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第四十八話『スポブラですか? いいえ、大人ブラジャーです!』

 金城彩との激戦から一ヶ月が過ぎ去り、小学五年生の春を迎えたワシは、ママンと一緒に下着屋さんに来ていた。


「レイナももぅぉーこどぉもよぉうBrassiereではたぁりまぁせーーんかぁら、おとなぁよぉうのBrassiereにしなぁいとぉ、だぁめでぇーすぅねぇ!」


 ブラジャーの発音だけがやたらとネイティブなマミー。そんなマミーに手を引かれながら、ワシは大人の下着屋さんへと来ていた。


 昨今、ワシの身体の成長はとどまることを知らず、ジュニア用の下着では心許ないことになっておるのじゃ。練習中も胸の締め付けが苦しくなってきており、ラバーやラケットと同様に成長に合わせた物を選ばなくてはいけないらしい。女性とは実に大変な生き物なのだと痛感した。


 この身体に生まれ変わって十年と少し、ワシは現在、性別の壁にぶち当たっているのじゃ。


 マザーの優秀なおっぱい遺伝子を受け継いだワシは、他のクラスメイトよりも一足先に、この大人空間(アダルトスペース)へと放り込まれていた。


 赤に紫、緑に黄色。色とりどりの下着達が、強烈な威圧感を放っている。


 今の下着は、こんなにも色鮮やかなのか……。


 強烈な色彩に気圧されながらも、ママンに手を引かれ、恐る恐る前へと進む。


 色に囲まれた店内にいるのが、場違いに思えてしまい、どうにも居心地が悪い。


 しかし、ママンの足取りに迷いはなく、確固たる意志を持って店内を突き進む。


 プラチナブランドの髪をした長身痩躯のマミーは店内の視線を残さず集めており、店員すらもその美貌についつい見惚れておった。その中の一人が自身の仕事を思い出したのだろう、駆け足気味でこちらへと近づいてくる。


「いらっしゃいませ、本日はお子様の下着をお探しですか?」


 ジャケット姿の細身の女性店員が、もじもじしていたワシの方に視線をやりつつ柔らかな声音で言った。


「そぅおーでぇーす、むぅすめのBrassiereをかぁいにきむぁすたー!」


「あ、えっと、はい、ありがとうございます。お子様のサイズの方はお分かりですか?」


 マミーのダイナミックな日本語に、一瞬動揺しつつも、すぐさま接客スマイルを浮かべる店員さん。


「えーーとぉ、おすらく、せーちょーうしてまぁすのでぇ、はかぁってもろってもいいどぇすか?」


「わかりました。では、こちらのフィッティングルームへ」


 店員さんの案内に従い、試着室へと向かう。


 カラカラ、という小気味良い音とともに試着室のカーテンレールが開かれる。


 店員さんに導かれ、女の領域へと足を踏み入れる。


 流石は一流の女性用下着メーカーの試着室。ワシが普段行くような服屋の試着室よりも広い空間が設けられており、お店柄なのか、カーテンが二重になっており、細やかな所にまでお客さんへの配慮が感じられる造りじゃ。


 少し屈んだ店員さんが、慣れた手つきでメジャーを取り出し、服の上からワシのバストを測っていく。


 しゅるしゅると音を立てて伸びたメジャーが体にぴたっとひっつく感覚が、Tシャツ越しとは言え、どうにもくすぐったく感じる。


「アンダー60の、トップが75ですね」


「あ、えっと、はい……」


 妙な気恥ずかしさがあり、受け答えがしどろもどろになってしまった。そんなぎこちなさが解ける暇もなく、サイズを測り終えた店員さんが、スマートな対応で再び売り場へと案内してくれる。


「かなり細身で、お胸の方はしっかりされているので、少し種類は限られてしまうのですが、こちらのD60と表記されているものから選んで頂くか、そちらのアンダーが65表記のものからでも、ホックの調整で問題なく着用は出来ますので、この中から好みの物を選んで頂ければと思います」


 慣れた口調ですらすらと説明をする店員さん。


「レイナはー、どぅおれがすぅきぃでぇーつかぁー?」


 ママンが優しい笑顔を浮かべながら問いかけてくる。


「うーん」


 正直な話、どれが良いのかと聞かれてもピンとこないのじゃ。ラケットやラバーなどの用具選びならば、ある程度の指標を持って選ぶ事が出来るのじゃが……。


「お客様は肌も白いですし、こういうのもお似合いかと思いますよ」


 ワシが決めかねていたのを察したのか、店員さんが白を基調にしつつもピンクの花柄のあしらわれた可愛らしい品を選んでくれた。


「す、少し派手な気が……。あの、唐草模様とかは無いんですか?」


「か、唐草模様ですか!?」


「はい、唐草模様です」


 出来れば渋めで地味な馴染み深いものが良いのじゃが。


「いやー、ちょっとそういった柄の物は取り揃えていないですね……」


「そうですか……」


 困ったのぅ。


「お好きな色とかはございますか?」


「えっと、鼠色ですかね」


「で、でしたら、こちらのグレーのものなんて如何でしょうか?」


「ほぅ……」


 レースの部分が少し気恥ずかしくも感じるが、色味は実にワシ好みである。


「えっと、それに、こちらでしたら、ノンワイヤーですので圧迫感は和らぎ機能的ですよ?」


 ワシの熟考に耐えかねたのか、店員さんがセールスポイントを語ってくれる。


「わかりました、これにします!」


 ワシら世代は機能的という言葉に弱いのじゃ。


「では、実際にご試着してみますか?」


「あっ、えっと、はい」


 ワシは流されるままに返事をした。


 店員さんの丁寧な案内とともに、再び試着室へと戻る。


 ワシが不慣れなことは分かっているのじゃろう、店員さんが素早い手つきでワシのお胸を整え、神速の動きで後ろの金具を留めた。これぞ正しく神業。一切の無駄を排したその動きには、積み重ねてきたであろう鍛錬を感じる。しかし、そんなことよりも、この解放感はなんだ……。


「どうですか?」


「最高です」


 それは、初めて空へと羽ばたいた鳥のようであり、自身に羽があったことを自覚させるような解放感で満ち溢れていた。


 まさか、こんなにも違うものじゃったとは。新たなラケットを握った時の感覚にも勝るとも劣らない感動が、ワシの胸を襲っていた。正直に言って、Brassiereの可能性を舐めていた。


「そ、そうですか。それは良かったです」


 何故だろう、引いた様子の店員さんが、急いでこしらえたであろう営業スマイルを浮かべていた。


 いやー、それにしても、つい先日、道具の重要性については理解したつもりになっていたが、まさかこんな所で再認識するとは。


 人生まだまだ、知らないことばかりじゃな。日々精進ということか。


 ママンがお会計を済ませ、品のある袋に入った Brassiereがワシの手に渡る。


 それは、新たなステージへのチケット。自由への高揚感。ワシを止める障壁は消え去った。


 さぁ、新たな武器を胸に、心機一転、ワシの覇道は今、ここからはじまる。

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