表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/105

第三話『平凡ですか? いいえ、天才です!』

 お漏らし革命から一年と半年が過ぎ去り、二歳となったワシはすでに、その才能の片鱗を見せ始めていた。


 艱難辛苦の数多のトレーニングを積み、ついにワシは成し遂げたのだ。それは人間の成長を顕著にしめす、進化の為の偉大な一歩とも言える。なんとワシは、オムツ離れを成し遂げた。巧みにボールをコントロール出来るワシにとって、尿意と便意のコントロールなど造作もないことじゃった。

 二歳にして、オムツがとれ、オマルで用をたす事が出来る。いや、台さえあれば、大人用のトイレですら、ミッションコンプリートして見せるじゃろう。


 それにこの肉体はとても良い。両親の優秀な運動能力を受け継いだのだろう。二歳児にしてはフットワークが軽い。多分、、、そのはずじゃ……。

 まぁ、正直なところ二歳児の平均的な運動能力などわからんが、ママンと公園へ散歩に行った時などに見かける周りの幼児達よりかは俊敏な気がする。

 言語能力に関しては、口内の構造が整った為、ほぼ問題なく言葉を扱えるのじゃが、あまりにも流暢に話すと周りに心配をかけそうなので、ある程度のたどたどしさは演出しておる。


「あらぁーレイナ、こんぬぁ、とぅこにいらのでぇーすぅね?」


 リビングにある白いソファによじ登ろうとしていたワシに、ママンが後ろから話しかけてきた。

 二年の月日が流れても、変わらないことがある。母上の日本語は未だにカタコトじゃ。しかし、それはそれで良いものじゃ。端的に言って可愛いからのぅ。それに彼女は子育ての為に自身の選手活動を休止する程、愛に溢れた母親なのじゃ。


「マーマ、たっくぅーのほんよみたい」


 ワシはママンが驚かない程度のレベルで言葉を話す。


「いいれぇすよ〜、うんしょ」


 マミーはそう言ってソファに座り、ワシを膝に乗せて、目の前に卓球キングダムを広げた。

 マンマが開いたページはどうやら、最新の卓球用品に関するページのようだ。


「わぁー、いろんなのがいっぱい」

(なるほどのぅ、バタフリー社の裏ソフトラバーか、スレイヤーシリーズのハイテンション系ならば、球離れがはやそうじゃの、ふむふむ)


「レイナは、ふぉんとーにたっきゅーどーぐがすぅきね?」


「うん、レーナ、たっくぅーすき!」


 大好きな母君の膝の上で、大好きな卓球雑誌を読む。これぞ、至福のひととき。


 いや〜、それにしても、ワシの時代に比べてラケットやラバーの種類が格段に増えているのぅ。

 ワシの慣れ親しんだ日本式ペンはもちろん、世界で最もメジャーなシェークハンドに、変わり種としてはグリップが拳銃のような形をしているハンドソウラケットなどもある。


 今から道具選びが楽しみじゃの〜う。

 ワシは卓球への抑えきれない衝動のままに、お母様へと懇願する。


「マーマ、たっくぅーやりたい」


「いまは、こぉれで、がまんしぃーてね?」


 そう言ってママンが取りだしたのは、本物のラケットよりも一回り小さいオモチャのラケットとボールである。どうやら、パパ上様とママ上様の会話によると、水咲家の子育て方針としては、台を使っての卓球デビューは三歳になってからの話らしい。まぁ、子供の安全面への配慮からじゃろう。中々に良く出来た両親じゃ。


 じゃが、今の内にやれることはやっておこう。

 ワシはこの身体にボールのリズムを刻み込む為、オモチャのラケットで球突きを始める。プラスチック製の球がラケットの上で心地よい音を奏でながら弾む。ワシが現役の頃はセルロイドの球が主流じゃったが、プラスチックも案外悪くないのぅ。僅かに回転はかけにくいが、球離れは上々じゃ。サイズも38ミリから40ミリへと変わっているが、孫に卓球を教えていたこともあり、その辺りの違和感はない。

 そうして無意識の内に、ボールに回転をかけながら球突きをしていると、ワシを膝に乗せたままのママンが大声をあげた。


「レイナはてんすいでぇすね!!」


 その声に驚き、ワシは思わず、ボールをあらぬ方向に飛ばしてしまった……。床に転がったピンポン球が、不規則に跳ねる。


 恐る恐る上を見上げると、そこには満面の笑みを浮かべた天使の笑顔が見える。


「やぁぱり、ジュンとワターシのこどもでーすね!!」


 ワシの小さな背中には冷や汗が流れていた。普通の親ならば、二歳児の子供がバックスピンをかけながら球突きなどを始めれば混乱必須の状況じゃろう。ママンが天然系の妖精さんで良かった。

 見せてしまったものは仕方がない。ワシは転がっていったボールを拾いに行き、再びおっかさんの膝の上までよじ登り、球突きに興じる。


 なぜ、わざわざママンの膝の上でやるのかと聞かれれば、ちゃんとした理由があるのじゃ。


 第一に、卓球とはバランスの競技である。不安定な場所でボールコントロールの訓練をすることにより、体制が崩れた場合の返球が上手くなるのじゃ。


 第二に、卓球とはメンタルの競技である。相手との距離が近いだけに、やりとりがはやく、自身の精神状態がダイレクトにプレイへと影響する。じゃから、柔らかな魅惑の太ももの感触を肌に感じながらも集中力を欠くことなく打球に集中することによって、精神力を鍛えているのじゃ。


 第三に、卓球とは紳士の競技である。つまりワシは、例え幼女であろうとも紳士であり続けなければなるまい。つまりは、つまりは、えっとのぅ……。まぁ、そんな感じじゃ。


 ワシはこの三つの崇高な理念に沿って、ひたすらに球突きを繰り返す。

 ラバーとボールが擦れる音が鼓膜を揺らす。その数が百を超えたあたりだろうか、ワシはある名案を思いつく。


 右手に持っていたラケットを左手に持ち替えて球突きを続けた。

 玄三じゃった頃のワシは右利きだったのじゃが、卓球というスポーツは一般的に左利きが有利とされている。それは、単純にフォアとバックが逆になり、右利きの選手とコースの打ち分けが違うなどの理由が挙げられる。他にも様々な理由があるのじゃが、まぁ、ここでそれを語る必要もない。


 大事なことはそう、今ならば左利きになれる可能性があるということじゃ。いや、二歳から練習すれば、両利きだって夢じゃない。これはひょっとすると、卓球界初のスイッチヒッターの誕生かも知れんのぅ。


 ワシがその大きな野望を小さな胸に抱いていると、玄関からチャイムの音が鳴った。

 その音に反応したママンが、ワシをゆっくりと膝から下ろして、立ち上がる。


「パーパが、かえっときーたよ」


 そう言って、満面の笑みを咲かせて玄関へと向かうリディア。


 ワシもその背を追いかけて、トテトテとパパ上殿のお出迎えにいく。


 ママンがそのまま鍵をあけると、外から扉が開き、汗だくのお父様が、玄関の中へと入ってくる。今日も一段とハードな練習を積んできたに違いない。ちなみに、パパンは、ママンが日本に住むなら北海道が良いと言った為に、コーチやトレーナーを引き連れて、関東から北海道に住居を移した程の愛妻家だ。


「ただいま、リディア、あれ今朝よりも更に綺麗になった? ただいまレイナ、あぁ、レイナはいつ見ても可愛いね」


 イタリア人顔負けの台詞を並べ、妻の頬にキスしたパパ上殿が、そのままの勢いでワシの頬にも唇をあてようとする。しかしワシは華麗なフットワークでそれらを躱す。


 それにしてもおかしいな、彼が十代の頃に修行していたのは、イタリアではなく、ドイツのブンデスリーガのはずだが……。

 そんな思考をしつつもワシは、襲いかかるホッペにチュウを全て躱しきった。


「な、なんて、足さばき、流石は俺達の娘!!」


 玄関に響き渡るのは親バカの声だ。男の唇になど、触れたくはないからのぅ……。


「パパ、おかえり!」


 あくまでもそれら全てを躱しながらワシは努めて可愛らしい声で言った。


「レイナは恥ずかしがり屋さんだな〜」


 何かを勘違いしたパパ上殿が、笑顔を浮かべて廊下を進む。


「あなーた、レイナはてんすぃでぇす!」


「何が天才なんだい?」


 妻の言葉に優しく問いかける夫。


「レイナ、さっきのぅをもういっかいやってみーて」


 そう言って、オモチャのラケットとボールを手渡してくるママン。


 仕方がない、もうこれはやるしかないか。

 ワシはラケットで球の底をを素早く切るようにして、バックスピンをかけながら球突きを始める。


「おぉー、流石は俺達の娘、天才卓球少女だ!」


 巧みに回転を操る二歳児を前にしてこの反応はある意味問題な気もするが、自身も天才故に、そこまでの異常事態とは捉えていないのかもしれぬ……。


「パーパ、レイナね? たっくぅーしたい!」


 斜め45度の計算され尽くした幼女スマイルを浮かべ、パパンにお願い攻撃をするワシ。


「台を使っての練習は、三歳の誕生日になってからな、その時にちゃんとラケットも買ってあげるから」


 ワシのお願い45度攻撃が効かないじゃと!? 流石は日本チャンピオン、手強い。

 しかし、ある意味安心したわい。この両親は二人とも親バカな節が垣間見えるが、大事なことはしっかりとおさえてあるようじゃ。

 きっとワシはこの二人のもとでスクスク育つことじゃろう。あぁ、三歳の誕生日が待ち遠しいのぅ!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ