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第五十五話『ビックマウスですか? いいえ、ビックサーバーです!』

 青森空港を出発してから三十分程が経過した。監督の運転が上手な為か、断続的な眠気が襲ってくる。ちょうどウトウトしかけていたタイミングで山田監督が車内全体に声をかけた。


「もうすぐ山王に着くがどうする? いくら飛行機が速いとはいえ、大阪と北海道から来た二組だ。今日は明日からの練習に備えて、学生寮で休んでもいいぞ。やりたければ少し打っていっても構わんが」


『やりたいです!!』


 監督の問いかけに対し、四人全員の声が重なった。


 どうやらここにおるメンバーの気持ちはすでに一致しているようじゃ。


 今回の合宿では、参加メンバー全員が山王の学生寮にある大部屋を借りられることになっており、そこで寝食を共にすることになる。実力だけではなく、人としての協調生も試されることだろう。


「俺ら以外にも他の県から、ぎょうさん同世代が集まるらしいべや。なまら楽しみやな!」


 ツンツン頭の蓮が違和感全開の方言で叫ぶ。


「僕より強い人いるといいなー」


 葵が窓の外の景色を見ながら、ぼーっとした様子でそう言った。


「自分、物凄いこと言うな。恐れ知らずにも程があるやろ……」


「え? 何が?」


 葵がきょとんとした顔で言う。


「葵のこれは嫌味とかじゃないんだよね。純粋に上手い人と試合をするのが好きなだけで」


 変な勘違いをされる前に、ワシがフォローを挟む。


「かぁーー、素で言っとんのかい! これやから天才ってやつは、どいつもこいつも」


「どいつもこいつも?」


 他にも思い当たる節があるのだろうか?


「あぁ、ルナも昔似たようなこと言ってたんや。まぁ、あいつは、少しは骨のあるライバルを見つけたゆーてたけど……」


「え、それって」


「ちっ、お前だよ、水咲レイナ。まぁ、ルナがドイツに行く前の話やから、もう何年も前の話やけどな」


 悔しそうな顔で蓮が言った。


「ルナは私のことなんて言ってたの?」


「親戚の集まりで少し話しただけやから、そんなに覚えてねーけど、張り合いのある奴が現れたって、なまら嬉しそうな笑顔で言ってたのは覚えとる」


「そっか……」


 ルナがワシの前から姿を消して七年近く。それは日本卓球界への大きな損失であり、ワシの心に無視出来ない程の喪失感を生んだ。しかし、彼女がドイツでも卓球を続けていている事が分かったのだから、ワシも進化を続けなくてはならない。いつかまた、台を挟んで出会った時に、彼女と対等(ライバル)でいられるように。


「レイナにとってもルナは特別な存在っちゅーわけやな。その顔みりゃ分かるべや。お互い難儀な相手を好きなったもんやな」


 ツンツン頭の蓮がどこか楽しそうに言った。


「さぁ、もうそろそろ学校に着くぞ、降りる準備を済ませろよ」


『はい!!』


 監督の言葉に車内四人の言葉が再び重なった。



 * * *


 体育館いっぱいに鳴り響くのは、プラスチックの球が織りなす高速の四重奏(カルテット)。ドライブ、スマッシュ、カットにブロック、それらが生み出す音楽が鼓膜を揺らし心を揺さぶる。この独特の高揚感がワシをコートに立たせ続ける。


「レイナーー!」


 体育館の扉を開き入り口付近に立っていたワシへと、大きな声を上げて手を振っているのは、山王中学二年、桐崎涼香である。


「りょう……桐崎先輩。お久しぶりです!」


 おっと、あぶないあぶない、部活動中はあくまで敬語。それが山王の掟である。学校の部活動は技術だけではなく、上下関係を学ぶ環境でもあるのじゃから。


「また来たのね……」


 茶色がかった少し癖毛のショートヘアを弄りながらそう言ったのは、次期山王エースの呼び声高い金城彩(かねしろあや)先輩である。


「なんでちょっと嫌そうなんですか!」


「いや、彩のこれはポーズよ。本当はあなたが来ることを知ってからずっとリベンジに燃えてたのよ」


「ちょっと、涼香、余計な事言わないで!」


 素直になれない彩パイセンが声を上げて猛抗議する。省エネの彼女が声を張り上げるとは珍しい。


 女三人でまさに姦しいやりとりをしていると、ツンツン頭の少年が口を開いた。


「なんやレイナ、なまら馴染んどるやんけ」


「え、あぁ、春にも練習に来たからね」


「えっ、ずっる! 流石有名選手は練習相手も選り取り見取りってか」


「あら、そういう君は確か、塔月蓮君だっけ?」


 不意に涼香が蓮へと話しかけた。


「え、あっ、はい!」


 少し顔を赤らめた蓮が勢いよく返事をした。


「お兄ちゃん、顔赤い……」


「よ、余計なこと言うな!」


 躍起になって言い返す様は思春期の少年らしく、実に微笑ましい。


「へー、蓮も結構知られてる選手なんだね」


 ワシのアンテナが弱いのか?


「なんや、嫌味なやっちゃのぅ。お前ら二人に比べりゃ、俺らはまだ無名みたいなもんや」


 自嘲気味の蓮の言葉を受け、涼香が少し首を傾げる。


「確かにレイナや葵君の知名度は凄いけど、七色サーブの塔月兄妹と言えば注目の的よ?」


「や、やめて下さいよ。その異名恥ずかしくてしゃーないんです」


「私も知ってる」


 真顔の彩が呟くようにそう言った。


「えっ! 金城選手も知ってくれはってるんですか!?」


 明らかに動揺した様子の蓮。


「七色サーブ受けてみたい」


「ほんまですか!? ぜひワンセットでも!」


「なんでそんなに興奮してるの?」


 蓮の急な変貌につい首を傾げてしまう。


「お兄ちゃん、金城選手の大ファンで金城選手の記事とかが載ってる卓球雑誌、すぐに買ってる……」


「え、ルナ一筋じゃないの?」


 車内ではあんなに熱い思いを語っていたのに。


「いや、これはその、選手としての憧れや! やましい事なんてなんもないべ!」


「なんもない、か……。私、背も大きいしね」


 無表情ではあるが、彩の声音がトーンダウンしたように感じる。


「いや、えっと、そういうことじゃなくて!」


「何?」


 無表情の彩が詰め寄る。


「あ、あの、か、金城選手はすらっとしていて、プレーも見た目も、な、なまら綺麗だと思います!!」


 顔を真紅に染めた蓮が爆発する勢いで言った。


「ちょっと彩、その辺にしてあげなよ。あんまりからかうと可愛そうでしょ?」


「つい、なんとなく」


「彩が人に興味を持つなんて珍しいわね?」


 涼香が少し楽しそうに問いかける。


「サーブを受けてみたいのは本当。それに噂の兄妹(ミックス)ダブルスも見てみたい」


 表情からは見分けづらいが、面倒事が嫌いな彼女にしては積極的な言葉に思える。


「他の県から合流する選手は明日からだけど、一足先に山王合宿の歓迎会って事で、私達だけでワンセットマッチでもする?」


 涼香がその場全員の顔を見渡しそう言った。


「はい、お願いします!!」


 遠征組の四人の声が重なる。


「組み合わせはどうしますか?」


 淡々と屈伸を始めた葵が言った。


「ほな、トップバッターは自分が!」


「じゃあ、私が相手する」


 勢いよく名乗り出た蓮とは対照的に、淡々と口火を切る彩。


 一見すると対極的な人間に見える二人は一体、どんな試合を繰り広げるのじゃろうか。


 男女差はあれど、この時期の年齢差を考えれば、条件はある種対等とも言える。


 彩の合理性を突き詰めた現代卓球の強さは身に染みて分かっているが、ルナの親戚でもある蓮はどんなプレースタイルなのか、その辺も大きな見所じゃのう。


 二人は静かに台へと向かい、真剣な面持ちで向かい合う。それから数本のラリーを行い、最初に口を開いたのは、意外にも彩の方だった。


「サーブ権はあげる」


 一見すると慢心にも思えるこの台詞。しかし、彩の目は一瞬たりとも、蓮の動作を見逃さない。


「俺にサーブ権を渡したこと後悔しますよ?」


 その一言から伝わってくるのは、自らが繰り出すサーブへの絶対的自信。そして彼は今、その自信がメッキでは無いことを証明する。


 天高くトスが上がる。これほどまでに高く上がったトスは前世の記憶を辿っても、正直見た事がない。


 驚くべきはその正確性だ。


 トスを高く上げる。それだけを聞けば、大した技術では無いように思えるが、これだけ高さのあるトスを完璧に真っ直ぐ上げるとなると、一体どれだけの時間をサーブに注ぎ込んできたのかと考えさせられる。


 卓球の試合ではまれに、時が止まる瞬間がある。それは、プレイヤーも観客も、その場にいる全員が、次の瞬間に凄まじいプレーが生まれることを確信した瞬間に訪れる。


 舞い上がる白球を見つめ、その場の全員が息を呑んだ。



 塔月蓮という男は、トス一つで、その場の時を止めたのだ。

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