第五十四話『関西弁ですか? いいえ、ハイブリッド方言です!』
他県に比べ北海道の子供達の夏休みは短い。理由はいたってシンプルで、地域の特性上、冬に降る豪雪が通学路などを塞ぐこともあり、昔の文部省が北海道は特例的に冬休みの期間を伸ばし、夏休みを短くしたのだとか。そんな貴重な夏休みを使い、ワシと葵は青森の大地を訪れていた。
以前ワシは、パパンと青函トンネルをくぐりこの地へと足を運んでいたが、今回は時間の都合上飛行機での移動となった。両親に見送られ新千歳空港を飛び立ったワシと葵はさほど長くもない空の旅を終え、青森空港へと着陸した次第である。
預けていたキャリーバックを受け取り、空港まで迎えに来てくれていた山田監督と合流し、監督が運転する白のハイエースへと乗車する。
車内には既に先客が二名。見知らぬ同世代らしき男女が一人ずつ座っていた。
「失礼します」
と口にして、車内の真ん中の列に座る見知らぬ二人に挨拶しながら、後部座席へと座る。
すると、快活そうな男の子の方がこちらを振り向き、大きく口を開けた。
「おっ、なまら有名人の登場やんけ!」
ツンツン頭の短髪の少年が少し違和感のある言葉を話す。
「お、お兄ちゃん、やめなよ……」
少年の右隣に座る少女が囁くようにそう言った。
どうやら、二人は兄妹のようじゃな。快活な兄と少し恥ずかしがり屋の妹といったところか? おそらくこの二人も今回の合宿に参加する選手の一員なのじゃろう。
「青山葵です。よろしくお願いします」
葵が落ち着いた声音で挨拶をした。
「知っとるわ! 小学生でラケット握ってりゃ、おめーのこと知らんやつなんていないべ」
なんだこの違和感。この少年の言葉には、関西弁と北海道弁が混ざっているのか?
「お兄ちゃんもちゃんと挨拶しないと……。えっと、私は塔月玲、小学四年生です」
「えっ、塔月!?」
まさか……。
「はい、塔月ですけど……」
自信なさげに震える声音で少女が言った。
「おい、俺の自己紹介の前にリアクションすんな! なまら失礼なやっちゃのぅ。俺は塔月蓮、小学五年だ」
「え、え? ひょっとしてルナの親戚だったりする?」
塔月なんて名字はそうそういるものでもないし、まさか……。
「あぁ、玲はルナの従兄弟だ」
「え?」
その言い方ではまるで自分は違うとでも言うような……。
「俺はおとんの連れ子で、おとんは婿養子だから、俺はルナと血は繋がってねーんだ。玲とはおとんが一緒でおかんが違うねん」
「あぁ……」
もしかしたら、ナイーブなことを聞いてしまったのかも知れない……。
「おい、変な気は使わなくていいべ、それに俺はルナと血が繋がってねーからよ、あいつにぎょうさん愛をぶつけられる」
「え? 愛!?」
「あぁ、俺はルナをなまら愛してんねん!」
乗車数分での出来事とは思えない程の情報量がワシの脳を揺さぶる。
「あのさ、一つ聞いても良い?」
「なんやねん」
「ゴミはどうする?」
「投げる」
「唐揚げは?」
「ザンギ」
「お茶は?」
「しばく」
「ツッコミは?」
「なんでやねん」
「とてもは?」
「なまらぎょうさん」
「そう! それ!?」
「あ? なんやねん? っていうか、一つじゃなかったんかい!」
蓮と名乗った少年が小気味良いツッコミをかます。
「なんで、北海道弁と関西弁が混じってるの?」
あまりの違和感に聞かずにはいられない。
「いや、おとんが北海道出身でなまらなまってるし、俺らが育ったのが大阪やから」
「なるほど……」
とんでもない日本語が爆誕しているが、うちのママンに比べれば、もはや標準語か。
「あれ? じゃあなんで玲ちゃんは変な方言じゃないの?」
「変っていうな! 独自性豊かとか言え!!」
ツンツン頭を激しく揺らしながら、蓮と名乗った少年が勢いよく突っ込む。
「あ、あの、私は、お母さんと過ごす時間の方が長かったから……」
その震える玲ちゃんの言葉から何か不穏な空気を察知した葵が柔らかい笑みを浮かべて口を開く。
「お母さんは標準語なんだね」
「うん、お母さんは、ルナちゃんのお母さんの妹なの」
葵の優しく中性的な声音が彼女の警戒心を和らげたのか、先ほどよりも少し饒舌になった玲ちゃん。
「おい、そんなことより、お前らはルナとどんな関係なんだべ?」
「お前じゃない。レイナ」
「おっと、すまん。レイナ」
「いいよ。蓮で良い?」
「おう、ほんで?」
素直に謝り、テンポ良く会話を進める蓮。
「ルナとは幼稚園時代のライバル。私は今でもそう思ってる」
「なるほどな。さてはレイナも惚れたんやな?」
「え?」
「ルナは俺に言ってくれたんや。連れ子だから何? それはあなたの境遇であって、あなたの価値はそんな事では決まらないし、少なくとも、私があなたと話す上では何も関係ないわ、ってさ」
「ルナらしい言葉だね」
力強く真っ直ぐで、どこまでも清潔な言葉だ。
「それ以来、俺はうじうじ考えるのはやめてん。時間がもったいないべ。そんなことに費やしてたら人生終わっちまうし、何よりルナに追いつけなくなる」
「そうだね」
きっと、ルナは今も進化を続けているはずだ。
「レイナもきっと、ルナのなまら強い部分に惚れたんやろ?」
「あぁ、きっとそうかもね」
思えばこれは、ある種の恋のようなものなのだろう。ワシがルナのプレーに魅せられたのは間違いようもない事実なのだから。あの優美で繊細かつ、鋭くも力強い気高さに釘付けになった。彼女の一挙手一投足を自然と追いかけ、魂を震わせた。卓球とは相手あっての競技であり、それを一番強く感じた瞬間は、塔月ルナとの試合であった。
「ほな俺達は同じ人間を愛する恋敵であり、同じ人間を愛する気の合う同士っちゅうわけやな! なまら素敵やん!!」
車内に響く少年の声は、どこまでも純粋で、夏の湿気を忘れさせる程にからっとした快活なものだった。