様になってきたじゃない」


 師匠が地獄のようなペースで球出しを続けながらそう言った。


「は、はい! おかげさまで」


 ワシはハイペースで繰り出されるボールに食いつきながらもなんとか返事をした。


 卓球台を二台使い、ボールを山のように使うこの多球練習にもようやく足が慣れてきた。ペンホルダーの命綱であるフットワークが次の段階(レベル)へと押し上げられたのを自分でも感じる。


「よし、じゃあ、下準備は完了ね。ここからは実戦練習に入るわよ」


 球出しの手を止め、師匠が淡々と言った。


「え、こ、この練習が下準備?」


 控えめに言って地獄のフットワーク練習だったのじゃが……。


「そりゃ、そうよ。そもそもあなた、何の為にここに来たのか忘れたの?」


「え、それはもちろん、強くなる為に」


「そうね。でもより具体的な目標があったでしょ? 純君から話は聞いているわよ。突如現れた中ペン使いへのリベンジマッチがしたいって」


「はい……」


 日陰鳴(ひかげめい)、突如、ワシの目の前に現れた台風の様な少女の名だ。無造作に伸ばしたオレンジ色の髪に、燃える様な真紅の双眸の彼女は、暴力的なまでの才能を振り回し、いとも容易くワシを倒していった。彼女を前にしたワシは、台風によって吹き飛ばされる木々の小枝のようなものだった。


「今日から残り三日は、リベンジマッチに向けて、打倒日陰鳴を掲げ、徹底的に中ペン対策を行うわよ!」


 気合いを入れた師匠が叫ぶようにそう言った。


「師匠は何故、そこまでしてくれるのですか?」


「え? うーん、意地と嫉妬かしら?」


「意地と嫉妬?」


 意外な答えに感じるが……。


「まぁ、どーせあなた位の才能ある子はね、放っておいても誰かの目にとまり、その誰かさんが育てるのよ。それって何だか悔しいじゃない。純君の遺伝子を継いだ子が知らない誰かさんに育てられるなんて。だったら私が育てた方がマシってだけよ。それにね、新しい才能との触れ合いは上の世代にとっても重要なことなの」


「な、なるほど……」


 とてもありがたい事ではあるのじゃが、師匠の屈折した愛が重い……。やはり、パピーと師匠の間には昔何かあったのじゃろうか……。


「あ、あの、中ペン対策はありがたいのですが、師匠はシェークハンドですよね? 山王にも中ペン使いはいないし」


 そもそもの中国式ペンホルダーの使い手が少ないのじゃ。


「あぁ、そのことなら心配いらないわよ。強力な助っ人がいるから」


「助っ人?」


「入ってきてー!」


 師匠が部屋の外にも聞こえるように声を張ると、ガチャ、というドアノブの音とともに勢いよく扉が開いた。


「失礼しまっす!」


 長い金髪を真っ黒な巨大リボンで纏めたド派手な少女の登場に、部屋の空気が一変する。


「今日から水咲さんの練習相手を務めさせてもらいまっす! 鏡宮有栖でございまっす!!」


「え、あっ、えっと、そのよろしくお願いします」


 彼女の強烈な自己紹介に動揺して、返事がしどろもどろになってしまった。


「あのっ、いきなりなんですけど! レイナちゃんって呼んでもいいっすか!? 自分のことは有栖って呼んでくだっさい!!」


「あ、えーっと、はい。レイナでもなんでも好きに呼んでもらえたら……。じゃあ、私は有栖さんって呼ばせてもらいますね」


 相手のハイペースなテンポに脳がイマイチついてきていない。


「えー、せっかく同年代の女の子同士なんっすから、せめて有栖ちゃんって呼んで下さいよ〜」


「えっと、じゃあ、有栖ちゃんで……」


 何だろう、まったくペースが掴めない。距離を縮める為なのか、ちゃん呼びにこだわる割に半端な敬語を使うのもよく分からないし、つかみどころが無いと言えば良いのか、目の前の少女の本心が一切見えない。


「うん! ありがとっす! レイナちゃん!!」


 そう言って満足気に笑う有栖ちゃん。


「あれ、そう言えば、有栖ちゃんはシェークハンドですよね?」


「あぁー、昨日はそうっすね!」


「え?」


「自分、試合ごとに相手の戦型に合わせてラケット変えたりするんすよ。じゃないとコピー出来ないし」


「え?」


 そんなバカな話があり得るのか? 


「で、でも、得意な戦型とかはあるんですよね?」


 流石に全ての戦型のクオリティが同じなんてことはあり得ないじゃろう。


「大体どれも同じくらいっすかね〜」


「て、天才じゃ……」


 動揺のあまり、思わず心の声が漏れ出てしまった。


「なんっすか、じゃって〜。レイナちゃん面白いっすね!!」


 目の前の天才少女が楽しそうに笑っている。


「いや、その、え? どのラケットでも昨日の試合くらいのレベルで戦えるって事ですか?」


 もしそれが事実ならば、正直に言って恐怖すら感じるが……。


「まぁ、そうっすね。自分の場合、相手が強ければ強い程、自分の調子も上がりますけど」


 平然とした調子で語っているが、これはとんでもない事なのじゃが……。


 そりゃワシも、シェークハンドで卓球が出来ないわけでは無いが、もちろん、自分の普段使用している相棒(ペンホルダー)の様に自在に扱えるわけでは無い。


「まぁ、私から見ても、鏡宮さんの才能は異質ね。相手に合わせてラケットを変える選手なんて、世界大会でも見た事ないもの。器用ってレベルじゃないわよね」


 師匠も思わず唸るようにそう言った。


「つまり、有栖ちゃんが中国式ペンを使って、私と練習をしてくれるって事なんですか?」


「ご明察っす! 自分が日陰鳴のプレースタイルを模倣(コピー)して、練習相手になるっす!」


「日陰選手を知っているんですか?」


 JSエリート学園の選手はあまり国内大会に出ないと聞いていたが。


「はい、あの子がいきなり、体育館に乗り込んできて勝負を挑まれたっす! 面白い人っすよね〜」


「え! 試合したんですか? 結果は!?」


「あの時は監督に見つかっちゃって、試合は途中で終わったっすけど、自分がニセット取って、あと一セットで勝てたんすけど、そこで止められたっすね〜」


「試合から、何を感じました?」


 ぜひとも彼女の視点からの意見が聞きたい。


「んー、自分の方がまだ卓球は上手いっすね。でも、あの子の方が運動神経は良いかもっす。彼女の動きは完全にはトレース出来なかったので。うちの学園にもあんなタイプはいないっすね〜。あの子のプレーはまばら過ぎて、ある意味一番やりにくい相手だったっすね。数年後にはもう、勝てないかも知れないっす」


 捉えどころの無い崩れた口調だが、彼女の話の内容は実に論理的だ。自身と相手の現状の実力差を把握した上で、今後の成長幅までを見据えており、鏡宮有栖という人間からは、深く鋭い思考能力を感じる。砕けた口調や軽いノリで話しているが、彼女の本質は論理的な人間なのかも知れない。


「まぁ、完璧に再現出来るかは分かんないっすけど、頑張りまっす!」


「あれ、でも、有栖ちゃんが、日陰鳴のプレーを見たのって、その一回だけですよね?」


「あー、自分、一度見たものは忘れないんっすよね」


「え?」


「自分、超記憶症候群(ハイパーサイメシア)なんっすよ。なんか、少年漫画の能力名みたいっすよね。愛川選手はもう知ってますけど、他の人には秘密っすよ? ちょっとめんどくさいことになるんで」


 とんでもなく重大な秘密をあっさりと口にしたように思えるが……。


 完全記憶と言えば、一度目にした光景を永遠に忘れられないことで有名だが、ワシにはそれ以上の知識は無い。しかし、とてつもなくデリケートな問題である事だけは分かる。迂闊に何かを聞いて良いような話ではない。


「そんな大事なこと言っちゃって良いんですか?」


「普段は言わないっすよ。この事がバレると大変な事になるのは、嫌ってほど知ってるっすから」


 彼女の砕けた口調の中に一瞬、仄暗い何かを感じた。


「じゃあ、なんで……」


「なんて言ったら良いんっすかね? 勘? レイナちゃんには何か似たものを感じるんすよ」

 

「勘?」


 完全記憶能力を持つという彼女が、そんな曖昧な言葉を口にしたのが意外で、思わず聞き返してしまった。


「自分の直感はよく当たるっすよ〜。何せ人生二回目っすからね!」


「え!? それって一体……」


 まさか、目の前の少女も、ワシと同じ生まれ変わりの人生なのか!?


「まだ秘密っす! こっから先はもう少し仲良くなってからっすね〜」


 そう言って楽しそうに笑う彼女の瞳の奥深くに、隠しきれない悲しみの色を感じてしまうのは、ワシの思い過ごしなのじゃろうか……。


 底知れぬ真っ暗闇を覗き込むような、じめっとした緊張を背に、鏡宮有栖との練習がはじまった。

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