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第六十話『才能ですか? いいえ、創意工夫です!』

 敗北の悔しさは知っていた。勝利の高揚も敗北の苦しさも、常にそれらは背中合わせで、雨も太陽もどちらかが欠けては作物は育たない。そんな事は分かっていた。


 それでも、雨を冷たいと思う気持ちは変わらないし、雲間に隠された青空が遠く感じる瞬間は、思わず地面を見つめてしまうものだ。


 敗北の理由が分からなければ尚のこと。


 惜敗とも呼べない土砂降りの中、冷えた心に鞭を打ち、監督の言葉を待った。


「違和感の正体が分からないままに終わってしまったな」


 ワシの心の内を正確に汲み取った監督が真っ直ぐにこちらを見つめて言った。


「はい、試合の駆け引きには自信があったのですが……」


「そうだな、水咲の良さが一つも活かされない試合だったな」


「はい、完敗です」


 年下の少女に読み合いで負けたのだ。言い訳などあるはずもない。


「塔月玲、君はこの試合、どう思った?」


「あっ、えっと……」


 監督に急に話を振られた玲ちゃんが、先ほどの試合姿とは打って変わってモジモジした様子で困惑していた。


「おい、ちゃんと返事せーや」


 蓮はそう言って、妹の玲ちゃんへとラケットを手渡した。


 兄からラケットを渡されると、玲ちゃんの顔付きが急激に変わった。それは試合中に見せた、練習量に裏打ちされた自信のある顔だ。


「そうですね、五セットマッチ三セット先取の試合であれば、私が負けていました」


 左手にラケットを握った玲ちゃんが淡々と言う。


「ほぅ、何故そう思う?」


「自力では完全に私が劣っていましたから。ただ、卓球は自力だけで決まるスポーツではないですし、技術の高さと試合結果はイコールではないので」


「いい自己判断だ。君を支える強さは、その客観性のようだな」


「私は特別な人間ではないので。ただ、工夫一つで、特別な人達を負かす事だって出来るとは思っています」


「至言だな。では、この試合の勝因は?」


「事前に持ち得たデータ量の差と、相性と、不意打ちですかね。まず、私とレイナさんでは知名度が違いますから。私は相手のプレースタイルを知っていて、相手は私を知らない。それに加えて、大きな要素としてはおそらく、レイナさんは自分よりも一回りも小さな選手を相手にした事が無かったのだと思います。私が打つ普通の打球は、普段よりも浮き上がって感じたはずですし、タイミングも普段とはズレていたと思います」


 一つ年下の少女が淡々と試合内容を分析する。


「そうだな、選手の力量が高ければ高い程、その微妙な違和感がプレーに及ぼす影響は大きい。それに追い討ちをかけるタイミングでの王子サーブだ。しかも、対応されない為に、小出しにそれを繰り出すのだから、水咲からすれば、複数の違和感を抱えながらの対応になる。初対面での不意打ちに加え、一セットという短期決戦。勝ち逃げをするにはこれ以上ない好条件。君はそれを上手く活かしたということだね」


「はい、あらゆるスポーツの上達に欠かせない要素、それは慣れです。つまりは逆に、相手にとって自分がいかに慣れない存在であり続けるかが重要なんだと思っています」


 淀みなく話す彼女からは、普段の気弱さは微塵も感じられない。


「そうだな。卓球においてサウスポーが有利とされるのは、左利きの絶対数が少なく、ボールの軌道などが右利きの選手とは違い、選手にとって慣れない打球が飛んでくるという側面もある。他のスポーツで例えるのであれば、アンダースローのピッチャーの球が打ちにくいのは下から迫り上がる打球に対して打者が慣れていないからという要素が強い。つまり、水咲が感じていた違和感の正体は明白で、慣れない相手が慣れない戦略をとってきた、その一点にある」


「慣れか……」


 口にすれば単純な理屈だが、あの違和感の正体がそれだけの事だったとは思えない。


「なんだ、納得出来ていない様子だな? まぁ、小さな頃から卓球と触れ続けていた水咲にとって、慣れない感覚というもの自体に違和感を覚えるのかも知れないな。それともう一つ、大きな要素があるのだとすれば、それはシンプルなプレッシャーだったのかも知れないな」


「緊張には強い方だと思っていました」


 プレッシャーに耐え得るだけの練習量と実戦経験を積んできたつもりだ。


「あぁ、それは私もそう思っている。ただ、水咲にとって、年下の女子に追い詰められるという展開は生まれて初めてだったのではないか? 自らが勝ち得てきた実績、自負、経験。それらが複雑に重なりあった思いが、無意識に身体を重くしていたのかも知れないな。まぁ、その辺を学ぶには少し早い時期かも知れないが、明日はまさに、身をもってそれを実感しているであろう選手がお前達を指導してくれる事になっている」


 監督が意味ありげにそう言った。


「ゲストコーチがきはるって事ですか!」


 蓮が興味津々な様子で叫ぶ。


「まぁ、その辺はお楽しみという事で。今日はこれで解散。後はゆっくり休め」


 監督のかけ声により、合同合宿初日の練習が幕を閉じた。

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