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第五十二話『震えですか? いいえ、武者震いです!』

 プラスチックの球が高速で行き交う聞き慣れた音が鼓膜を揺らす。

 一本ごとに集中力が増し、ラケットが身体の延長線上になっていくのを感じる。


 規則正しく鳴り響く打球音が会話を超えたコミュニケーションを生む。台上での不思議な一体感が全身を包み込み、それは、葵とワシの境界線すら曖昧にするような、代替の効かない高揚感を与えてくる。


 もう何球目かも分からないラリーを遮ったのは、強くも優しい父の声だった。


「レイナ、ちょっと練習を中断して、葵君と一緒にリビングまで来てくれるか?」


 ガレージと家の中を繋ぐ扉を開けて、少し大きめの声でパピーが呼びかけてきた。


「え、どうしたの?」


 ラリーを止め、パパンに向かって問いかける。


「あぁ、レイナがこの前言っていた、例の少女の試合動画が手に入ったんだよ」


「え!?」


 それが本当ならば、是が非でも見たい。


「確実に言えることは、彼女のプレーは、卓球を始めて一年のレベルでは無いね。正直に言って、才能だけで見るのであれば、現在の日本女子卓球界のエース、碇奏選手にも劣らないものを感じる」


 真剣な表情で動画の感想を述べる日本チャンピオン。その言葉は重く、ワシに見えない圧を与える。まさかあの少女がワシの孫にも匹敵する程の才能を秘めているとは。分かってはいたが、やはり只者ではないようだ。


 ワシが言葉に詰まっていると、葵が何かを察したのか、僅かに生まれた間を埋めるようにして口を開く。


「まずは僕達もその試合動画を見よう。話はそれからですよね?」


「あぁ、葵君の言う通りだね。さぁ、行こう」


 父と葵の言葉に促され、ワシは重い足取りで練習部屋を後にした。



 * * *


 圧巻、突出、卓越、独走、傑出、それら全ての単語が陳腐に思える程の圧倒的な試合だった。


 リビングに置かれた大きなテレビに映し出された試合はもはや、ワンサイドゲームという言葉では足りない程に一方的な試合内容だった。


 少女の名は日陰鳴(ひかげめい)


 無造作に伸びたオレンジ色の髪に、燃えるような双眸のその少女のプレーからは、暴力的なまでの才能が溢れ出していた。


 以前のワシとの試合では、シェークハンドのラケットを途中からペンホルダーとして持ち替え戦っていたが、どうやら彼女の真のプレースタイルは中国式ペンホルダー、通称、中ペンと呼ばれるもののようだ。


 ワシの扱う日本式ペンとの一番の違いは、両面にラバーが貼られているという点だ。


 しかし、この少女は、中ペン最大の武器の一つである裏面打ち(バックハンド)をほとんど使う事なく、全ての試合を勝利していた。


 まるで、裏側のラバーは飾りと言わんばかりの圧倒的なフットワークにより、ほとんどの打球をフォアハンドで打ち抜いていた。


 卓球をはじめて日の浅い彼女は予選から試合を行っており、次々にシード選手を破り、強豪集まる東京都にて、瞬く間に王座を奪い取っていた。


 彼女の相手になった選手の中には、全国常連の選手達もおり、決して相手のレベルが低かったわけではない。


 それでもなお、全ての試合がワンサイドゲームだった。決勝戦でさえ、彼女のトータルの失点はたったの三点だった。


 彼女の通った後は、草木一つ生えない不毛の大地と化す。


 画面越しでも伝わってくる、予想を超えた驚異的な成長速度。


 ワシとの試合の際にはまだ、素人らしいおぼつかないプレーも僅かに見えたが、この試合映像からはもう、そんな隙は微塵も無かった。


 彼女のプレーからは何か、他者を威嚇する圧力のようなものを感じる。それが何なのかは分からないが、いずれにせよワシは、この少女と再び正面から対峙せねばならない。


「もっと強くならなきゃいけない」


 自然とその言葉が口からこぼれ出ていた。


「そうだな、本番まではまだ時間もある。最善を尽くして勝ちに行くぞ!」


「僕ももちろん最大限協力するよ」


 二人のチャンピオン達の言葉がワシの心に火をつける。


「よし、二人とも明日からは特別メニューを組むぞ!」


「はい!!」


 ワシと葵の返事が重なる。


 そうだ、悩んでいる暇などない。


 恐怖を払うは、絶対的な練習量のみ。勝利の裏付けはいつだって努力によってのみ行われる。


 昨日よりも今日、今日よりも明日の自分が強くなる為の努力、それを積み重ねてきた者だけが目にすることの出来る頂点(けしき)。ワシの願いはただ一つ。その天辺に立つことのみだ。

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