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第七十四話『猿真似ですか? いいえ、完全再現です!』

 紅組二勝、白組一勝で迎えた第四試合のその直前、汗だく姿の鏡宮有栖(かがみやありす)が勢い良く体育館へと戻ってきた。


「いやー、ちょっと、ひとっ走りしてきまっした! 金城さんが二試合連続になるので、自分も疲れていないと不公平だから!!」


 金髪に染められた長い髪をモノクロの巨大リボンでポニーテールにしたその姿はインパクト抜群であり、否が応でも周囲の目を惹きつけていた。


 第三試合の途中から姿が見えないと思っていたが、まさか自身の試合前にランニングに出かけていたのか?


 床へと滴る彼女の汗がウォーミングアップと呼ぶには激し過ぎる運動だったことを物語っている。


「へー、余裕だね」


 彩パイセンが興味なさげにそう言った。


「いや、余裕なんてないっす! 条件を揃えたかっただけです!!」


「そう、じゃあ始めよう」


 彩パイセンは静かにそう言って、スポーツタオルで汗を拭い卓球台へと移動した。


 妙な緊張感漂う中、試合前のラリーが始まる。


 両者の手にはシェークハンドのラケットが握られており、ラリーを見る限りでは鏡宮有栖の戦型はオーソドックスなドライブ主戦型のように見受けられる。


 ラリーが終わり、サーブ権をかけたジャンケンが行われた。


「おっ、ラッキー! サーブでお願いしまっす!」


 ジャンケンに勝利した鏡宮有栖が楽しそうにそう言った。


 一方彩パイセンはというと、顔色一つ変えずに静かにレシーブの構えに入った。


 その場の全員が注目する中、鏡宮有栖の第一球。


 息を呑む程美しく真っ直ぐなトス。

 天高く舞う白球は一瞬、その場の時を止めた。


 重力に従い落下してきた白球と同時に、膝を落とし、顔の前で構えられたラケットが勢いよく振り抜かれた。その動きは、あまりに見覚えのあるものだった。

 一朝一夕では身に付かないはずのその技の名は王子サーブ。それは先程、塔月兄妹が披露したサーブの軌跡を辿るように放たれた。


 完全なるトレース。


 これが最先端の映像技術によるフォームの再現映像だと言われても納得してしまいそうな程の完成度。


 再現されたのはフォームだけでは無い。


 強烈な回転を内包した白球が彩パイセンのコートへと着弾する。


 皆が驚きを隠せない中、彩パイセンは顔色一つ変えずに低い姿勢でコンパクトかつ強烈なフォアドライブを放つ。


 弾くように放たれたレシーブが快音を響かせ、鏡宮有栖が構えた逆サイドを突く。

 相手の守備範囲外への的確なレシーブ。これぞ金城彩の現代卓球。誰もが彩パイセンの先制点を確信した瞬間、鏡宮有栖が左手に握るラケットを勢いよく投げた。


 宙に舞うラケットの行く末を皆が息を呑みながら見守る。

 左手から右手へと。それはワシのアイデンティティを嘲笑うかのように意図も容易く行なわれた。


 当たり前のように放たれたスイッチドライブが彩パイセンの真横を勢いよく突き抜けた。


 あまりに衝撃的な光景にその場の全員が口をつぐむ。


「嘘やろ……」


 しばしの沈黙の後に、蓮が呟くようにそう言った。その横顔には絶望感すら漂っていた。


 それもその筈だ。


 自身が何年もかけて磨き続けたサーブを目の前で再現されたのだ。


 目を擦り、疑いたくもなる。


 ワシも全く同じ気持ちだ。

 正直言って、状況が全く飲み込めていない。


 審判を務めている山王の一年生も、呆気にとられてスコアボードをめくり忘れていた。


「えっと、大丈夫っすか?」


 その言葉で自らの役目を思い出したのか、審判を務める女の子が焦った様子でスコアボードをめくった。


 鏡宮有栖はたった一点を獲得する間に、その場の空気を全て掌握し切っていた。


「じゃあ、もう一本いっきまっすね!」


 彼女の二本目のトスが上がる。


 先程と同様の流麗な動きから放たれた王子サーブが彩パイセンのコートを襲う。


「同じコースとは舐められたものね」


 彩パイセンはそう言って、最小限の動きで強烈なフォアドライブを放つ。


 一見すると先ほどのプレーの焼き増しにしか見えない光景だが、パイセンの放った打球が相手コートに着弾した瞬間、台の外側に向かって急激に変化しはじめた。


「おっ、カーブドライブっすね!」

 

 急激に外へと曲がる打球に対して、当たり前のように左手から右手へとラケットを持ち替えた鏡宮有栖が無邪気な笑顔でフォアドライブを放つ。


 彼女が放ったボールがパイセンのコートへと着弾した瞬間、ボールが急激に変化した。それは彩パイセンが放ったカーブドライブと寸分違わぬ軌道で鋭く変化し、台の外へと曲がっていった。


「えっ」


 彩パイセンのポーカーフェイスに亀裂が入った瞬間だった。


 無理もない。自ら放った渾身の打球が、そっくりそのまま返ってきたのだ。


 鏡に映った自分を相手にしているような、そんな感覚に陥ってもおかしくはない。


「へへっ、自分、人のモノマネがとっくいなんですよね〜」


 ヘラヘラとした口調とは裏腹に、その技術力の高さは間違い無く一級品だ。


「なら真似出来ない動きをするだけ」


 先程の動揺を振り払うように、彩パイセンが自らを鼓舞するように言った。


「次はどんな技を見せて貰えるのか楽しみっす! それが自分の一部になるから!!」


 強さへの飽くなき向上心。純粋なその言葉には一切の不純物が無く、かえってそれが彼女から人間らしさを削り取っているようにすら感じられた。

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