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第三十三話『気の所為ですか? いいえ、雪の精です!』

 はらはらと降る初雪が、緩やかな風に遊ばれながらふわりと舞う。幻想的なその光景はまるで、雪の精霊達が今日という記念日を祝ってくれているようだ。

 そんな乙女チックな思考で窓の外をのんびりと眺めていると、ファンタジーとはあまりに対照的な黒塗りの高級車がワシの家の前にとまった。


 住宅街に突如として現れたその外車から、見覚えのある白髪の紳士が一人降りてきた。彼はそのまま、年齢を感じさせない凛とした立ち姿で歩き、後部座席のドアを品のある所作でゆっくりと開けた。


 黒一色の車から出てきたのは、真っ白なロングドレスに身を包んだ雪の精。風にたなびく銀色の髪は、初雪の煌めきすら脇役へと変えてしまう程の輝きを放っている。

 冬を彩る雪すらも、彼女を輝かせる為の舞台装置の一つに過ぎない。そう思わせる程の美しさと非現実感がそこにはあった。


 幻想的なその姿に思わず息を呑む。


 そして数秒後、ワシの意識を現実へと戻したのは、聞き慣れたインターホンの音だった。


 真っ直ぐな廊下を急いで駆け抜ける。


「はーい!」


 ワシは目一杯に背伸びをして、玄関の鍵をあけながら大きな声でそう言った。


 ドアを開けるとそこには、真っ白なパーティードレスに身を包んだ雪の妖精さんが腕を組み仁王立ちで待っていた。


「来てやったわ、感謝しなしゃい!」


 威風堂々たる立ち姿で甘噛みをするその幼女こそが、ワシの永遠のライバル、塔月ルナであった。


「うん、いらっしゃい! 今日は来てくれてありがとね!!」


 宿敵(ライバル)の誕生日を祝いに来てくれるとは、案外この子は義理堅い性格なのかも知れない。

 先日の大会終わりに連絡先を忍びこまされていたので、それなら試しにと電話をかけてみると、『な、なによ、誕生日? し、仕方ないわね。この私が直接、祝ってあげなくもないわ!』との返答があり、今に至る。


「お嬢様、何を珍しくモジモジしておられるのですか。ほら、まずは最初に伝えるお言葉がありますでしょう?」


 執事の土井さんが小さな声で主へと耳打ちしている。


「わ、分かっているわよ……」


 頬を赤らめ、地面を見つめているルナ。珍しく落ち着きのない様子であちらこちらに視線を泳がせながら暫しの沈黙が流れた。


「ふん、まぁ、その、なに? た、誕生日おめでとう」


 真っ白な顔を真紅に染めた妖精さんが、ワシに向かって、もごもごと祝いの言葉を口にした。


「ありがと!!」


 そう、本日、十一月一日はワシの二度目の人生の誕生日であり、四歳を迎える記念すべき日なのじゃ。まぁ、前世も合わせれば、もう一世紀近く生きているのじゃがな。


「本日はお招きいただきありがとうございます。ルナお嬢様はこれでも、本日のお誕生日会をとても楽しみにしていたようで、お召しになるドレスを選ぶのに二時間半も悩んでいた程です」


「ちょっとじぃや! 余計なこと言わないで!!」


 先程よりも更に顔を真っ赤に染めたルナが、隣に立つ土井さんへと叫ぶ。


 そんな賑やかないざこざも束の間に、再び玄関のチャイムが鳴った。


「おじゃまします」


 丁寧な挨拶とともにやって来たのは、葵と葵ママの秋穂さんである。


 玄関に上がり、脱いだ靴の向きを丁寧に揃えている姿が几帳面な葵らしくとても可愛らしい。


 こうして本日のゲストが揃い、全員でリビングへ向かうと、すでにそこには絢爛豪華なご馳走がテーブルを埋めつくしていた。


「いらっさぁいまーせ! みーんなたぁくすぁんたぁべてくぅーださぁいね!!」


 本日も絶好調のママンが、自慢の手料理でゲストをもてなす。


 皆が席についたタイミングでパピーが立ち上がり、何やらすでに感動した様子で口を開く。


「今日は皆さん、娘の誕生日会にお越しいただきありがとうございます。親子揃って卓球ばかりの人間ですが、レイナがこんなにも素敵な友人に恵まれたことを心から感謝しています。卓球を通じて出来たこの縁と娘の誕生日に乾杯!!」


 グラス同士が優しくぶつかる心地良い音が響き、ワシの四歳のお誕生日会が幕を開けた。


 皆が思い思いの品を口に運ぶ中、ボルシチを一口食べたルナが驚いた様子でブルーの瞳をパチクリさせている。


「何、このボルシチ……。どうしてこんなに美味しいの? 一体どんな料理長が作っているのかしら??」


 余程の衝撃だったのか、ルナはそう呟き、手元にあるお皿を不思議そうに見つめている。


「ありがとぅーごぉぜーいまーつ! わたぁすのりょーりがおくちにあったよーで、なぁによるでーつ!!」


「すごい、これを全部一人で作ったの?」


 テーブルに並ぶ他の料理も眺めながら、ルナがママンへと問いかける。


「はーい、そーうでぇーつ! とくにわしょくと、ろしありょーりがとくいでぇーつ!!」


 母国の味を褒められたのが嬉しかったのだろう。ニコニコ笑顔で楽しそうなマミー。


「本当に驚く程に美味しい料理の数々。これが日本卓球会のエースが勝ち続ける秘密なんですかね?」


 執事の土井さんがママンの料理に舌鼓を打ちながら、品のある笑顔で言った。


「リディアの料理は世界一ですからね。妻あっての僕です」


 パピィは照れ笑いを浮かべながらもいつも通りの惚気っぷりである。


「もぉー、あぬぁたったるぁー!」


 満面の笑みでママンがそう言うと、パパンもそれに呼応して破顔した。


 まったく、今日の主役は娘のワシじゃと言うのに。まぁしかし、こんな幸せな家庭に生を受けたこと自体がもはや、最高のプレゼントなのじゃろう。


 最高の料理と、最高の人達に囲まれ、穏やかな時間が流れる。


 山程あった料理の品々も、あっという間になくなってしまい、少し静まったタイミングを見計らってか、マミィが真剣な面持ちで大きな大きなバースデーケーキを運んで来た。


 生クリームがふんだんに使われたそれがテーブルへと置かれる。幸せの塊とも呼べるそれには大きなロウソクが四本刺さっており、その中央には、レイナお誕生日おめでとうと書かれたチョコレートのプレートが鎮座している。


 テーブルを囲む皆がバースデーソングを歌ってくれており、Happy Birthdayの部分がやけに流暢に聞こえるのは、ママンの声が大きいからだろうか?


 歌が終わったタイミングで、勢いよくロウソクを吹き消す。赤く揺らめく灯火が形のない煙へと変わり、鼻の奥を刺激する。なんじゃろう、この少しの焦げ臭さにちょっとした物悲しさを感じるのは歳のせいなのじゃろうか? まぁ、ワシ、四歳児なんじゃが。


 そんな益体もないことを考えていると、視界の端にフォークを握りしめた葵が、今か今かとワクワクを抑えきれずに待っている姿が映った。

 どうやら、ワシが最初の一口を食べるのを待ってくれているようじゃ。


 デザート用の銀のフォークがふわふわの生地に沈む。一口サイズに切ったそれを勢いよく頬張る。


「かー、美味い!!」


 口内には程よく甘い生クリームの味が広がり、イチゴの酸味との相性は完璧で、お互いがそれぞれの良さを高め合い、口の中で究極のダブルスが完成していた。


 そんなワシの様子を見てか、葵もその小さなお口に目一杯のケーキを頬張る。



「しゅごい、ふっわふわ〜」


 頬一杯にケーキを詰めた葵が幸せそうにそう言った。


「ちょっと、葵」


 微笑みながらも息子を嗜め、口まわりについた生クリームを優しく拭う秋穂さん。え、ほっぺを汚したらひょっとして、ワシにもやってくれるのかしら?


 そんな邪な思いとともにケーキを食べながらも、のんびりとした楽しい時間が過ぎる。

 談笑しつつもみんながケーキを食べ終えて、テーブルの上のお皿が全て片付けられた。


 すると不意を突くようなタイミングで、葵が綺麗にラッピングされたプレゼントをワシに手渡す。


「レイナちゃん、お誕生日おめでとー!」


「え、ありがとう! 空けても良い?」


 ワシがそう問いかけると、うんうんと力強く頷く葵。


 緑の包装紙を丁寧にあけると中から出てきたのは鮮やかな青色のリストバンドとスポーツタオルだった。


「へへ、それ僕とお揃いのやつなんだ。レイナちゃんの目と同じ色にしたの」


 そう言って満面の笑みを浮かべる葵。


 屈託のないその笑顔の破壊力たるや、中国選手のパワードライブよりも凄まじい。


 この子は将来、とんでもないモテ男になること間違い無しじゃ。


「ありがとう。大事に使わせて貰うね!」


 思いのこもったプレゼントに少し涙腺が刺激される。


 そんなやりとりを静かに見つめていたルナが何やらソワソワした様子でこちらを伺っている。


「どうしたの、ルナ?」


「えっと、その、ちょっと待ってて!!」


 ルナはそう言って土井執事の手を引っ張り、玄関の方へと走る。


 それから数分後、土井さんとともにラッピングされた巨大な箱を運んで来たルナ。


 土井さんがそれを持ち上げテーブルの上に置く。


「あげるわ!!」


 ほんのり頬を染めながら、腰に手をやり力強くルナが言った。


「あ、ありがとう」


 こ、このサイズ感、一体何が入っているのか……。


 確かな重量感に緊張しながらも、ゆっくりとラッピングを解く。


 すると中から出てきたのは……。


「こ、○門様じゃ!」


 し、しかも、ただの黄○様ではない。水○黄門Blu-rayBOXじゃと!?


 それだけではない。驚くべきことに、ワシの大好きな三代目の水戸○門シリーズじゃ!!


 ワシ、大興奮!!


「じゃ?」


 ワシの取り乱し具合を怪訝な顔で見つめるルナ。


「あぁ、えっと、嬉し過ぎてつい、私も○門様の口調になっちゃった!!」


 そう言って急いで取り繕うワシ。


「そ、そう。それなら良かったわ」


 自分のプレゼントが喜ばれている事が分かり、少し照れくさそうに笑うルナ。


「ルナも水戸○門が好きなの?」


 だとすると、中々に意外な趣味と言えるが、少なくとも普通の幼稚園児がハマる作品では無いと思うのじゃが。


「レイナが好きだって聞いたから、私も貴重な時間をしゃいて、見てみたのよ!!」


 謎の圧力とともに、ルナが勢い良く言い放った。


「う、うん、ありがとう。でも、私が○門様のファンだなんて話した?」


 ルナとそんな会話をした記憶はないが、なぜ彼女はワシの趣味を知っていたのか?


 そんなワシの疑問を遮る形で、土井さんが勢い良く立ち上がった。


「僭越ながら、私からも一つ、プレゼントがございますよ」


 土井さんはそう言って、一組のトランプを取り出し、おもむろにそのカードの束をシャッフルし始めた。


「さぁ、レイナさん。好きなタイミングでストップと言ってもらえますか?」


「え、あ、はい、ストップ!」


 突如としてはじまったマジックショーに困惑しながらも、適当なタイミングで声をかけた。


「はい、ではこちらを引いて下さい」


 ストップのコールによってシャッフルが止まり、トランプの束の一番上のカードをゆっくりとめくる。

 するとそこには道化師のイラストが描かれていた。


「ほう、ジョーカーですか。なるほど、なるほど。何にでも変身出来るそのカードならば、きっとレイナさんの願いを叶えてくれるかも知れませんね。ではそのカードを無くさないようにズボンのポケットに閉まって下さい」


「え、あ、はい」


 ワシは言われるがままに、山札から引いたばかりのジョーカーをズボンのポケットへとしまう。


「では」


 土井さんは短くそう言って、軽やかな手つきで指を鳴らした。


「もう一度カードを確認して下さい」


 土井さんの言葉に従い、ジョーカーのカードを取り出そうとポケットに手を入れるとそこには……。

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