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第三十七話『本音ですか? いいえ、建前です!』

「碇選手、全日本史上最年少優勝記録更新ということですが、今のお気持ちは?」


 鳴り止まないシャッター音の中、男性記者が私へ問いかける。


「えっと、気がつけば優勝していました……」


 実感が追いついて来ていない今、これが私の嘘偽りの無い本音だった。


「この優勝を最初に伝えたい人はいますか?」


 記者が続けざまに問いかけてくる。


 その問いに関しては明確な答えがすぐに浮かんだ。


「私に卓球を教えてくれた、天国のお爺ちゃんにです!!」


 それだけははっきりと分かっていたことだ。


 私のその言葉に会場全体が拍手した。


 それからいくつかの質問に応じていると、その矛先は私から愛川さんへとスライドした。


「愛川選手、惜しくも四連覇ならずでしたが、今のお気持ちは?」


「良い試合が出来ました。特に最終セット後半の碇選手の球威には目を見張るものがありました」


「確かに、碇選手の後半のプレーには凄まじい勢いを感じましたね」


 愛川さんのコメントに男性記者も頷きながらそう言った。


「はい、これからの女子卓球界を牽引するような力を感じました。来年は私がチャレンジャーですね」


 愛川さんがいつもの微笑を浮かべながら、柔らかい口調で対応している。


 他の人の口から述べられる事実に、ようやく日本一になった実感がじわじわと湧いて来た。


 お爺ちゃん、私、やったよ。



 * * *


 ふっざけんじゃねー! このあたしが、こんな小娘に負けただと?


 気がつけば試合が終わっていた。


 無神経で不愉快なシャッター音がパシャリパシャリとあたしの神経を逆撫でする。


 完璧なゲームメイクだったはず。相手の体力を削り、動きも鈍らせた。閃光なんて大層な異名も怖くは無かった。それなのに負けた。


 ざけんな。


 ざっけんな。


 ラスト数本、このあたしが確かな恐怖を感じていた。十五やそこらの小娘に。


 削り切ったはずだった。


 私の完璧な試合運びを崩したものはなんだ?


 そんな苛立ちと靄に包まれた焦燥感を煽るかのように馬鹿な記者がこのあたしに無神経な問いかけをする。


「愛川選手、惜しくも四連覇ならずでしたが、今のお気持ちは?」


 あたしが今、この男の顔面にフルスイングをかました所で文句を言われる筋合いがない程に、何もかもを弁えていない問いかけだが……。


「良い試合が出来ました。特に最終セット後半の碇選手の球威には目を見張るものがありました」


 あたしの鬼のような社会性が色んなものを飲み込み、虚飾に塗れた言葉を紡ぐ。


「確かに、碇選手の後半のプレーには凄まじい勢いを感じましたね」


 あたしの言葉を間に受けた記者が頷きながらそう言った。


 ちっ、これだから男の記者は嫌いだ。


 馬鹿みてーな(ツラ)で、問われる側の気持ちもお構い無しに。


「はい、これからの女子卓球界を牽引するような力を感じました。来年は私がチャレンジャーですね」


 覚えてろよ、碇奏。


 次は絶対にあたしが勝つ。



 * * *


「碇選手、全日本史上最年少優勝記録更新ということですが、今のお気持ちは?」


 鳴り止まないシャッター音の中、男性記者が奏へと問いかける。


「えっと、気がつけば優勝していました……」


 奏は少しぼーっとしているかのような、力の抜けた声でインタビューへと答えていた。


「この優勝を最初に伝えたい人はいますか?」


 記者が続けざまに奏へと問う。


「私に卓球を教えてくれた、天国のお爺ちゃんにです!!」


 先程のはっきりとしなかった返答とは対照的に、ワシの愛しの孫は、ハッキリと力強くそう宣言した。


 視界が滲む。


 それが涙と気づく頃にはもう、大量の雫が頬を伝い、流れ出していた。

 

「レイナ、あのね、私……」


 隣に座るルナが何かを伝えようと話し始めたが、ワシはそれを制し、口を開く。


「ルナ、いつか私達もこの舞台で戦おう」


 ワシの真剣な眼差しを受けて一瞬、ルナが僅かに震えて硬直した。


 しかし、何かを振り払うかのように勢い良く立ち上がったルナは、真っ直ぐな瞳で言う。


「約束よ」と。



 この時のワシは知るよしも無かった。ルナが内に秘めた過酷な思いを。

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