第七十六話『お試しですか? いいえ、お楽しみです!』
紅白戦最終試合。
青山葵VS鏡宮有栖。
まるで重要な大会のような独特の緊張感が体育館全体を包み込んでいた。
試合前の三本ラリーが終わり、サーブ権を賭けたジャンケンが始まる。
互いが互いを注視している。
ほんの一瞬足りとも視線を外さない両者が真剣な面持ちでジャンケンに臨む。
グーとグーがぶつかり合い、チョキとチョキが切り裂き合う。不気味な程にあいこが続く。
その数が二十を超えたあたりで、葵のチョキが鏡宮有栖のパーを切り裂いた。
「あんれ? 自分負けたっすか?」
鏡宮有栖はそう言って、自ら繰り出したパーを不思議そうに見つめる。
「僕、じゃんけん強いので」
葵は表情一つ変えずに淡々と言った。
「癖だとか心の読み合いは自分もとっくいなんですけどね〜。どっちにしまっすか?」
鏡宮有栖は楽しげに葵へと問いかける。
「じゃあ、サーブでお願いします。それと、僕の方が一個下なので、敬語は使わなくても良いですよ」
「あぁ、気にしないっでください! 自分、誰にでもこうなんで。敬語の使い分けが下手くそなんっすよ!」
「分かりました。では、お願いします」
葵はただ一言そう言って、試合開始のトスを上げた。
葵が一球目に選んだのはYGサーブと呼ばれるものだ。1990年代に欧州の若い世代が使っていたことがその名の由来であり、手首を内側に勢いよく曲げて、そこから元に戻す動きを利用してボールに逆回転をかける高等技術だ。
試合を外から見ているワシですら、ボールに強烈な左回転がかかっている事が分かる。
対する鏡宮有栖は落ち着いた様子で一歩踏み込み、手首を素早く内側に巻き込み、強烈なバックハンドを放つ。
鋭い打球に対して、葵は特に動揺した様子もなく、力を抜いたフォームで相手の逆サイドをつく。
「おっと」
鏡宮有栖はそう言って、左手に持ったラケットを右手へと放り投げスイッチドライブを放った。
「器用ですね、でも、本物には及ばない」
事前にコースを読み切っていたのか、ボールに対して絶好の位置へと回り込んでいた葵がフォアバンドを振り抜く。
鋭い打球が青い台上を突き抜け、葵の先制点が決まった。
「たっー! 流石につっよいですね!」
「はい、強いですよ、僕」
それは驕りでもなければ、慢心でも無いのだろう。葵はいつだって恐ろしい程の客観性を持ち合わせている。そんな彼は俯瞰して、ただシンプルに事実を口にしているのだろう。
それこそが葵の底無しの強さを支えている。
「二本目いきますね」
そう言って葵が繰り出した二球目のサーブはシンプルなロングサーブじゃ。コースは相手のフォアサイドど真ん中。葵にしては少々雑なコースにも思えるが……。
「あんれ? 自分舐められてまっす?」
鏡宮有栖はそう言って、先程の葵のフォームを模倣しフォアハンドを振り抜いた。
白球は葵の真横を突き抜け、鏡宮有栖の得点となった。
「なるほど、凄いですね。フォームの再現性もさることながら、スピードまで同じとは」
「あんれまぁ、もしかっして、試されちゃってた感じっすか?」
「そうですね。鏡宮さんのコピー能力がどの程度のレベルなのか興味があって」
「ははっ、さては余裕っすね? さいっこうに楽しくなってきた!!」
「はい、同感です。楽しい試合になりそうです」
それは二人の天才の邂逅。
互いに笑顔を浮かべているが、どこか獰猛さすら感じる。おそらくこの二人は自分に近しい実力を持った同年代の強者に飢えているのじゃろう。
腹を空かせた猛獣同士の戦いが今まさに幕を開けた。