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第七十七話『鏡面反射ですか? いいえ、条件反射です!』

 凄まじいラリーの応酬。ハイレベルなプレーの連続。僅かな実力差で葵が前半二セットを制した。しかし、そんな流れも三セット目の後半から変わり始めていた。


 先程までは葵が優勢の試合展開であったが、徐々にそのパワーバランスが崩れ始めている。


 台から大きく後ろへと下がり、両者ともに後陣から強烈なフォアドライブを打ち合っている。


 互いに一歩も譲らない真正面の打ち合いの中、葵の体勢が僅かに崩れた瞬間、鏡宮有栖がネット際にボールを落とした。葵は急いで前に出るも、ラケットの先は僅かにボールに届かず、貴重な一点を失う。


 一見すると拮抗したラリーが続くが、鏡宮有栖は葵の技をコピーするだけではなく、葵のプレーに隙が生じると、その穴を突くようにして、他の技を繰り出すのだ。


 その結果、自身のペースを狂わされた葵が第三セットを落とした。


 その後の第四セットもペースを乱され、葵にとっては苦しい展開が続く。


 確かに鏡宮有栖のプレーには驚かされてばかりじゃが、それとは別に大きな違和感がワシの脳内を刺激していた。


 この違和感の正体は一体……。


 葵のプレーがいつもと何か違うように思える。


 そんな違和感を抱えながらも、試合は淡々と進み、第三セットに続いて第四セットを制したのは鏡宮有栖であった。


 葵が同世代の選手相手にフルセットまで追い詰められた試合など、一体、何年振りのことじゃろうか? しかも相手は一学年上とはいえ女子。JSエリート学園のレベルの高さが伺い知れる。


 両者が水分補給を済ませ、最終セットの(せんじょう)へと戻る。


「いやー、葵君、強いっすね! でもコピー完了したっす!」


 二セット連続で取り返し、葵をフルセットまで追い込んだ鏡宮有栖が得意げな様子で言った。


「そうですか、モノマネお疲れ様です」


 葵は両手につけていた黒のリストバンドを外しながら淡々とそう言った。


「ごめん、レイナちゃん。これ持ってて」


 葵はそう言って、両手につけていたリストバンドをワシの方へと優しく投げた。


「おっとっ、とぉ!?」


 軽いリストバンドをキャッチしたはずのワシの腕には、思いがけない衝撃が走った。


 そのまま葵のリストバンドを触ると、どうやら中に鉄の重りが仕込まれているようじゃった……。


 まさか葵は、こんな重りを手首につけながら試合をしていたのか? 卓球においてスピードは命。とても正気の沙汰とは思えないが……。


「ついてきてくれることを祈ってます」


 葵は小さくそう呟き、第一セットで見せたYGサーブを放つ。


 しかし、同じなのはフォームだけだ。そのスピードも回転も、先程までのサーブとは桁違いの威力。外野からですら違いが分かる程の明確な差違。ならば受け手からすればなおの事。


 急激に威力を増したサーブに動揺した様子の鏡宮有栖。白球は彼女の手元で鋭く曲がり、彼女のラケットが虚しく空を切る。


 その後も勢い付いた葵が次々と連続点を重ねていく。


 青山 9-3 鏡宮


 最終セットの終盤に差し掛かり、鏡宮有栖が口を開く。


「今までは手加減してたってことっすか?」


 彼女の疑問はもっともだろう。最終セットから葵の動きが急激に良くなったのだ、そのような問いが出る気持ちも分かる。


「いいえ、違います。一セット目から全力を出していては、試合後半に僕の技を読み切られる可能性があったので、この試合においてはこれが最善策だっただけです」


「なるほどっすね。つまりこの作戦は葵君の全力の作戦ってことでいいんすよね?」


「はい」


 相手の問いかけに葵はただ一言そう返した。


「そう……。じゃあ、モノマネショーは一旦やめね」


 鏡宮有栖の顔付きが変わった。先程までのどこか楽観的な声音は消え去り、その瞳はただ静かに葵を見つめている。


 葵も目の前の相手の変化に何かを感じとったのだろう。相手の一挙手一投足を見逃さぬよう、その視線がより鋭いものへと変わる。


 葵のロングサーブからラリーが始まった。ワシは強烈なスマッシュを打ち合う展開を予想したが、その予想はすぐさま裏切られた。


 空気を切り裂く甲高い音が立て続けに二回響いた。


 一度目は葵が放ったスマッシュの音。


 続けて響いた二度目の音は、葵の放った強烈なスマッシュを完璧なタイミングでカウンターした、鏡宮有栖の強打の音だった。


 まさに反射。


 一瞬の間に点を奪い去るそのプレーは、光の反射を連想させた。


 その後も葵が放つ強打はことごとく反射(カウンター)される。


 青山 9-9 鏡宮


 ついにスコアが鏡写しのように並んだ。


 鏡宮有栖の先程までの戦法が鏡の反射のように相手と同じプレーを再現するものだとすれば、今の彼女のプレーは身体が瞬時に判断を下す条件反射のように思える。


 強打が来ればそれをカウンターで返す。


 文字に起こせば実に単純に思えるが、相手の強打に合わせてカウンターを行うのには並外れた観察眼とそのスピードに追いつくだけの反射神経が必要だ。それに普通は、葵ほどの強者を相手にそう何本も決められるものでは無い。


「今までは手加減していたのですか?」


 数分前のシーンを再現するかのように、葵は先程、自らが投げかけられた問いをそのまま相手へと投げ返した。


「いいえ、違います。私は自分のプレーが嫌いなだけ。だから極力、この手は使いたくなかったの。それに、この反射(カウンター)は神経が擦り減るから、最初のセットからは使えない。口調も素の私に戻ってしまうから嫌だし、この技ってなんだか全てを拒絶してるみたいで、それもなんだか惨めで嫌」


 先程までのおちゃらけた後輩口調は完全に鳴りを潜め、そこに立っているのは全くの別人のようにすら感じる。


 鏡宮有栖、彼女は一体……。


「なるほど、つまりこの作戦は鏡宮さんの全力で間違いないと?」


 相手の変化には一切動じず、葵は淡々と問いかける。


「えぇ、そうよ」


 先程とは真逆の立場で同じやりとりが行われた。


 それはまるで二人だけの鏡の世界。


 僅かな沈黙の後に、鏡宮有栖がロングサーブを繰り出す。


 直後、空気を切り裂く甲高い音が立て続けに三回響いた。


 一度目は葵が放ったスマッシュの音。


 続けて響いた二度目の音は、葵の放った強烈なスマッシュを完璧なタイミングでカウンターした、鏡宮有栖の強打の音。


 そして三度目の音は、鏡宮有栖のカウンターを更にカウンターで返した葵の打球音だった。


 早過ぎる展開に体育館中が静まり返った。


 そんな静寂の中、葵が静かに口を開く。


「すみません、マネさせてもらいました」


 青山 10-9 鏡宮


 葵のマッチポイント。


「まさか、私の反射(カウンター)模倣(コピー)したの? この土壇場で? そんなはず……」


 鏡宮有栖の瞳に濃い動揺の色が。


 しかしそれでも彼女は動揺を押し殺し、強烈なサーブを繰り出す。



 空気を切り裂く甲高い音が三回響いた。


 それは鏡の国の崩壊の音。


 スコアボードがゆっくりとめくられる。


 青山 11-9 鏡宮


 フルセットにまで及んだ長き戦いに、体育館中から拍手が送られた。


 鏡宮有栖は下唇を噛み、ただ真っ直ぐに床を見つめているが、一度強く自分の頬を叩き、勢いよく口を開いた。


「いやー、完敗っす。凄いっすね!?」


 当たり前のようにもとの口調へと戻った鏡宮有栖が何事も無かったかのようにそう言った。


「いえ、正直、最後の二本のカウンターは一か八かでした。僕が負けていてもおかしくなかった」


 葵は目の前の相手の変化は気にせずに淡々とそう言った。


「くぅー、試合後すぐに謙遜っすか? 大人〜。ところで葵君、うちのエリート学園に来ないっすか?」


「え!?」


 あまりに急な展開に、思わずワシが声を上げてしまった。


「行かないです」


 葵は一秒も間を空けずにそう言った。


「かぁー、速攻フラれたっす。まさにカウンターっすね……。まぁ、少しでも気になったら言ってくださいね!」


「行かないです」


「むぅ、そう言われるっと、意地でも誘いたくなるっす!!」


 鏡宮有栖がムキになった様子でそう叫んだ。


「おーい、いつまで話してるつもりだ」


 山田監督が二人の会話を止めた。


「だって、葵君が!!」


「だってもへったくれもない。それに、今の試合で白組の負けが決まったからな。まぁ、私が負けたのも大きいから、白組は私と一緒に後片付けだ!」


「え、白組だけど、俺らは勝ったべ?」


「ちょっと、お兄ちゃん……」


 空気を読まない兄を静かに嗜める玲ちゃん。


「まぁ、連帯責任は部活動に付き物だ。これも社会勉強だな!」


「えー」


「お兄ちゃん、ルナちゃんも言ってたよ。後片付けが出来ない男の人はダメだって……」


「ほんまか? ルナが言ってたんやな? ほな気合い入れてやるべ!!」


 妹に完全に操作されている蓮は、そうとも知らずに気合いを入れてモップを握る。


「私は紅組だけど、二敗したから……」


 彩パイセンはそう言って、黙々と卓球台のネットを回収し始めた。


「あの面倒くさがりの彩が自ら後片付けをするなんて!」


 涼香が少し茶化すような声音でそう言った。


「よっ、流石パイセン!」


「うるさい、帰れ。後、パイセン言うな」


「パイセンが後片付けしてるのに、先に帰るなんて出来ないですよ〜」


 ワシは古い人間じゃからな。年功序列は守るタイプなのである。


「まぁまぁ、可愛い後輩じゃない」


「涼香はこいつに甘過ぎ……」


 少しふてくされた様子のパイセンが静かに呟いた。


「パイセン、嫉妬ですか〜」


「うるさい、黙れ。そして帰れ。後、パイセン言うな」


 パイセンからの照れ隠し罵倒を浴びつつも、結局は全員仲良く後片付けをして、合同合宿七日目は賑やかに幕を閉じるのであった。

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