表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/105

第十三話『息抜きですか? いいえ、真剣勝負です!』

 赤髪短髪幼女こと、火脚 陽との試合から一ヶ月と数日が経過した。季節は夏真っ盛り。かんかん照りの太陽とうだるような暑さとの戦いが始まるのかと思いきや、流石は北国、七月中旬の真夏だというのに湿度は低くからりとしており、気温も程よく涼しいときた。ビバ北海道!!

 まぁ、室内競技ばかりしておるワシが気候について語ったところで説得力はないんじゃがな。

 幼稚園は夏休み期間に突入しており、ワシは日がな一日、卓球三昧の生活をおくっていた。そんな卓球中心の人生を過ごしているワシじゃが、今日は少し特別なイベントが控えている。


「そろぉーそぉろ、パパがかえっときまーすから、ゆかーたに着替えまーつよ?」


 卓球台だけが設置された広いガレージ内にマザーの声が響く。

 いつもの練習メニューを終え、卓球用具を片付けながらも、ママンはこちらに優しい眼差しを向けている。


「はーい!」


 ワシは練習で使用したラケットのラバーに少量のクリーナーをつけ、汚れを落としながら元気良く返事をした。そしてそれをラケットケースにしまい、マミーとともにガレージを後にした。


 * * *


 焼きそば、たこ焼き、浴衣に花火。そう、今日は待ちに待った花火大会の日なんじゃ!


 ワシはワクワクのウキウキでドキドキでキュアキュアな気持ちを小さな胸に溜め込みながら、水咲家の和室の中央に立っていた。なんと現在、母上様が浴衣の着付けをしてくれているのじゃ。


「ゆかーたは、にほんのぉここーろどすえ?」


 まぁ、つまり、ママンは日本文化が大好きなのである。その染まり具合は言語能力と反比例するかのように広がっている。ワシが生まれる前はお琴や三味線、生け花に陶芸など、多くの趣味を持っていたらしい。たまにワシと将棋を指すこともあるのじゃが、いつもカタコトの『おぅーてでぇーす』でやられている。


「はーい、できまぁーつたよ」


 マンマの合図と同時に、鏡の前までダッシュするワシ。早くその出来栄えを確認したかったのじゃ。

 大きな全身鏡に映るのは、小さな小さなお姫様じゃった。赤を基調にした浴衣に、黄色のお花さんが咲いている。あまりにもプリティーな妖精(ワシ)の姿がそこにはあった。

 今宵の主役はワシじゃな。そう確信する程の美が鏡の中に映し出されている。

 背にまで流れる長い金髪が、鮮烈な赤の浴衣を横断し、小さな宇宙にミルキーウェイを作り出していた。鮮烈にして可憐。和服と海外の血が国際条約を結んだ瞬間じゃ。


 ワシがワシの虜になっていると、母上もどうやら自らの着付けを終わらせたらしい。


「こ、これは、暴力的じゃ……」


 通説では、胸が豊かな女性は浴衣が似合わないと言われておるが、それにワシは異を唱える必要がある。

 白地の浴衣に鮮やかな黄色の帯が全体に華やかさを添えている。そしてその帯が、彼女の豊かな夏の果実を束縛しつつも強調させる。この帯を解けば、人の欲望そのものが世界を一色に染め上げてしまうことだろう。その危うさが、浴衣のシルエットを損なったとてお釣りがくるであろう美を生み出していた。それは緊張の中にだけ生まれる張り詰めた美とも言えるだろう。


「どーしたぁのどぅぇーすか?」


 ママンが不思議そうに首を傾げている。

 僅かに揺れるプラチナブロンドの髪が、ワシの心から安寧を奪い去る。


「ママ、とっても綺麗!!」


 綺麗という言葉では語り尽くせない美を前にワシはいま、綺麗と呼ぶしかない。あぁ、言語とはなんと不自由なことか。

 

「レイナもとぉーてもかわいーでぇすぅよ!」


 そうして、親子が互いに誉め合っていると、ピンポーンと、玄関のチャイムが鳴った。


 それにしても、浴衣美人二人に出迎えて貰えるとは、うちのパパンは世界一の幸せ者じゃろう。


 玄関の扉を開き、父上殿の第一声。


「あれ、平安時代にタイムスリップしたのかな? 小野小町もびっくりな和服美人がいるね。あぁ、しかし、大変な事が起きた、今日から世界三大美女の内、二人も入れ替わるのだから」


 流石の瞬発力である。どんな体勢からもボールに反応する瞬発力がこんな場面ですら生きるとは……。


「もう、あにゃーたったるぁ♡」


 うん、いつも通り頬を紅潮させるママン。

 もはや伝統芸能並みの予定調和である。


 そこからパパンは甚平に着替え、ワシら三人は花火大会の会場へと向かう。


 * * *


 父の大きな手に引かれながら、ワシらは賑わう人混みを歩く。いつも足には室内シューズばかりを履いているが、今日は小さな下駄を履いている。かつっと響く足音が特別感を演出する。たまに後ろを振り返るとマミーが優しい笑顔を浮かべている。


 周囲の屋台を照らすのは裸電球の暖色系の灯りだ。それらが焼きそばのソースに照りを与え、激しく食欲を刺激してくる。

 りんご飴にわたあめ、クレープにラムネ、そんな夏祭りを象徴する出店がずらりと並ぶ通りの中に、見覚えのある顔を見つけた。


 その幼女は水面に浮かぶ金魚達を真剣な表情で見つめている。ただ、金魚すくいをやっているだけなのに、周りの視線を独り占めにしていた。その要因の一つが、その煌びやかな見た目じゃろう。

 夜闇に輝く銀色の髪をアップに纏め上げ、落ち着いた濃紺の地には白百合が咲いている。彼女こそが夜闇を照らす今宵の月であり主役であると、その美しさが周囲の視線を全て集めていた。そして視線を集めるもう一つの理由が、彼女の右手のボウルに獲得された大量の金魚達にあるのだろう。


 ワシはその幼女へとパパンの手を引きながら近づく。


「えっと、こんにちは、ルナ」


 金魚すくいに夢中な幼女へと、ワシは恐る恐る話しかけた。


「あっ……」


 話しかけられたことにより集中力が途絶えたのか彼女の左手に握られている網が破けた。

 そのまま、鋭い眼光でこちらに視線を向ける銀髪幼女。しかし、声の主がワシだと知ると、その表情が少し和らぐ。


「えっ、なんでレイナがいりゅのよ?』


「えっと、家族で花火を見に来たの」


「ふーん、それよりレイナ、勝負しなしゃい!」


 唐突に何かの勝負を挑んでくるルナ。相変わらず所々甘噛みなのがめんこい。


「何の勝負?」


「もちろん、金魚すくいよ!!」


 自信満々に金魚すくいの網を握りしめ、ラケットのようにスイングするルナ。よくよく見るとこの網の形、卓球のラケットの形に似ておる。


「うん、いいよ」


 ワシはパパンから百円を受け取り、屋台のおじさんへと渡す。ルナは隣に立つ白髪のお爺ちゃんらしき人から硬貨をうけとっていた。


 じゃんけんにより、先行はワシに決まった。

 ワシは手首のスナップを生かすため、ペンホルダーの握り方で網をもつ。素早いテイクバックから、網をしなやかに着水させる。そしてそのまま、繊細なボールタッチの感覚で、金魚達を高速ですくい上げる。右手に持つボウルには勢いよく金魚がすくわれていく。その数が15匹を超えたところで、網の耐久力がきれた……。


「や、やるわね、でも勝つのは私よ」


 シェークハンドの握りで網を握りしめたルナは、右へ左へ、フォア、バックの要領で次々に金魚をすくい上げる。私がこの世の救世主と言わんばかりに、すくって、掬って、救って、すくう。終いには2匹同時にすくい上げていた。


 ゲームカウント


 水咲 15ー17 塔月。


 またもワシはデュースの末に敗れてしまった。塔月ルナ、恐るべし……。ちなみにすくった金魚のほとんどはリリースし、二匹だけを貰って帰ることにした。


「ふふん、私の勝ちね」


 得意げに小さな胸を張るルナ。微笑ましい気持ちもあるが、もちろん悔しい気持ちもある。


「つ、つぎは射的で勝負じゃ!!」


「じゃ?」


「な、なんでもない、とにかく次は射的で勝負!!」


 ワシの負けず嫌いに火が付いた瞬間じゃった。


 それからは、勝った負けたを繰り返しながら、射的に輪投げ、型抜きにくじ引きなど様々な勝負を繰り返した。


「ふぅ、しゅこし疲れたわね」


 りんご飴片手に話しかけてくるルナ。ちなみにワシの右手にはプ○キュアの袋に入った綿あめが握られている。なぜ、水○黄門がないんじゃ!!


「うん、勝負の続きは台の上でだね」


「ふふん、わかってるじゃない?」


 いつの間にやら、大分時間が経過していたようで、中天を藍色の闇が満たしている。真ん丸のお月様は高々と昇り、孤独な空に花が咲くのを楽しみにしているようだ。


「もうすぐ、花火の時間だね」


「えぇ、花火は好きよ……」


 その言葉とは裏腹に一瞬だけ寂し気な表情を浮かべたルナ。


 黒一色の夜空に様々な色が咲き始める。花開く光輪は、静かに揺れる豊平川にもその姿を映す。道内最大級の二万二千発もの花火が夜空を目一杯に装飾し、その光は、隣に立つ幼女の瞳の中さえも美しく飾る。

 炸裂音が鳴り響く中、塔月ルナが口を開く。


「レイナ、必ず勝ち上がってきなしゃい。私も絶対に勝ち上がりゅから。あの日の続きはしょこで」


 断続的に続く轟音に、明滅する空。


 ワシとルナの瞳がぶつかり合う。互いのブルーの双眸には、数多の光と互いの姿だけが映っている。


「うん、待っていて」


 風に乗った火薬の香りを感じながらも、ワシはゆっくりと返事をした。


「えぇ」


 そう言ってワシの返答に満足そうに微笑んだ月の妖精は、かつっと小さな下駄を鳴らして歩いていく。お爺さんに手を引かれながらも毅然と歩くその背の行方が闇に溶け込むまで、ワシはゆっくりと眺めていた。ひょっとすると、花火が魅せた魔法の残滓に浸っていたのかも知れない。


 ワシの左手には小さな袋の中で泳ぐ金魚の姿が二匹。


 あぁ、夏じゃのう……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ