第七話『女の子ですか? いいえ、男の娘です!』
とある日曜日の昼下がり。今日は水咲家にワシの友達がはじめて遊びに来るということで、パパンもママンもどこかソワソワした様子です。親父殿に至っては、練習を早上がりしてきたほどじゃ……。
ピンポーン。居間全体にチャイムの音が鳴り響く。インターホンに出たママンがカタコトの日本語で応対しているうちに、ワシは玄関の鍵を開ける為、一直線に長い廊下を走り抜ける。そしてなぜか、ネクタイを締めているパピーは、鏡の前で最終チェックを行っていた。
玄関に辿り着いたワシは、背伸びをしながら鍵を開け、ゆっくりと扉を開く。
のどかな日差しとともにそこに立っていたのは、小さな幼女と一人の女性。
「こんにちは、葵の母の秋穂です」
ワシの視線に合わせるようにして屈みながらその女性が挨拶をした。娘と同じ、黒髪のショートヘアが似合う美人ママさんのようじゃ。
「こんにちは! 奥へどうぞ」
ワシはとびきりの来客用スマイルを浮かべて二人を中へと誘う。
「お、おじゃまします……」
そう言って、視線をあちらこちらに向けながら、恐る恐る我が家の玄関に入る葵。しかし、その動揺とは裏腹に、しっかりとお靴の向きを揃えられている。えらいえらい。
廊下を抜け、居間に入ると自然に各々の自己紹介タイムが始まった。
「葵の母の、青山秋穂と申します。レイナちゃんにはいつも葵がお世話になっております」
そう言って、丁寧な仕草で頭を下げる葵ママ。母に続いて、葵本人も自己紹介へと突入する。
「あ、あの、葵です。にじ組の、4さいでぇしゅ、よ、よろしくお願いします」
お母さんの真似をするように、自身も頭を下げてご挨拶する葵。短く切り揃えられた前髪が揺れる。
もうすでに四歳になっているということはつまり、葵の誕生日は四月のようだ。
さて、次はいよいよ水咲家のターンだ。
「レイナのはーはのぉ、リディアといぃまぁすぅ。よろしゅくおねまぁいしまぁす」
少し緊張しているのか、今日のママンはアクセル全開だ。それに、続いて、親父殿が口を開く。
「レイナの父の水咲純です。卓球ばかりの娘にこんな可愛らしい友人がいて安心しました。今後ともよろしくお願いします」
流石は日本チャンピオン。当たり障りのない完璧な自己紹介だ。スーツ姿は伊達じゃない。
「うちの方こそよろしくお願いします。葵はシャイな性格でして、家ではレイナちゃんの話ばかりするんですよ?」
「ちょっと、ママ、変なこと言わないで……」
白い顔を真っ赤に染めた葵が抗議する。
「本当に可愛いらしい、きっとお母さんに似て美人さんに育ちますね。将来が楽しみだ」
そう言っておどけて見せるイタリア男。いつも笑顔のママンの眼光に鋭い光が灯ったのをワシは見逃さなかった……。
「ふふ、お上手ですね。でも葵はこう見えて男の子なんですよ。よく間違われるのですが」
水咲家のリビングに衝撃が走る。それもそのはず、ワシが家で葵の話をする時は、女の子の友達として紹介していたのだから……。
「え?」
それは、ワシの口から溢れでた純粋な疑問符。
「え?」
ワシの反応に対して、葵本人も驚いている。もしや、葵ちゃんは、葵君なのか??
ワシにはその言葉が信じられなかった為、思わず、葵の股間周辺に熱い視線を送っていた。
「あ、あの、葵、男の子だよ……」
葵の頰には鮮やかな朱色がさしており、その肌の白さがより強調されている。あまりにも可憐な目の前のこの子がまさかの男じゃったとは……。
「え、えっと、ごめんね」
動揺のあまり、ワシにはその言葉を口にするので精一杯じゃった。世界選手権の決勝で意表を突かれたサーブを出された時もここまでの動揺はせんかったわい。
「うん、いいよ、よく間違われるから……」
ちょっぴり寂しげな表情でそう呟く葵。
いかんいかん、どうにかこの空気を打破しなくては。
「ねぇ、卓球しようよ!!」
少々パワープレイな気もするが、大抵のことは卓球をすれば忘れられる。ワシの前世では、初めての失恋も、テストの赤点も、娘にパパなんて大嫌いと言われたあの日も、全て卓球が忘れさせてくれたのじゃから。
ワシは葵の手を取り、卓球台のあるガレージへと向かう。ママンと葵ママは居間のテーブルで話に花を咲かせていたので、パパンがかわりに、保護者役となった。
卓球台を挟み正面には葵が立っている。
まずは軽いラリーをやってみる。一定のリズムで続く打球音が実に心地よい。それからサーブレシーブに、三球目攻撃など、様々な練習を行う。そうして時間を忘れて打ち合いにのめり込んでいると、後ろから練習を見ていた父上殿が口を開いた。
「葵君、とても綺麗なフォームをしているね、誰かに教えてもらったのかい?」
「お父さんがたまにおしぇてくれるの」
「葵君の名字って青山だったよね?」
その問いに、静かに頷く葵。
「お父さんの下の名前を教えてくれないかな?」
不意に奇妙な質問をするマイファザー。
「お父さんのお名前はりゅーじ」
葵は不思議そうな顔で答える。
「なるほどね、やっぱりか、納得したよ」
そう言って一人深く頷く父上。そして何かを決心したようにもう一度頷くと、再び口を開いた。
「二人とも、せっかく同世代の練習相手も出来たことだし、大会に出てみないか?」
「出たい!!」
ワシは一切の迷いなく答えた。
「えっと、葵も出たい……」
ワシの勢いにつられるようにして葵も気持ちを恐る恐る言葉にする。
「よし、じゃあ、来月に行われる大会に参加しよう。そこで勝ち上がれば全国大会もあるぞ」
「ぜんこくたいかい?」
葵が不思議そうに首を傾げる。あぁ、なんて愛らしい仕草。
「つまり、旅行に行けるんだ!!」
「りょこー好き、行きたい!」
どうやら、葵の闘争心にも火がついたようだ。
「そうと決まれば二人とも、練習あるのみだ!!」
こうして日本チャンピオンの激励とともに、ワシ達二人の大会デビューが決まったのである。
一つ目のタイトルをいざこの手に。