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第三十話『繊細ですか? いいえ、豪快です!』

 11ー3


 審判がめくるスコアボードが厳しい現実を突きつけてくる。あのままなす術もなく、一セット目をかなりの大差で失ってしまった。


 接戦だろうが、惨敗だろうが、一セットは一セット。その価値に変わりはない。そう割り切るにはあまりにも脳が混乱状態にあった。


 正直に言ってしまえば、かなりまずい状況にある。何がまずいかと言えば、何が起きているかが理解出来ないことだった。


 最初に葵が言ったように、消えるのだ。打球が。


 土井さんが放つサーブやドライブが、なんの前触れもなく、忽然と消えるのだ。不思議なことにそれは、仲間のレシーブの際は見えているのに、いざ自分が返球するとなると消えてしまう。


 ワシの目では、三球にニ球程度の割合で消えるのじゃが、葵がレシーブの際はほとんどの確率で土井さんの打球が消えるらしい。


 ただでさえ、ルナの鋭い打球に苦戦している中、要所要所で球が消えるなど、これでは試合にすらならない。そもそもルナはまだ、得意のカットすら出していないというのに。


 セットの変わり目でベンチに戻り、ワシは縋るような思いで父上殿を見上げる。


「二人とも、らしくないイージーミスが目立っているけれど、どうしたんだい?」


 日本チャンプが優しい声音で問いかけてきた。


「あのね、たまがね、きえるの……」


 動揺しきった様子の葵が小さくそう言った。


「球が消える。そんなこと、いや、もしかすると……」


 何やらパパ上殿が思案顔だ。


「もしかすると?」


 ワシも動揺しているのじゃろう、結果を()いて問いかけてしまう。


「あの人はもしかすると、すごく高度なフェイントや視線誘導を使っているのかも知れない。卓球というスポーツは相手の動きの予測をもとに成り立っているからね。見てから動くのではなく、打球が飛んでくる前にある程度のコースを絞ってプレーをするだろう? 目線による細かなフェイントや、予測を完全に裏切ったコースにボールを打っているのだとしたら、そんなことも起き得るのかも知れない」


 流石はワシのパパン。外からの観察のみで、ここまでの推論を立てるとは。


「えっと、えっと」


 今の説明を必死に理解しようとしている葵だが、状況が状況なだけに焦った様子で、珍しく落ち着きがなく、不安な様子で襟足を触っている。


 こんな時こそワシが、葵を支えてあげなくては。


「大丈夫だよ、葵。大丈夫」


 父上のおかげで、僅かだが光明がみえた。もしかすると、これならばいけるかも知れない。


 ワシは一つの作戦とも言えない策を葵にそっと耳打ちした。ある種のこれは賭けだ。


「え!?」


 それを聞いた葵が可愛らしいお目目をパチくりと開き、驚いた様子で叫んだ。


「大丈夫、私を信じて」


 ワシの真剣な眼差しに、葵は深く空気を吸って、力強く頷いた。


 最後に水分補給を行い、一分間の休憩が終わる。


 二セット目は葵のサーブから始まる。相手のレシーバーは土井さんだ。


 葵のロングサーブに対して、土井さんがラケットを振る直前、ワシは己の両眼を閉じた。


 視覚を断ち、聴覚のみに集中する。


 土井さんのラケットにボールが当たる音が聞こえた瞬間、ワシは再び目を開けた。


 そこには、目前に迫る見慣れた白球が一つ。


 やはり。


「見えた!」


 インパクトの直前に目を開けた為、余裕のある体勢はとれていないが、それでも球そのものが見えないよりははるかにマシだ。


 反射速度には自信がある。優秀な遺伝子に感謝じゃな。


 そんな瞬時の思考とともに、不安定な体勢ながらも、今出せる全力のパワードライブを放つ。


 これならば、細かなフェイントなど関係ない!


 そう思ったのも束の間。


「流石はレイナね、でも甘いわ」


 ルナはそう言って、いとも容易くカウンタースマッシュを放つ。


 しまった、インパクトの瞬間まで目を閉じていた所為で、ボールを追うことだけに意識がいってしまい、ルナの立ち位置までは把握しきれていなかった。


 二セット目の初得点。どうしても先に取りたかったが……。そんな諦めにも近い思考が頭をよぎった瞬間、凄まじい打球音がワシの鼓膜を揺らし、その直後には会場全体までもを揺らしていた。


 体育館全体がそのスーパープレーに心躍り、その歓声が、ワシらの心も揺らす。


 忘れていた。


 こちらにもまた、紛れもない天才がいたことを。

 そう、圧倒的速度で放たれたルナのカウンタースマッシュを更なる速度で打ち返す程の天才が。


 肌で実感する。


 試合の流れを変える一球というものを。


 審判がスコアボードをめくり、二セット目の初得点がこちらに入る。

 

「いやいや、思ったよりもはやく、種が割れてしまいましたね。消える球の正体は、マジックにおける基本技術、視線誘導(ミスディレクション)を応用したものなんです。通常であれば、ここまで強力な視線誘導は難しいのですが、ルナお嬢様という圧倒的な存在感を放つお方が隣にいることにより、球が消えているかのように見える程の強固な視線誘導が可能だったわけです」


 潔いと言えば良いのか、土井さんはあっさりと種明かしを始めた。


 なるほど、ワシよりも葵がより強い影響を受けた理由がこれで分かった。


 いくら天才少年といわれる葵も、まだ幼い子供である。加えて葵はとても素直な性格だ。視線誘導などには特にかかりやすいタイプなのかも知れない。

 だが、攻略への鍵は出揃った。後はワシらの全力を出し切るのみ。


「楽しい余興はこれで終わりよ。さぁ、試合(ゲーム)を始めましょう。踊ってあげりゅ」


 ルナが放ったその言葉は、ようやくスタート地点に立つことが許された挑戦者に向けての言葉だった。


 そこからのラリーはどれも激戦となった。


 土井さんのレシーブに対して、直前まで目を閉じるワシと葵。一見、不利に思える状況が続いたが、消えるという特性を失った土井さんの打球は、そこまで威力のあるものではなく、徐々に球威も落ちてきている。


 瞬間的に目を閉じるという枷と、土井さんのスタミナ切れという状態がまるで、この状況を予期していたかのような奇跡的なバランスで、この試合に拮抗を生み出していた。


 その拮抗を動かすべく、最初に動いたのはルナだった。


 ワシの放ったフォアドライブに対し、素早く後陣に下がったルナが強烈なバックカットを繰り出したのだ。一切の無駄を排除した、研ぎ澄まされた一閃。


 一目で分かる。強烈なバックスピンのかかった打球が葵のバックサイドを襲う。


「え……」


 思わずワシは声を漏らした。


 何故ならそこには、見たことの無い葵の姿があったからだ。


 いつもの繊細かつ正確なフォームを捨て、バックスイングを最大限に引き絞り、安定とは無縁の豪快な一打を放とうとする葵の姿が。


 普段の葵のフォームが張り詰めた弓だとするのならば、これはまるで、無骨で荒々しくも強大な投石機(カタパルト)と言えよう。


 一撃で仕留める。


 確固たる意思が、葵の背から溢れ出しているのが分かる。


 空気の層をぶち破る、フルスイングのバックドライブ。


 全てを置き去るその球は、確かな打球音を響かせ、土井さんの真横をノータッチで突き抜けた。


「消えた……」


 驚愕の表情(かお)を浮かべた土井さんの口からは、思わずそんな言葉が漏れ出ていた。


 視認すらも敵わない、バックハンドからの強烈なフルドライブ。この技は(のち)に、認識不可の一撃と呼ばれ、世界すらも震撼させることとなるのであった。

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