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第七十一話『我武者羅ですか? いいえ、答え合わせです!』

 合同合宿が始まり、一週間が経過した。


 本日は、師匠との午後練習のかわりに、合宿参加メンバーによる紅白戦が行われる。監督がゲームバランスを考え、紅組と白組にチームを分け、団体戦を行うのだ。


 紅組のメンバーはこうだ。ワシ、葵、彩パイセン、涼香。


 一方白組は、塔月兄妹の二人と鏡宮有栖、それに加えて山田監督が自らラケットを握る。


 ルールは、第一、第二試合はシングルス、第三試合はダブルスを行い、第四、第五試合はシングルスを行う。全ての選手が一回以上試合に出ることが条件で、先に三試合で勝利したチームの勝ちとなる。


 オーダーは既に決まっていた。


 第一試合、ワシVS玲ちゃん。


 第二試合、涼香VS山田監督。


 第三試合、涼香&彩パイセンVS塔月兄妹。


 第四試合、彩パイセンVS鏡宮有栖。


 第五試合、葵VS鏡宮有栖。



 監督の計らいなのだろうか、ワシにとってのリベンジマッチがこんなにもはやくやってくるとは思ってもみなかった。


 JSエリート学園の鏡宮有栖は後半二試合に出るようだ。ワシもぜひ試合をしたかったが、今回はパイセンと葵に譲ってあげるとしよう。まぁ、そもそも、このオーダーは監督が決めただけなのじゃが。


 何はともあれ、まずは第一試合、ワシにとってはこのリベンジマッチが最優先。


 ワシは一度目を閉じ集中力を高める。そして、ゆっくりと目蓋を開き、呼吸を整える。


「よし」


 左手にラケットを握り、コートへと向かう。


 目の前には可愛らしい小柄な少女が一人。今日も栗毛色のセミロングを一つ結びにしており、その姿からは小動物のような愛らしさを感じさせるが、ワシの中には油断や驕りなど一ミリ足りとも存在しなかった。


 この試合、チャレンジャーはワシだ。


 試合前のラリーを打ち合い、サーブ権を賭けたジャンケンを行う。


「レシーブで」


 ワシのグーが玲ちゃんのチョキを砕き、ハッキリとした意思を持ってレシーブを選択した。


 試合開始の一球目。


 天高く舞った白球が重力に従い落下してくる。


 玲ちゃんが放った強烈な王子サーブがワシのミドルめがけて突き進む。


 ペンホルダーの弱点を完璧に突いたコース。ミドルに来たボールは選手に一瞬の選択を迫る。バックハンドで処理をするのか、回り込んでフォアハンドを打ち込むのか。


 だがしかし、今のワシにその逡巡は必要無い。


 自然と足は動いていた。


 選択肢はただ一つだと。


 己の身体は知っていた。このコースは既に弱点などでは無いのだと。


 足が床を蹴り、確信した。


 サーブに対して十分な余裕を持ってベストポジションに回り込む。


 打つ前に分かった。このボールは決まる。


 フットワークの進化が思考にゆとりを生み出す。


 コートを狭く感じたのは初めてかも知れない。二台のコートを走り回った成果なのだろう。


 十分な余裕を持った体勢でラケットを勢い良く振り抜く。


 ボールは狙い澄まされた角を突き、ノータッチでコートを駆ける。


 塔月 0-1 水咲


 確かな手応えとともに先制点が決まった。


 それと同時に、少し遠くから試合の様子を見物している師匠が小さくガッツポーズしたのが見えた。一瞬、師匠と目が合ったのじゃが、すぐに逸らされてしまった。


 師匠からの期待と(プレッシャー)を感じながらも次のサーブへと備える。


 二本目のサーブはフェイントを織り交ぜた勢いのあるロングサーブが飛んできた。バックサイドの角を狙った鋭い打球は、コース、スピード、ともに完成度の高いサーブじゃが、今のワシを動揺させるには物足りない。


 考える間すらも無く、ワシの足は瞬間的に動き出し、ボールに対して最も打ちやすいポジションへと位置取りを済ませていた。


 絶好球(チャンスボール)と化した白球に体重を完全に乗せ切ったスイングをぶち当てる。


 ノータッチで敵陣を抉り取るスマッシュが一瞬のうちに連続点を重ねた。


「なるほど……」


 ワシの口からは思わず独り言が漏れ出していた。


 ワシはこの場においてようやく、師匠がフットワーク練習にのみ時間を割いた理由が分かった。


 フットワークとは、ただボールに追いつく為だけの技術ではないのだ。より早くベストな体勢を作り出すこと、それが全てのクオリティを飛躍させる。一瞬の差が生み出す時間が、肉体的、精神的余裕を生み出し、ベストなプレーを可能にする。コースの打ち分け、ボールの回転量、相手の動きの読み合い。フットワークとはすなわち、それらを支える起点作りと言える。


 しかし、実践的な筋肉が一朝一夕で手に入るはずも無い。ならば何故、ワシはここまで劇的な進化を遂げたのか?


 その答えはおそらく、バックハンドとスイッチドライブを禁止されたことにある。


 ワシの経験値が生み出したリカバリー能力が無意識にペンホルダー最大の武器であるフットワークへの意識を薄れさせていたのかも知れない。言い換えれば選択肢や秘策による甘えがあったのだろう。唐突にそれらを断たれた環境に身を置く事で、本来のプレースタイルを振り返ると同時に、能力値のベースアップが出来たのかも知れない。


 そしてもう一つの理由はシンプルだ。


 反復練習による動作の最適化。

 無駄を省き、効率を突き詰める。

 昨日よりも今日、今日よりも明日。


 人はそれを努力と呼ぶ。


 努力は人を裏切らない。人が努力を裏切らない限り。


 無我夢中で白球を追いかけ、いつの間にか試合は終わっていた。


 三セット先取の完全勝利(ストレート)


 それはこの一週間の努力(めにみえないもの)への答え合わせにも思えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  結構歳(主人公の父よりも年齢が上)が高いと思うが、山田監督は試合に参加できるほどの体力があったんだね!。  主人公のストレート勝ち。 [気になる点]  愛川さんと主人公の父の詳しい関係が…
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