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第三十四話『一人ぼっちですか? いいえ、もう違います!』

 目の前に広がるのは、現実感の伴わない白亜の豪邸。聖夜を祝うようにして、大小様々な光で輝くイルミネーションの数々。


 一目で分かる、今日が特別な日であることを。


 豪奢な門を抜け、一個人の敷地とは思えない程の広大な道を黒塗りの高級車に揺られてたどり着いたそこは、ヨーロッパのお城のような邸宅で、ここが日本だということを忘れさせる程だ。


 車を降り、大理石のアプローチを歩き、いよいよその豪邸へと足を踏み入れる。


 玄関と呼ぶには広すぎるその空間は、エントランスという表現がしっくりくる。

 隣を歩くママンも緊張の面持ちを隠し切れていない。一緒に来た葵は、天井にあるシャンデリアに目を奪われており、そのクリクリなおめめを輝かせていた。この非日常感に圧倒されているのか、息子の手を引く秋穂さんの横顔にも緊張の色が見て取れる。


 お屋敷のメイドさんらしき女性の案内で複雑な廊下を進み、そろそろ自分がどこにいるのかさえ分からなくなってきた所で、案内役の女性の足が止まった。


 大きな両開きの扉が開かれ、その先に広がっているのは、まるでダンスパーティーでも行われるかのような広大なホール。部屋の中央には、最後の晩餐に描かれているような細長いテーブルが一脚だけ置かれていた。広大な空間の中央に設置されたそのダイニングテーブルにはすでに、今夜の主役が待ち構えていた。


「よく来たわね、待っていたわ!!」


 この空間を支配する四歳児の声が響き渡る。その姿は絢爛豪華な屋敷と相まって、まるで魔王のようにも思えるが、魔王と呼ぶにはその幼女の容姿はあまりにも可憐であった。


「お招き頂き光栄です。ルナお嬢様」


 ワシが少しおどけた調子でそう言うと、真っ赤なドレスに身を包んだ本日の主役が、その真っ白なお顔をドレスと同様の真紅の色に染めた。


「ふ、ふん。まぁ、良い心がけじゃない」


 ルナはそう言うと、誰にでも丸分かりな照れ笑いを必死に隠そうとしながら腕組みをした。


「本日はルナお嬢様のお誕生日会にお越しいただき、誠にありがとうございます」


 素直じゃない主人に変わり、隣に立つ土井執事がゲスト一同へと挨拶をした。


 そう、本日は十二月二十四日。キリストの生誕を祝う聖なる夜でもあり、塔月ルナの誕生日でもあるのだ。


 ワシの誕生日会に土井さんが披露したマジック。その最後の種が今この瞬間、花開いたのである。


 つまり、あの時ポケットに入っていた物の正体が、塔月ルナ生誕祭への招待状だったというわけじゃ。


 長テーブルの上には席ごとにネームプレートが置かれており、どうやら座る席まで指定されているようだ。それに従いワシはルナの隣の席へと座る。子供用に調節されたテーブルと椅子は座り心地が良く、細やかな配慮を感じさせる。


「まずは食事ね」


 ルナがそう言って手を叩くと、音も無く現れた複数人の執事達が、銀のお盆に乗った料理を各々の席へと運ぶ。


 見た事の無い豪華な食器の上には、見た事の無い色とりどりの野菜がのっており、皿のふちにはよくわからないドレッシングが垂らされている。

 簡潔にまとめるとすればそれは、よくわからないオシャレサラダである。


「うわー、しゅごい」


 大人達が緊張する中、ストレートな感想を漏らす葵。試合では頼もしい葵も、普段は子どもらしい一面を見せる。


 その後もコース形式で料理が運ばれ、徐々に緊張がほぐれはじめ、会話をする余裕が生まれてきた。


「ルナは毎日こういうご飯を食べているの?」


 絢爛豪華な食事を前にして、素朴な疑問が口をついて出た。


「えぇ、まぁ、そうね。でも、いつもはもっと人が少ないから、今日はその、、、えっと、た、楽しいわ」


 綺麗な所作でステーキを切り分けながら、聴き取れるギリギリの小さな声でルナが囁くようにそう言った。


 そんな彼女の言葉にじんわりと心が温かくなるのを感じた。


「いやー、すぉれにしても、ほんとぉーに、おいすぃーりょーりぃでぇすねー」


「本当だね。パパにも食べさせてあげたいね」


 一月には全日本を控えているため、パパンはここしばらく、練習漬けの日々を送っているのだ。


「お父様か……」


 ワシの言葉に反応したルナが不意にそう言った。それは先程の呟きとは対照的で、その声音の中には、深い悲しみの色が感じられる。


 そう言えば、今日はルナの誕生日だというのに、この部屋に彼女の両親の姿は無い。


 何か特別な事情があるのかも知れない……。


 その後も重い空気は続き、デザートのジェラートを食べても、ルナの顔に笑顔が戻ってくることは無かった。


 子どもながらにそんな空気を察したのか、葵が元気良く口を開いた。


「ルナちゃん、お誕生日おめでとー!!」


 そう言って葵が本日の主役へと誕生日プレゼントを手渡す。


 赤と緑のクリスマスカラーのラッピングに包まれた小さな箱をルナが優しい手付きで開ける。


 すると中から出てきたのは、クリスタルで出来た小さなキーホルダー。


「綺麗……。これ、クリオネよね?」


 透き通った小さなキーホルダーを見つめながら、ルナが問いかける。


「うん、クリオネさんだよ! りゅーひょーのようせいさんなんだって。ルナちゃんと似てるから!!」


「そっか、ありがとう」


 短く何かを噛み締めるように呟き、笑顔を浮かべたルナ。その笑顔の中に込められた感情を推し量る事は出来ないが、先程の物悲しい横顔よりは余程良い。


 もう一押し。せっかくの誕生日なのだから、この小さな少女の頬に笑顔を浮かべたいと、そう思った事は自然なことなのじゃろう。


「ルナ、誕生日おめでとう。私からはこれを」


「ありがとう。開けても良い?」


 珍しく、素直な様子で問いかけてくるルナ。


「もちろん」


 ワシのその言葉を受け、包装紙をゆっくりと、大切そうにめくるルナ。


 その様子を少し遠くから見つめる土井執事の目には、うっすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。


 丁寧に剥がされた包装紙を机の端に置き、姿を表したそれを瞬き一つせずにじっくりと見つめるルナ。


 メインカラーはシルバー。ブランドロゴは青。ラケットの形を模したそれは……。


「素敵なラケットケースね。ありがとう」


 長いまつ毛をぱちくりさせながら、真っ直ぐにこちらを見つめ、ルナが言った。


「うん、ルナの髪色がベースで、ワンポイントに瞳の色も入っていたから。それにね、私と色違いなんだよ!」


 その言葉の何がそうさせたのか分からないが、土井執事の涙腺が不意に決壊した。


「ちょ、ちょっと、なんでじぃやが泣くのよ!?」


 いきなりの号泣に、驚いた様子のルナが言う。


「す、すびばせん……。老体には少し眩し過ぎましてね。お嬢様、本当に素敵なご友人をもぢまじだね……」


「まったく、じぃやは泣き虫なんだから」


 その言葉に全員が笑みを浮かべ、今年の聖夜は無事、笑顔とともに幕を閉じた。




 * * *


 レイナ達が帰り、私はいつもの癖で、お父様へ報告に来ていた。


「お父様、今日はね、お友達がお誕生日を祝ってくれたのよ。私、クリオネに似てるんだって。お父様も言ってたよね。普段は綺麗なクリオネさんがご飯を食べる時だけ怖くなるのが、私のスマッシュを打つ姿に似てるって」


 私は一人、お父様のいない、お父様の為のトロフィールームで呟く。


 数え切れない程のトロフィーやメダルの山。その中に一つ、明らかに新しい金メダルが飾られている。それはこの前、私が獲得した一枚。


「お父様、私がこの部屋にもっともっとメダルを増やしてあげるからね。お父様は、一人じゃないからね。だから全然寂しくないからね……」


 私の言葉に返事は無く、空気の中に溶けて消える。それでも私は、喋り続ける。


 思い出の中のお父様だけは、忘れたくないから。


「私ね、今日も言えなかったの。とても大事な二人なのに……」


 私だけのトロフィールームに、私だけの声が響く。


 いつの間にか、頬に涙が伝う。


「これじゃあ私も、じぃやの事は笑えないわね」


 そう言ってポケットの中のハンカチを探ると、何やら身に覚えの無い何かが……。


 私はそれをおそるおそる取り出す。


 それは、一枚の紙切れだが、私達にとっては、特別な意味を持つものだ。


 その紙切れにはこう印字されている。天皇杯・皇后杯。全日本卓球選手権大会と。


 日本最強の卓球プレイヤーを決める大会。いずれは私達が出場するその大会を先に見ておこうと言うことね。


「まったく、やってくれるわね」


 一人きりの部屋に漏れ出たその声にはもう、先程の悲しみは含まれていなかった。

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