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第五十七話『接戦ですか? いいえ、瞬殺です!』

 少しの沈黙の後に、二人の試合を見ていた山田監督がゆっくりと口を開く。


「金城、お前にしてはサーブにやられ過ぎだ。レシーブ練習を更に強化するぞ」


「はい……」


 監督の短い指摘に、少し不服そうに返事をする彩。


「塔月蓮、君は何故、今の試合に負けたか分かるかい?」


 彩から蓮へと視線を移した監督が問う。


「彩さんの対応力が俺のサーブを上回っていたからです……」


 床を見つめ拳を握りしめる様子からは、尋常ならざる悔しさが滲み出ていた。


「違う」


「え?」


 監督の言葉に疑問符を浮かべる蓮。


「今のワンセットで君が奪ったサービスエースは五点。これは脅威的な数字だ。君の周りでは、あのサーブを返せる相手がいなかったのかも知れない。しかし本来、サーブだけでワンセットに五点も得点出来る選手は滅多にいない。君は自身のサーブを誇るべきだ」


「で、でも、最後は完全に撃ち抜かれました」


 まだ新鮮過ぎる敗北に意気消沈の蓮。


「それは君のサーブがあまりにも強いサーブだったからだ」


 監督の双眸が真っ直ぐに蓮をとらえて言った。


「えっと……」


 困惑した様子の蓮。


「今まで君は、自分のサーブを完全にレシーブされた事が無かったのだろう。だから、少し良いレシーブが返って来ただけで、動揺したのだろう?」


「はい、正直、こんなに早く対応されるなんて思わなかったです……」


「いや、それは君の責任ではない」


「え?」


「今まで君のサーブを返せる練習相手が周りにいなかった、ただそれだけの問題なんだよ。しかし、この山王には、それが可能な選手がたくさんいる」


 監督が体育館全体を見回して言う。そして、確信を持った様子で蓮に向かって語り続ける。


「そもそも卓球というものは、ラリーが続くスポーツなんだ。君の卓球はあまりにもその前提が無かった。逆に言えば、その前提をものにすれば、君は間違いなくトップ選手になれる。良いかい? この合宿で君は、生まれ変わることが出来る。サーブは返ってくるのが当たり前、それを頭に叩き込み、その後の展開を想像するんだ。それが出来れば、君のプレーは数段先のレベルへと上がる」


 監督の目は真っ直ぐに蓮を見つめている。


「ほんまですか!? したっけ、なまら頑張ります!!」


 先程までの沈み具合が嘘のようにパワフルな返事だ。この切り替えの早さはスポーツマンとして大きな才能と言えよう。

 蓮も監督相手に極力言葉を選んでいたのだろうが、嬉しさのあまり、普段の口調が飛び出していた。


「勝ったの私なのに……」


 少しふてくされた様子の彩が小声で呟く。


「さぁ、次は誰がやる?」


 彩の呟きが監督に届く事はなく、山田監督が次の試合を促す。


「じゃあ、僕が」


 ゆっくりと手首を回しながら、葵が淡々と前へ出る。


「よし、それじゃあ桐崎、勉強してこい!」


「え、私ですか!?」


 監督の急な指名に涼香が驚きの声をあげた。


「えっと、僕じゃ嫌ですか?」


 葵が小さな声で悲しそうに言った。


「いやいやいや、もちろんそんな事はないけれど、恐れ多いと言うか、私で葵君の相手になるかどうか……」


 涼香にしては珍しく歯切れの悪い返答だ。


「こんなチャンス滅多にない。もまれてこい。それに、今の三年生が引退すれば、お前が部のまとめ役にもなるんだからな。何事も経験だ!」


「は、はい!」


 監督の言葉に背中を押されたのか、勢い良く返事をした涼香が一歩前へ出る。


「よろしくお願いします」


 葵の丁寧な礼をきっかけに試合がはじまる。




 そして終わった。




「ありがとうございました」


 試合開始時と同様の丁寧な挨拶をする葵。


 あまりにも早すぎる勝利。葵にとってそれは日常だった。


 涼香の名誉の為に言うが、決して彼女が弱いわけではなかった。ところどころでは、涼香らしい粘り強いロビングで、良いプレーもいくつかあった。しかし、相手が悪かったと言わざるを得ない。葵のプレーには一切の隙がなく、あまりにも当たり前に得点を重ねていった。むしろ、葵相手に三点をもぎ取った涼香は善戦したと言えよう。


「ふげぇ……」


 疲れ切った様子の涼香が彼女らしからぬ沈み具合で、とぼとぼとベンチへ戻っていった。


 名門山王で日々鍛えられている彼女ですら疲弊し切った様子である。大差のついた敗北は身体(フィジカル)よりも精神(メンタル)にくる。


 そんな涼香と葵の試合が終わり、ついにワシの出番が回ってきた。


「よろしくお願いします」


 丁寧な挨拶とともに頭を下げたのは、塔月の名を冠する、未知数の少女、塔月玲ちゃん、小学四年。


 思えばワシは、この身体に生まれ変わってから、年下を相手に試合をした記憶がない。レイナとしての人生は常に歳上の選手を相手に戦ってきた。そして、その環境の中でいくつもの最年少記録を打ち立て続けてきたのだ。


 ワシは数十年振りに思い出すこととなる。下からの(プレッシャー)のじっとりとした恐ろしさを。

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