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第六話『偶然ですか? いいえ、運命です!』

 水咲家に卓球台が来てから半年近くが過ぎた。いつの間にやら季節は春。いくら子どもとはいえ、ワシにだって卓球以外にもやらねばならんことがある。その一つが通園じゃ。四月を迎え、ついにワシも年少さんの仲間入りじゃ。花組のレイナちゃんといえば、幼稚園内では有名な、中々の人気者である。特に困ったことに男の子達からのちょっかいが激しくて、最近は正直疲れている……。


「ねー、レイナちゃん、あそぼーよー!!」


 窓から見える桜をワシがゆったりと愛でていると、花組随一のお調子者こと健太君が話しかけてきた。


「うーん、何するの?」


 ワシは愛らしさ100%の角度で首を傾げながら問い返す。


「ウルト○マンごっこしよーぜ!!」


 無邪気な様子でこちらを見つめている健太君。


「嫌、それは昨日もしたもの」


「じゃあ、おにごっこしよーぜ!!」


 ワシの返事にもめげずに、すぐに別の遊びを提案してくる健太君。


「ごめんね、今日は心が穏やかだから、鬼をやる自信もなければ、鬼に追いかけられる気分でもないの、また今度誘ってね」


「ん? えっと、うん……」


 ワシは少し難しい言葉を並べて健太君を混乱させている隙に素早いフットワークで教室を出る。

 せっかくのお昼休みなのだ。たまには男の子の誘いを断って、自分の好きなことをするのも良いじゃろう。


 ワシが向かう先はお遊戯室じゃ。晴れの日は大体の園児達がグラウンドで遊ぶので、お遊戯室はガラ空きなのじゃ。そこで壁打ちをするのがワシのお気に入りなのである。

 ワシは家から持参しているラケットを握りしめ、お遊戯室の扉に手を伸ばそうとするが……。

 何やら扉の向こうから音がする。この聞き慣れたプラスチックの球が弾む心地よい高音はまさか、中に先客がおるのか?


 ワシは少しの緊張感とともに、お遊戯室の扉をゆっくりと開ける。


 壁打ちとはいえ、その一定間隔で鳴り響くリズムの安定感から、ある程度の予測はしていたが、その音を響かせている人物のフォームの美しさに、ワシは数秒間、時を忘れて見入っていた。ラケットを振る度に揺れる黒くて短いショートヘアが印象的だ。

 そのままワシが見つめていると、その視線に気がついたのか、壁打ちをしていた少女が動きを止めてこちらを見た。


「えっと、どうしたの……」


 ワシがあまりにも見つめ過ぎていたからか、その少女は訝しげな表情を浮かべ、小さな声でこちらに問いかけてくる。


「す、すまぬ、ワシは花組のもんじゃ、決して怪しい者ではない」


「ワシ?」


 目の前の少女が更に怪訝な顔で問い返してくる。


 ミステイク、ミステイク、つい動揺して素の口調で喋ってしまったわい。ワシったらおっちょこちょいである。

 みるみる内に目の前の少女の警戒心が強まっていくのがわかる。


「えっと、私は、花組の水咲レイナです」


 ワシは改めて自己紹介を試みる。


「知ってる、みじゅさき選手の……」


 あっ、噛んだ、かわいい。


「パパを知ってるの?」


「うん、卓球好きだから……」


 その少女の右手には年季の入ったシェークハンドが握られていた。


「そのラケット、いいね」


 ラケット自体は使い込まれているが、両面のラバーは新しいものに貼り替えられており、道具への愛が感じられる。


「うん、お父さんがくれた宝物なの」

 

 そう言って目の前の幼女は小さく微笑んだ。


「君の名前は? あと何組?」


「えっとね、名前は葵、にじ組さんです」


 少し恥ずかしそうにお名前とクラスを口にする幼女。


「いい名前だね。葵って呼んでもいい?」


「うん、いいよ、レイナちゃん」


 何かを試すように恐る恐るワシの名を呼ぶ目の前の幼女が、なんだかとてもいじらしく、愛おしく思えた。


「葵はよく卓球するの?」


 先程の見事な壁打ちはきっと、良い指導者に恵まれている証拠じゃ。


「たまにお父さんが体育館に連れて行ってくれるの」


 控えめながらも、しっかりと喜びが伝わってくる笑顔がとても可愛らしい。


「もし良かったら今度うちに来てよ。台もあるから、一緒に打とうよ」


 これはひょっとすると彼女がワシの卓球友達第一号になるやもしれん。そんな期待をこめつつもワシは目の前の幼女を誘う。


「え、いいの?」


 こちらを伺うような上目遣いで問いかけてくる葵。


「もちろん! 大歓迎だよ!!」


 卓球を愛する人間は皆友達なのじゃから。


「あの、えっと、ありがとう、レイナちゃん」


 これが幼女の本当の笑顔なのか。そこには、計算の余地などない、純真無垢の100%の笑顔が広がっていた。


 この日の出会いが、ワシの運命を様々な意味で変えていくこととなるのじゃが、三歳半のワシには未だ知る由もなかった。

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