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第五十三話『錯覚ですか? いいえ、お手製シロップです!』

 日陰鳴(ひかげめい)の試合動画を見てから一ヶ月近くが経過した。


 北海道の春は一瞬で、寒さが消えたと思って数週間もすれば、夏の暑さが顔を出す。北海道の夏は涼しいなんて言われていたのは昔の話で、今では東京よりも暑い日なんかもザラにある。

 そんな中、ジリジリとした暑さを感じながらもワシは今日も白球を追いかけている。


 パピィの用意した練習メニューはどれもコントロールと緩急を意識したものだった。それにはもちろん訳がある。


 日陰鳴の試合展開は圧倒的なフットワークがもたらすオールフォアによる制圧だ。つまりこの練習の意図はコースの打ち分けによる揺さぶりで相手の体力を奪い、フットワークを鈍くするということと、それに加えてボールのスピードに緩急をつけることによって、相手のリズムを狂わせることにある。


 一見地味な練習メニューに思えるが、慎重なコースの打ち分けと緩急を意識した練習がもたらす精神的疲労は想像よりも大きい。


 口で言うのは簡単だが、葵相手に台の角だけを狙いながら、尚且つ打球に緩急をつけタイミングを外そうとするのじゃから、並大抵のことではない。

 ここ最近はそんな地道かつハードな練習を毎日続けている。


「よし、一旦休憩にするか!」


 久しぶりに練習を見に来てくれたパピーが大きな声でそう言った。当たり前の事だが、パパにはパパの練習時間があり、ちっちはその合間を縫ってワシらの練習を見てくれているのじゃ。


 父の背中を追い、ワシと葵はリビングへと向かう。


 マミーのいるリビングには程良い冷房が効いており、心地よい空間が広がっている。そして、部屋の中央にある長テーブルの上には……。


「カキ氷だ!」


 おっと年甲斐もなく叫んでしまった。


 しかし、それも、仕方のないことじゃろう。テーブルの上に置かれた手動のカキ氷機は今も昔も、少年心をくすぐるものじゃ。ワシ美少女なんじゃがな。


 ワシはワクワク顔でイスに飛び乗り、勢いよくカキ氷機を回す。


 氷が削れる小気味良い音が鼓膜を喜ばせる。


「レイナはほんとぅーにかぁきごぅりがすぅきでえーつねー」


 ママンも楽しそうにワシを見守っている。


 さーて、シロップはどれにするかな〜〜。


 ワシが全員分のカキ氷をゴリゴリし終え、シロップを吟味していると、おもむろに葵が口を開いた。


「確かカキ氷のシロップって色が違うだけで、全部同じ味なんだよね」


「えぇ!?」


 そんな馬鹿な……。


「脳の錯覚が原因とも言われているよ。人は目の前の食べ物の色や香りで味の思い込みをするらしいからね。だから一応、シロップの種類ごとに香料は違うんだったかな? それにしても葵君は物知りだね」


 感心した様子のパピィが葵の情報を補足した。


「つまり、目をつむって鼻も押さえれば全部同じ味ってこと?」


 香りと色の違いだけで、味覚が錯覚を起こしているのか?


「あまぁーいどぅえすねー! うちのSyrupはおてせーいなのでぇ、ぜーんぶあじがちがぁいまーつ!」


 流石はうちのママン、カキ氷のシロップさえもお手製とはあっぱれじゃ。つまり、水咲家のシロップは全て味が違うオリジナルブレンドということか。


「あっ、本当だ。このシロップ凄い美味しい」


 小さなお口にレモン色のカキ氷を頬張った葵が言った。


「えっへんでぇーす!」


 葵のリアクションが余程嬉しかったのか、ママンはエプロンがはちきれんばかりに胸を張っている。その張り詰め具合たるや、ハイテンションラバーにも引けを取らない。


 娘も負けてはいられない!


 ワシもナイスリアクションをする為に、怒涛の勢いでいちご味のカキ氷をかきこむ。


 そうそうこれこれ、甘酸っぱい酸味が口の中に広がり、心地良い冷たさが時間とともに急激な寒気へと変わり頭痛を生むんだよな〜。


 くぅー、ベタな展開じゃが、頭を抑えざるを得ない。


 夏の風物詩じゃのう〜。


 そうして頭痛とともに夏を感じていると、パピーが表情を改めこちらを向いた。


「コースの打ち分けと緩急の付け方もかなりモノになってきたことだし、そろそろ実戦的な段階に移ろうと思う」


「実戦的? 試合ってこと?」


「夏休みに入ってからの話にはなるけれど、山王の山田監督が日本の若手を集めて合宿をするらしいんだ。俺は予定が合わなくていけないけれど、二人はどうする?」


「行きたい!」


「僕も行きたいです!」


 ワシの返事に続いて葵も勢いよく返事をした。


「そうだよな。そう思って、すでに監督には話をしてある。飛行機までは送るから、社会見学も兼ねて、二人で行っておいで」


『はい!』


 一切の間を空けずにワシと葵の声が重なった。

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