第二十四話『凶悪犯罪者ですか? いいえ、親バカパピィです!』
かんかん照りの本日は、北海道では珍しい真夏日となっている。八月も後半に差し掛かり、幼稚園の夏休みも終わりが近づいていた。
リビングには程よく冷房が効いており、快適な空間が作られているのだが、どうにもワシにはこの人口的な涼しさが合わず、わざわざ廊下に出て夏の暑さを感じながら、うちわで顔を扇いでいた。
この鬱陶しい暑さも夏の風物詩と考えるのは、やはり前時代的過ぎるかの〜〜。
そんなことを考えていると、玄関のインターホンが勢いよく鳴った。
ワシは本日の主役を出迎える為、真っ直ぐな廊下を意気揚々と走る。
今日は葵のバンビの部優勝を祝してパーティーをすることとなっておる。直接応援出来なかった分も盛大に祝うのじゃ!!
背伸びをして、目一杯手を伸ばし、玄関の鍵を開ける。
体重を乗せてドアを開くとそこには、見た事のない大男の姿が……。
その男、ただデカイだけでは無い。恐ろしい程に鋭い眼光と筋骨隆々なその姿が放つ威圧感を前に全身が竦むのが分かる。
「邪魔するぜ」
ドスの利いた声は男の恐ろしさを更に助長する。そしてその見知らぬ大男は当たり前のように玄関へと足を踏み入れてきた。
「ぎゃあーーーーーー!!!!」
やばい、やばい、やばい。ちゃんとインターホンを確認するべきじゃった。今のワシは無力な幼女に過ぎないのじゃから。
「パパーー! パパーーー!! パパーーーーン!!!」
ワシは絶叫しながら廊下を逆走し、リビングへと飛び込む。
「どうしたんだい、レイナ?」
娘の慌てふためく様子を見ても冷静な様子のパパ上。おい! そんなマイペースにしとる時間はないんじゃ!!
「げ、げ、玄関に、強盗さんが!!」
「おい、誰が強盗さんだ」
「ぎゃーーーーーー!!!!」
すぐ後ろで響いた恫喝的な声に思わず叫んでしまった。
「お久しぶりです、龍さん」
パピィが不法侵入者に深々と頭を下げながら挨拶をしている。
「おう、久しぶりだな、純」
迫るような低い声で侵入者が挨拶を返す。
「えーと、こちらはパパが高校生の時にとてもお世話になった先輩の青山龍司さんだよ。そして葵君のパパでもある」
「え、パパの先輩?」
と言うことは、彼も強豪校出身の卓球選手なのか? ん? いや、ちよっと待てよ。そんなことよりも、とんでもない事が聞こえたような? 葵のパパじゃと?? 聞き間違いじゃよな? まさか、だってこのゴリ、えーと、おっきな男性が葵のパピィじゃと? そんな馬鹿な。いや、流石にないないない。だって遺伝子の辻褄が合わんじゃろ。科学をなめちゃいかん。この世にはDNAというものが存在しておるのじゃから、こんな組み合わせはあり得ない。葵はなんせ、女の子と見紛う程に愛らしい美少年なのじゃぞ?
そんな受け入れ難い現実に耳を疑っていると、その大男の後ろから、葵がちょこんと姿を現した。現してしまった。
「レイナちゃん、こんにちわ。今日はお母さん来れなくて、かわりにお父さんときたよー」
にわかに信じ難い事実が、今まさに確定してしまった。
おいおい、デオキシリボ核酸仕事せーよ。いくらなんでもサボり過ぎじゃろ。
いや、待てよ。DNAがサボってくれたおかげで、これ程までに愛くるしい人類が生まれたと考えれば、気まぐれなDNAと神に感謝かも知れんな。
「じゅんのつぅまのリディアともうすぃまーつ。よろすくおねまいすぃまーつ」
次いで、少し緊張した様子のママンが挨拶をした。もとからふわふわしている日本語が加速度的に乱れている。
「青山龍司です。秋穂が少し体調を崩しまして、今日はその代わりに来ました。よろしくお願いします」
地獄の底から響いてくるような低音で、とても丁寧な挨拶をする葵パパ。なるほど、こういった礼儀正しさは確かに、子どもの葵にも受け継がれているのかも知れない。
「いやー、やっぱり龍さんでしたか」
「なんだよ、お前、葵の父親が俺だって気づいていたのか?」
「葵君のバックドライブを見てピンときました。ボールの底を強烈に擦り上げながら放つパワー系のドライブがあまりに龍さんそっくりでね。実は、葵君本人にも確認したんですけどね」
「ちっ、せっかく驚かせようと思ったのによー」
「いや、びっくりはしてますよ。だって何年振りですか? 龍さんはいつも急なんですから」
そう言って嬉しそうに笑うパピィ。
「あー、まーあれだな。俺がまともなサーブを出せなくなってからだから、4年振りくらいか?」
「そうですね、もうそんなに経ちましたか……」
先程の笑顔とは打って変わって、悲しげな表情を浮かべる父上。
「おいおい、何も湿っぽい話をしに来たわけじゃねーんだ。お互い子どもを授かったわけだしよ、積もる話がもっと他にあるだろ?」
「確かにそうですね。それに今日は葵君の優勝記念ですからね!!」
悲しげな表情を閉じ込め、明るいトーンに戻るパパ上殿。何か思うところもあるように見えたが、流石は日本チャンピオン。気持ちの切り替えは超一流のようだ。
「あぁ、見てろよ純。うちの息子は世界一になる!!」
父親のその言葉に、葵は照れ笑いを浮かべながらも、どこか誇らしげな顔をしている。
「それに卓球だけじゃねーぞ? うちの葵は可愛い上にお絵かきも上手で、すでにひらがなもマスターしている。肩揉みも上手いし、お歌も上手で、演技も出来る。それに笑った時に小さく出てくるエクボがとてつもなく可愛いし、可愛い」
葵パパはそう言って、息子の頭を優しく撫でる。
大きな手で艶やかな黒髪を撫でられた葵は困り顔で赤面しつつも、喜びの感情がその表情から見てとれた。
どうやら葵パパも筋金入りの親バカのようだ。その後も、いかつい表情は一切崩さず、淡々と息子を褒めちぎる龍司殿。さながら間欠泉のような勢いで褒め言葉が飛び出し、これが試合ならば、一セット分に近い時間が過ぎ去ろうとしていた頃、葵のお腹から、ぐぅ〜という愛らしい空腹の合図が鳴り、怒涛の息子自慢がストップした。
「さぁ、おひるのぉじゅんびぃをすぃまぁつよ〜」
ママンはそう言って、食卓に大きなホットプレートを準備し始めた。
プレートが熱を持ち始めた所に、ママンが手際良く生地を流し込む。事前に準備していたそれは、綺麗な円の形になり、食欲を掻き立てる音を鳴らす。
「わぁー! お好み焼きだー!!」
葵が満面の笑みを浮かべて叫ぶ。
そう、今日は葵のお祝いということもあり、事前に聞いていた葵の好物を準備していたのだ。
じゅ〜という音を鳴らすお好み焼きを、真剣な眼差しで見つめる葵。
「あの、ぼくがひっくり返しても良いんですか??」
銀のヘラを手にそわそわした様子の葵が言った。
「もぉつぃろん。やっちゃーてくだすぁい!!」
マミーの合図で両手に持ったヘラを素早い手つきでお好み焼きの下へと差し込む葵。
まるでその動きは、台上での鋭いツッツキのようで、その勢いのままに、手首の動きを最大限に生かしたヘラ捌きで、お好み焼きが宙を舞う。流石は天才卓球少年。その手首のスナップはもはや、バンビの域を超えている。
「流石は俺と秋穂の息子だ」
龍司殿はそう言って、スマホのカメラで自慢の息子を連写している。
やっていることは微笑ましいのじゃが、写真を撮るその表情は真剣そのもので、指名手配のポスターとして並んでいても、まったく違和感がない威圧感を放っていた。
そんな撮影タイムも束の間、葵が一枚目のお好み焼きを見事に焼きあげ、最初の一口を頬張る。
「ふわふわ〜、ひつじさんみたーい」
そんな愛らしい一言が飛び出した瞬間、すでに親バカ葵パパの口が動き出していた。
「流石は俺と秋穂の息子だ。お好み焼きの柔らかさを羊の大毛に例えるとは、なんて柔軟かつ素晴らしい表現力なんだ」
再び火がついた親バカ活火山が噴火し、フルセットの試合に匹敵する程の時間が流れたところで、うちのパピィが口を開いた。
「まー、うちのレイナも負けてませんけどね」
そこからが長かった。
互いの子ども自慢から始まり、話題は嫁自慢にまで波及し、団体戦が終わる程の時間が過ぎ去った。
「いやー、それにしても龍さん」
「なんだ、純よ」
「お互い、妻と子供に恵まれましたね〜」
妻子自慢を出し尽くした二人の男達は、互いの健闘を讃え合い、大声で笑い合っていた。そして何かを思い出したようにこちらに向き直ったパピィがワシと葵に向かって口を開く。
「あっ、そうだ二人とも、今度、町内会のイベントで卓球の大会があるんだけど、参加するかい?」
「うん!!」
ワシと葵の声が重なる。
「規模は小さいけど、少し珍しい大会みたいだからきっと良い経験になるよ」
「珍しい?」
ワシは頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出した。
「なんと、年齢無制限のミックスダブルスの大会なんだよ!」
「みっくす??」
隣に座る葵が可愛らしく首を傾げる。
「葵、ミックスダブルスってのは、男の子と女の子がペアになって試合をするんだ」
龍司殿が愛息子に説明を入れる。
「え! すごーい、レイナちゃんと一緒にたたかえるってこと?」
「そういうことだ。流石は葵、理解が早いな」
「あぬぁーたぁ、Mixed doublesなのどぇ、わたーしたぁちも、ふーふでぇでまぁーつか??」
「おいおい、流石にリディアさんと純が大会に出たら、町内会の行事が国際大会みたいになっちまうよ」
そう言って豪快に笑う龍司殿。
つられてワシも思わず笑う。
町内会に世界最高レベルの選手が二人も出場となれば、地域の活性化にも繋がるかも知らないが、いくらなんでもそれは大人げ無いじゃろう。
しかしまぁ、世界最強の夫婦ダブルスは、また違う機会にぜひ見てみたいものじゃのう。
そんな呑気な空想をしているワシはまだ知らなかった。まさか、町内会のイベントであんなことが起ころうとは……。
いや、まぁ、本当に知らないだけなんじゃが。




