第七十三話『尊敬ですか? いいえ、伝わらなくても良いのです』
第三試合も予想を超えた激戦となっていた。
山王ペアVS塔月兄妹。
スコアは一進一退を繰り返しており、激しい点の取り合いとなっている。
勝負は当たり前のようにフルセットへともつれ込み、手に汗握る展開が続く。
涼香と彩パイセンは息ぴったりのコンビネーションプレーを見せているが、ダブルスの完成度で言えば、塔月兄妹に分がある。二人が繰り出す強烈なサーブはもちろんのこと、兄妹故の阿吽の呼吸が試合に独特のテンポを生み出しており、主導権を握り始めていた。
そんなシーソーゲームを繰り返しながらも、じりじりと戦況は傾き始め、試合は最終局面を迎えていた。
蓮がサーブを繰り出すと、玲ちゃんは既にレシーブの構えを取っており、兄が放つサーブの威力を微塵も疑っていない様子だ。
放たれた王子サーブは妹からの信頼に応えるかのように、回転量を増しながら相手コートへと着弾する。
涼香がなんとかレシーブするも、浮き上がった白球は玲ちゃんが待つ絶好の位置へと運ばれていく。
快音が鳴り響く。
まるで、予定調和とばかりに、すました顔の玲ちゃんがスマッシュを決めた。
「だー、ごめん! ボール浮かしちゃった」
「いや、今のはサーブが良過ぎた」
涼香の謝罪に対して、彩パイセンが淡々と言った。
確かにパイセンの言葉通り、この試合の蓮のサーブには目を見張るものがある。ただでさえ強力な王子サーブが更に威力を増しているのだ。
ひょっとすると、妹とダブルスを組むことによって、兄としてのプライドや意地が彼に力を与えているのかも知れない。
「玲、もう一本いくぞ」
「うん」
兄の強気な言葉に対し、玲ちゃんはただ静かに頷いた。そのやりとりからは彼ら兄妹が培ってきた深い歴史が感じられる。
王手の局面でも、彼は弱気な手は打たない。
蓮は再び天高くサーブを上げた。重力に従い落下してきた白球に全体重を乗せる。いや、乗せているのは身体の重みだけではないのだろう。妹からの信頼と自らの存在意義、それら全てを乗せたサーブは確かな重みを持って相手コートを蹂躙する。
強烈な回転を内包したサーブが涼香のラケットに触れた瞬間、白球はあらぬ方向に弾け、コート外へと勢い良く飛んで行った。
「すまん玲、お前の出番とってもーたわ」
己の背中でまた一つ信頼を重ねた兄が妹へといたずらっぽく笑いかける。
「うん、わかってたよ」
兄の言葉を受け、玲ちゃんはただ一言そう返した。
冷静に話すその口調とは裏腹に、その眼差しには信頼と尊敬の他に、もう一つの感情が見え隠れしているように思えた。
しかし、兄が妹のその思いに気付くことは無いのだろう。
試合の熱をも上回る熱が彼女の心に灯っていることに。