第五話『ガレージですか? いいえ、卓球場です!』
ラケット選びも無事終えて、ワシは現在、水咲家のガレージにいた。
両親からは目を瞑るように指示されているので、ワシの視界は真っ暗じゃ。
「さぁ、レイナ、目を開けてごらん」
パパ上の声を合図に、ワシはゆっくりと目蓋を開ける。
視界に広がるのは、本来ならば車を四台程駐められるであろうガレージ。その空間の中央には贅沢に一台の卓球台だけが置かれていた。
「パパ……」
ワシは嬉し過ぎるサプライズに思わず言葉をなくしていた。これならば、年中無休、天候問わずに自宅で卓球に打ち込む事が出来る。
青色の台の上には先程買った新品のラケットとボールが置かれていた。
台を挟んだ対面には、日本チャンピオンが立っている。
「誕生日おめでとうレイナ。ようこそ卓球の世界へ」
父の言葉が脳へと届いた瞬間、ワシの口は勝手に小さく動いていた。
「ただいま……」
あぁ、再びワシは、この競技の門を開けるのか。
「え? 何か言ったか?」
不思議そうに小首を傾げる父上。
「ありがとう、パパ!!」
生まれて一番の喜びがそこにはあった。まだワシ、三歳なんじゃけど。
「さぁ、レイナ、ラケットを握って」
父上殿の言葉に従い、ワシは小さなおててにラケットを握る。相棒を握るその手はもちろん左手である。
そしていざ、卓球台の前に立つ。
ふむふむ、あれ? 卓球台ってこんなに巨大じゃったっけ? ギリギリおててが届くかどうかなんじゃけど!?
それにこれでは、速攻を仕掛ける為の前傾姿勢が取れない。前傾姿勢を取ると、台そのものに届かなくなってしまう。
「よーし、まずはゆっくり打ってみるか。当たるかな?」
そんなワシの動揺とは対照的に、リラックスしたパピィがワシのフォアハンドへとゆっくりボールを打つ。
ゆっくりと弾んでくるボールに、ワシのラケットが触れる。
タイミングは完璧じゃ、しかし、ワシの最初の返球は無慚にもネットに阻まれ、失敗に終わった。
なるほど、幼女のこの背丈では、前世の感覚で打つとただのラリーですらままならないということか。
「パパ、もう一回」
次はラケットの角度を変えてみる。調整された打球はネットを越えたが、そのままバウンドすることはなく、オーバーミスとなった。
しかしコツはつかめてきたぞい。
その後も何度もトライアンドエラーを繰り返し、ようやくワシのボールが相手陣地でバウンドした。
「すーごいでぇすぅね! レイナはFormがキレイでぇーすよ」
ワシの後ろでプレイを見ていたママンが叫ぶ。ワシからすれば、ワシのフォームよりも、ママンのフォームの発音の方がよほど綺麗に思えるのじゃが……。
「あぁ、本当にどこで覚えたんだい?」
パパンが不思議そうにこちらを見つめる。
「たくさんテレビ見たからー」
ワシは少し苦しい言い訳をする。
「なるほど、流石は俺達の娘だな!! 見ただけでフォームを習得するとは」
そう言って、豪快に笑う親父殿。助かった。ワシの両親が二人揃って天才的な親バカで……。
そこから先は、身体の緊張もほぐれ、徐々にラリーが続くようになり、思わず楽しくなってしまったワシは、全力のパワードライブを豪快に放ってしまった……。まだ、動きとイメージに大きな差があるとはいえ、流石に今のはやり過ぎたかも知れん。
目の前のパピィも驚きのあまり、そのドライブにノータッチで抜き去られていた。
「レ、レイナ……」
一瞬の沈黙が、ガレージ内に広がってゆく。ワシの背中には冷や汗が流れる。流石に今のは、三歳児としては常軌を逸したプレイだったかも知れん……。
恐る恐るワシは、視線をパパンの方に向ける。
「凄いぞリディア! 三歳でパワードライブが打てる選手なんて、世界中どこを探したって俺達の娘だけだ!!」
ワシの心配はどうやら、まるっきりの杞憂で終わったらしい。
喜びのあまり、愛し合う二人の夫婦は娘の前で熱い抱擁をかわす。
「さーすがぁは、あなぁーたぬこでぇす」
「何を言っているんだリィディア、この子の才能は俺達二人の愛の結晶さ。でも、見た目は君に似て良かった。この子の容姿は、神様が創り出した美の最高傑作と言っていい」
「じゃあ、わたーしは、にばんめでぇーすくぁ?」
「違うよ、リィディア、君は女神そのものさ」
「もう、あにゃーたったるぁ♡」
目の前で繰り広げられる光景を見ていると、ワシだけが気を使っているのは馬鹿らしくなり、ワシはもう、余計な力加減などは捨て、卓球だけに打ち込むことにした……。