第二十六話『独力ですか? いいえ、協力です!』
「ふぅたぁりとぅもー、がんばぁるぇーどぅえーすよー!」
ママンの力強い声援を背にワシと葵のミックスダブルスデビュー戦が幕を開けた。
初戦の相手は、商店街で精肉店を営む坂本夫婦だ。卓球歴は三十年以上との事で中々のベテランコンビである。
試合前の三本ラリーでは安定感のあるフォームが見られ、熟練夫婦のコンビネーションには注意が必要じゃろう。
毎日新鮮なお肉を食べているからか、二人とも五十歳を超えているとは思えない程の若々しさを保っておる。そして、世代なのか、戦型はワシと同じ、ペンホルダーのドライブマンじゃ。最近では、めっきり減ってしまった線型じゃが、今でもベテラン層には支持の厚いラケットである。
ラケット交換が終わり、サーブ権を決めるジャンケンが始まる。
「葵、頼むよ」
「うん」
葵はそう言って静かに坂本夫人の目を見つめる。そう、葵はべらぼうにジャンケンが強いのである。観察眼に優れた彼は、相手の些細な動きからも、常に何かを得ようとしている。本当に末恐ろしい才能じゃ。
最初はグーの掛け声から始まったジャンケンは、葵の出した小さなチョキが坂本夫人のパーを切り裂いた。
この試合、一球目のサーブは葵の放つロングサーブから始まる。
若さを押し付けたスピード勝負じゃ!
サーブを放った葵は素早く左後方へと下がり、ワシがレシーブする為のスペースを迅速に確保する。そう、ダブルスの性質上、交互にボールを打たなければならない。つまりそれは、いかにパートナーのことを考え、味方に打ちやすい環境を整えるかが勝負の鍵を握るということ。ダブルスの試合では一見、点を決めた選手に注目が集まりがちだが、そのプレイの多くは、前のプレイヤーのアシストのもとに成り立っている。
そんな思考も束の間、
カンッという打球音とともに相手の球が返ってくる。なるほど、その球には見た目同様に年齢を感じさせない勢いがある。パワーもスピードも乗ったなかなかの球筋だ。しかし、それでもまだ、こちらには幾分かの余裕がある。
そう、何故ならば、ワシらはダブルスにおける最大級の強みを生かせるコンビだからじゃ!!
空気を切り裂く鋭い打球音が鳴り響き、ワシのスマッシュが青いキャンバスを駆け抜ける。
ノータッチで抜けたそれは、ワシら二人の初得点。
「レイナちゃん、ナイスボール!」
葵が嬉しそうに声を上げた。
「ここからが、ワシら二人の伝説の幕開けじゃ!」
「ワシ?」
「あっ、えっと、私達の!!」
二人の先取点が嬉しくて、ついつい気が緩んでしまった。
集中しなくては。気を引き締め直し、前傾姿勢を取る。
その後も試合は驚く程に順調に進み。瞬く間にセットカウントを奪い、気がつけば、葵が最後のマッチポイントを強烈なバックドライブでもぎ取っていた。
ワシら二人の最大の強み。それは互いの利き手の違いにある。そう、卓球のダブルスにおいては、右利き、左利きのペアが圧倒的に優位とされているのじゃ。
その最も大きな要因とされておるのは、レシーブの際に左利きが圧倒的に優位であるということ。ダブルスには必ずフォアサイドにサーブを出さなければいけないルールが存在する。従って、フォアサイドで右利きの選手がレシーブをする際には、ネット際のボールを処理する為に、前に出て台に覆いかぶさる形となる。結果としてその後、味方が打つ為のスペースを確保する為に、動きが大きくなってしまうのじゃ。
一方、左利き選手の場合は、最初から回り込んだ状態で待ち構え、フォアハンドでレシーブをする事が出来る上に、短いサーブにも足を踏み込んで対処が可能である。例え、ロングサーブが来ても大きく身体を使う事ができ、最初から回り込んだ状態にある為、身体が台の外にあり、味方の為のスペースがあらかじめ確保出来るのだ。つまり、卓球台が邪魔になる、という制約を一切受けずに、身体を避ける時間も短縮出来るということじゃ。
一分一秒を争うこの競技において、一瞬の余裕が生まれるアドバンテージは限りなく大きい。
全ての得点はサーブレシーブから始まる。しかもサーブを出せるコースが制限されておるダブルスではレシーブ側が優位なのじゃ。そのレシーブでさらにアドバンテージを取れるのだから、強くないわけがない。
そして更にもう一つ、右・左ペアには大きなメリットがある。それは、選手同士が交差することが少なくなる、ということじゃ。例えば、右利き同士のペアが、フォアサイドに二回ボールを打たれた場合、必ず二人の選手が交差する形になる。つまり、片方の選手が、もう片方の選手の前を横切って、視界を遮る形が生まれてしまうのじゃ。一方、右・左ペアならば、交差することなく、視界良好のまま全面をカバー出来るのじゃ。
つまりワシらは、その強力なアドバンテージを生かしながら、右利き同士のペアに生じてしまう弱点を的確に突き、相手に死角を作りながら試合を進めていったというわけじゃ。
こうして練習の成果を遺憾無く発揮したワシらは、確かな手応えとともに、対戦相手へと深く頭を下げる。
「ありがとうございました!」
小さな二人の大きな声が重なり、二人のミックスダブルスデビュー戦は見事な白星スタートを切ったのであった。