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第五十話『唐揚げですか? いいえ、ザンギです!』

 北海道の桜は四月の下旬から五月にかけて咲き誇る。長い長い冬の名残りも消え、ようやくコートを手放せる季節がやってきた。


 麗かな春の陽気に誘われて、本日は五年三組の友人達とともに近所の公園でお花見と洒落込んでいる。

 ビニールシートを広げそこに座るのは、ワシと葵とラブラブカップルが一組。


「なんと! 今日は私が手作りのお弁当を持ってきてまーす!」


 五年三組のファッションリーダーであり、ここ最近、子ども向けのファッション雑誌でモデルデビューを果たした茜ちゃんが持ち前の明るさを全開にしてそう言った。


「茜の料理は世界一だからね」


 小学生とは思えないませた発言をしたのは、最近前髪を伸ばしはじめた、三組のムードメーカーこと高橋健太君である。


 実はこのカップル、何を隠そう、ワシらとは幼稚園からの付き合いであり、例の発表会で結びついた桃太郎カップルの二人なのである。


「もう、健太ったら〜」


 茜ちゃんが幸せそうな笑顔を浮かべ、お手製の卵焼きを健太君の口に運ぶ。


 互いの瞳を見つめ合い、二人だけの世界を作る桃太郎と赤鬼。

 その甘さたるや、うちの両親のいちゃいちゃにも引けを取らない程の濃密なラブラブ度合いじゃ。


「確かに桜も綺麗だけれど、茜の前では少し分が悪いかもね。まぁ、君と比べてしまうと七分咲きってところかな?」


 どこで覚えてきたのじゃろうか、ドラマでしか聞かないような台詞を健太君は真顔で放つ。


「もう、健太のばか〜」


 なんだろうこの既視感。やはり、我が家の日常風景に近いものを感じる。バカップルへの耐性には相当自信があるものの、桜の色よりも濃い桃色ムードに、はやくも当てられてしまいそうじゃ。


 いやそれにしても、健太君は歳の割に難しい言葉を知っておるのぅ。そこについては素直に感心してしまう。


 ワシが内心、健太君の語彙量に驚いていると、茜ちゃんが勢い良くこちらを振り向いた。


「たくさんあるから、二人とも遠慮しないで食べてね!」


 流石は茜ちゃん。どうやらワシら二人のお弁当まで作ってきてくれたようじゃ。


「いただきます」


 小さく手を合わせた葵が細く繊細な指で箸を掴み、お弁当へと手を伸ばす。


「あっ、本当だ、この卵焼き美味しいね」


 小さな口に卵焼きを運び、少し驚いた様子で葵が言う。ワシも葵に続けとばかりに左手に箸を握る。


 まず最初に頂くのはサクサクの衣が食欲をそそるあいつじゃ。


「おぉ、この唐揚げ凄く美味しい!」


 柔らかい鶏肉を少し大きめの衣がしっかりと包み込んでおり、とてもジューシーじゃ。そしてこの香ばしさはおそらく、お肉自体をニンニク醤油に漬け込んでおったのじゃろう。


 そうしてワシがお肉の旨味を味わっていた次の瞬間、怖しい程の静けさがワシらの周囲を包み込んだ。まるでそれは、誰もいない森へと一人迷い込んでしまったかのような、濃密な恐怖を感じさせる程の不気味な静けさだった。


 その静寂をゆっくりと破ったのは茜ちゃんが放つ感情を押し殺した一言だった。


「唐揚げじゃなくて、ザ・ン・ギ」


 満面の笑みはどこへ消えたのか、突如真顔になった茜ちゃんがワシへと迫る。


「え?」


 急な詰め寄りに、動揺を隠せないワシ。


「うん、これはどう見てもザンギだよね」


 普段は天使のような葵すらも、心なしかいつもよりも声音が冷たい。


「そうだね、これは紛う事なきザンギだ」


 健太君も表情筋一つ動かさずにそう言った。


 再び、沈黙の間が訪れる。


「えっと、ごめん……」


 沈黙に耐えかねたワシはすぐさま謝っていた。


 くぅ、迂闊じゃった……。北海道民の唐揚げ(ザンギ)への思い入れの強さをすっかり失念しておった。ワシは未だにその違いすら理解していないのじゃが、彼ら彼女らからすれば、唐揚げとザンギは明確に何かが違うらしい。道民からすればこれは、おやきや大判焼きの呼び名よりもデリケートな問題なのである。前世では関東暮らしが長かった故か、時折この異常な執着すら感じる(ローカルルール)を忘れてしまうのだ。


 郷に入れば郷に従え。その言葉が脳内をぐるぐると回っていた。


「ザ・ン・ギ、美味しい?」


 真顔の茜ちゃんがワシを思考の世界から現実へと引き戻す。


「あっ、う、うん、ザ、ザンギ、な、なまら美味いべ」


 道民への全力の歩み寄りである。


「ふふ、もぉー、レイナったら、今時、おじいちゃんでも、なまらなんて使わないよ〜」


 ようやく笑顔を取り戻した茜ちゃんが茶化すようにそう言った。


 ザンギは良くて、なまらは古いのか?


 道民心はいと難し。


 ワシが北の大地の掟に振り回されていると、唐揚げ、いや、ザンギを頬張り終えた葵が少し遠くを見つめながら口を開いた。


「ザンギも美味しいし、桜も綺麗で、最高の花見だね」


 葵の言葉に促されるようにして、全員が桜の木々へと視線を向ける。


 普段は日常に溶け込む平凡な風景のこの公園も、満開の桜が咲き誇り、見事なまでの春色を演出していた。


 こうした自然が生み出す天然の芸術は、人の創作意欲を否が応でも掻き立てる。ならばもう、詠むしかなかろう。


 桜咲く、ザンギと唐揚げ、なまらむずい。


 レイナ心の一句。

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