第三十二話『桃太郎ですか? いいえ、シンデレラです!』
「ウキー! ウッキッキー!!」
北海道の秋は短い。十月の中旬ともなれば、吐く息が白くなる日もある程に寒く、美しい紅葉も足早に過ぎ去ってしまう。しかし、そんな外気の寒さとは裏腹に、雪国の室内は温かい。寒さを凌ぐ為に設計された建物とパワフルなストーブ。その二つがあるからこそ、北海道の室内は冬であっても温かいのだ。そんな、先人達の知恵と技術により守られた空間の中でワシは、、、猿になっていた。
「お猿さん、この日本一のきび団子をあげるかわりに仲間になってはくれないかーい」
小さな舞台の上で、桃太郎役の男の子がワシに向かって叫んでいる。
「わかったウキー!」
ワシは台本によって決められた台詞に魂を込めながら演じる。
そう、本日は幼稚園のお遊戯会なのである。
そこまで広くはないお遊戯室の中には、沢山のお父さんお母さんが座っており、自分達の子供が活躍する様子を静かに見守っている。そんな中、子供達の成長した姿に涙する親御さんもちらほらと見受けられ、うちのパピーも例に漏れず、瞳をうるうるさせながら、我が子の演技を保護者席から見守っていた。
涙ぐむパパンの横では、ママンが真剣な面持ちでハンディカメラを覗き込んでいる。
「ウッキ、ウッキ、ウッキッキー!」
ワシはマミーの持つカメラに視線を送りながらも、堂々たる演技を披露し、お猿さんBとしての最後の台詞を口にして舞台を後にした。
「流石レイナちゃん凄い迫力だったね」
舞台袖で自分の番を待っている赤鬼役の茜ちゃんが、声をひそめながらそう言った。
「ありがとう。茜ちゃんも頑張ってね」
「うん、がんばる」
そう言って力強く頷く茜ちゃん。流石は花組のファッションリーダーだ。赤鬼のコスチュームさえもオシャレに着こなしている。小さな頭に生えた角がワンポイントになっており、彼女の快活さを更に際立たせているようだ。
それから二言三言会話を交わしていると、ついに茜ちゃんの出番がやって来た。
「さぁ、出番だよ。頑張れ」
ワシの激励を背に棍棒を携えた愛らしくもおませな小鬼が、舞台中央へと駆け出して行く。
「ぐへへ、よく来たな桃太郎、やっつけてやる!!」
棍棒片手に迫真の演技で桃太郎へと襲いかかる茜ちゃん。
負けじとダンボールの刀で棍棒を受け止める桃太郎。そして一言。
「茜ちゃんの事が好きだ!!」
舞台中央、突如として響き渡る愛の告白。
「え、え……」
動揺した赤鬼の手から棍棒が滑り落ちる。
「茜ちゃん、僕は君の事が、世界で一番好きなんだ!!」
桃太郎から赤鬼への突然の公開プロポーズに、保護者席がざわつき出す。
顔を真っ赤に染めた赤鬼ちゃんが、動揺しながら床を見つめる。
そして、しばしの沈黙が流れる。
突如として生まれた緊張感にその場の全員が飲み込まれており、空間そのものがお遊戯室という本来の役目を忘れたかのように静まり返っていた。
皆の視線が一人の少女の元へと集まる。
彼女が下すアンサーを皆が固唾を呑んで見守っているのだ。
永遠にも感じられる数十秒が経ち、何かを決心した顔つきの茜ちゃんが、ゆっくりと顔を上げる。
その瞳にはもう、迷いの色は無かった。冷静さを取り戻した赤鬼が真っ直ぐに桃太郎を見つめる。
そして一言。
「私も、健太君が好き!!」
その言葉の直後、一瞬の沈黙の後に、保護者席が一気に湧いた。
それは、桃のようにみずみずしく、甘い恋が結ばれた瞬間。
混じり気のない純粋な気持ちに、大人達は大きな拍手を送る。
一人が席から立ち上がり拍手を送ると、それにつられて皆が立ち上がり、壮大なスタンディングオベーションが鳴り響く。
拍手喝采が鳴り止むタイミングを見計らい、語り部を担当していた先生の粋なナレーションが入る。
「こうして桃太郎と鬼は手と手を取り合い、いつまでも幸せに暮らす事となりました。めでたし、めでたし」
会場は再びの拍手喝采に包まれ、桃から生まれた小さな恋の門出を盛大に祝うのであった。
めでたし、めでたし。