第二十八話『執事ですか? いいえ、マジシャンです!』
二回戦目の相手は、小学生の低学年ペアで、二人とも中々の球筋とフットワークじゃったが、コンビネーションが甘く、ワシら幼稚園児コンビのストレート勝ちとなった。
どうやらこの大会は、老夫婦や小さな子ども達がメインで、地元出身者であっても、現役の中高生が混ざって試合に出るということは無いらしい。あくまでも交流という色が強い為、そこは暗黙の了解のような空気があるのだと言う。
そうして現在、ワシらは三回戦目のマッチポイントを向かえていた。
二回戦目から続いて、またも小学生の男女ペアが相手。四年生の兄と二年生の妹の兄妹ペアであり、先程の相手よりも連携が上手く、最初の一セット目は取られてしまったが、続く二セット目、三セット目は葵の力強いプレイと、ワシの長年の勘が冴え渡り、立て続けに二セット連取となった。
さぁ、残り一点で決勝。
葵の小さな指が台の下でサインを出す。相手からは見えない位置でのそれは、サーブを出す前の確認事項だ。
味方の繰り出すサーブによって、予想される相手のレシーブパターンも変わってくる。ロングサーブならば早い展開が繰り広げられるだろうし、短めのサーブならば、慎重な出だしになるかもしれない。それに、この競技は、もっとも回転の影響を受けるスポーツでもあるのだ。味方が出すサーブによって得られる情報は数限りなくある。
ハンドサインを確認し、軽く頷く。
ワシの首肯を確認した葵が、フリーハンドでトスを上げる。
強烈な回転系のサーブを連想させるフォームに相手が身構えるのが分かる。
葵のサーブに対して、相手が選択したレシーブはフォアハンドでのツッツキだ。それは回転系のサーブに対しての手堅い繋ぎの一手。
しかし、相手の返球はふわりと浮き、ワシの為の絶好球へと変わった。
プラスチックの白球がラケットへと確かな打球感を伝え、甲高い音を響かせながら、強烈なスマッシュが決まった。
審判が最後のスコアボードをめくり、ワシらの勝利が確定した。
「ナイスボール!」
満面の笑みを浮かべた葵が元気よく言った。
「うん、ありがとう。葵のナックルサーブも見事な演技だったね」
彼が最後に見せたナックルサーブは、下回転系のフォームに見せかけた、無回転のサーブだった。だから相手は、下回転を意識した繋ぎのレシーブをしたつもりが、回転量を警戒し過ぎたあまり、ラケットを僅かに上向きに調整した為、浮いたレシーブをしてしまったというわけじゃ。
そう、卓球において、常に行われる回転の読み合いは、一つ間違えれば、相手へのチャンスボールとなり、容易に得点を与えてしまうことになる。
右回転のサーブに対しては左回転のレシーブで相殺、下回転のカットには、上回転のドライブで回転を上書きするなど、そういった瞬時の読み合いが高速ラリーの間に行われている。
ことダブルスにおいては、更に複雑化されたそれらの読み合いが生命線とも言える。
そして、その読み合いを制したワシと葵のタッグは見事、三回戦を勝ち抜き、いよいよ次が決勝の舞台。
対戦相手と握手を交わし、二階の観客席へと戻る。
「二人ともお疲れ様、良い試合だったね!」
三回戦を勝利したワシらを最初に出迎えたのは、額に汗を浮かべながらも爽やかな笑顔を浮かべるパパ上殿だった。
そんなパピィの言葉につられてか、次いで秋穂さんも口を開く。
「いよいよ次が決勝だね」
「うん、次も絶対勝つ」
自身の母親に勝利を誓う息子。その眼差しは真剣そのものだ。
決勝戦は昼休憩を挟んだ後、体育館の中央に卓球台を一つだけ設置して行われるようで、体育館の全ての視線を一点に集める贅沢な試合となるようじゃ。
会場にある全ての熱が一つの台に集中することを考えると、今からもう武者震いが止まらん。
そんな、緊張と興奮が入り混じる複雑な心境などはお構い無しにママンが大声を上げる。
「こるぇがにほーんのここるぉでぇーす!!」
マミーがそう言って、巨大リュックサックから取り出したのは、五段に重なった重箱である。
その小さな世界に広がるのは秋の味覚のオンパレード。
キノコと栗の炊き込みご飯、秋刀魚の甘辛揚げ、さつまいもの甘煮といった、日本の秋を強く感じさせる旬の料理が並ぶ。デザートには、葵ママが用意してくれた、巨峰と梨という最強のダブルスが控えており、至れり尽くせりとはまさにこの事じゃ。
「さぁー、めすあがってくぅださぁーい!」
母上の元気な声に呼応して、皆が箸を手に取り、各々が思い思いの品を口に運ぶ。
「あぁ、おい、しい……」
その名に秋を冠する葵ママが、思わず悩ましい声を漏らす。
秋の味覚をゆっくりと口に運ぶその所作には、えも言われぬ品があり、思わず視線が釘付けになる。
くぅ〜。絶景かな。
そうしてワシが秋の味覚と秋穂さんの美しさを最大限に噛み締めていると、どこからともなく歓声が上がった。
栗ご飯を頬張りながら、その音源の方に目をやるとそこには、口の中から大量のトランプを吐き出しているご老人の姿が。次いでそのご老人が、滑らかな動作で、何もない手のひらから一輪の薔薇を生み出した。そしてそのまま、スマートな所作で膝を突き、隣に立つ銀髪幼女の手に真紅の薔薇を握らせた。
銀髪幼女はそれを当たり前のように受け取り、さながらパリのファッションモデルの様な堂々とした足取りでこちらへゆっくりと歩いてくる。
「まったく、あんた達の試合があまりにも遅いから、ご飯もとっくに食べ終わって、暇潰しに、じぃやに余興をやらせていたところよ」
一輪の薔薇を手にした幼女が腰に手を当て不遜な態度でそう言った。
ちょっと何を言っているかわからないが、左手に持つ真っ赤な薔薇と、真っ白な肌のコントラストが映え、これが映画のワンシーンと言われても違和感がない程に様になっている。
「その様子だとルナも勝ったんだね」
「当然よレイナ」
そう言ってルナが何やら少し遠くを指さした。
その方向へと視線をやると、そこには本大会の試合結果が記された巨大なホワイトボードの存在が。
ルナ達の試合結果へ目をやると……。
11ー0
11ー0
11ー0
そこには、完膚なきまでの勝利が明示されていた。
「ふん、相手が小学生でも関係ない。私のことをチビと呼んだこと、後悔させてやったわ!!」
「私も少し大人げなかったかも知れませんね。しかし、お嬢様を愚弄された以上、たとえ子供相手とて、それ相応の覚悟を持っていただかなくては」
ルナの半歩後ろに連れ添う土井さんがにこやかにそう言った。
「まぁ精々、じぃやの余興程度には、私を楽しませられるよう頑張りなさい」
「お嬢様はこの日が楽しみで、昨日はあまり眠れなかった程です」
「ちょっと! じぃや!!」
手に持つ薔薇のように、顔一面を真紅に染めたルナが叫んだ。
「おっと、これは失礼致しました」
別段悪びれた様子もない土井さんは、大人の余裕なのか、少し楽しそうに頭を下げている。
「まぁ、いいわ。とにかく二人とも、全力で来なさい。この私が踊ってあげりゅ」
甘噛みしつつもそう言って、ルナはワシに一輪の薔薇を渡して去って行った。
敵に塩を送るなんて言葉はあるが、薔薇を贈られたのは、生まれてこの方、前世も含めて、初めてのことじゃった。
これはもしや、ワシらに向けての手向けの花とでも言いたいのじゃろうか? だとしたらワシも、舐められたものじゃ。
小さな胸の内で暴れるのは、リベンジに向けて燃えたぎる熱い闘志。
手中の薔薇のように、真っ赤に燃えるそれを、青の炎へと変えていく。
フラストレーションを力に変えなくてはならない。
待ち望んだ試合。
負けたままでは終われない。
そんなワシの思いに呼応するようにして、隣に座る葵も力強く頷く。
そこに言葉は無く、されど確かに共有出来た思いがある。
勝利。その二文字をこの手に。