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第百五話『美少年ですか? いいえ、超美少年です!』

 辛くもあり、幸福であり、長くもあり、あっという間の一年半が過ぎ去った。


 季節は春。


 残念ながら、車窓からの景色に桜の姿は無い。雪国の桜は遅咲きなのである。


 ガタンゴトンとベタな音を立てながら電車はせかせかと進む。


 今思い返せばこの一年半はリハビリ期間とは思えない程に強烈かつ刺激的な時間を過ごした。


 ともに苦難を乗り越えた鳴は東京のJSエリート学園へと進学し、ワシは地元(さっぽろ)の私立中学へと進学した。


 入学式はもちろん、パピィもマミィも派手に泣いた。それはもう、周りの大人達が動揺する程の泣きっぷりであった。ついこの前、小学校の卒業式で泣いたばかりだというのに、よくもあそこまで泣けるものじゃ。凄まじい子ども愛である。

 そんな入学式から、二週間近くが経過した。文武両道を掲げる星海(せいかい)中学は勉学に励む環境も部活動に打ち込む施設も十分に用意されていた。


 しかし、ワシの心には今、大きな迷いが生じていた。


 それは、ワシ自身の悩みと、葵に関することである。


 ふとした時間が生まれると、ついつい答えのない思考の海へと潜り、悶々とした時間を過ごす羽目になる。


 そんな思考の海からワシを引き摺り出したのは、あまりにも唐突で予想だにしない感覚だった。


 ワシの左尻を誰かが強烈に揉みしだいている。


 左を揉み、お次は右へと流れるようにワシのお尻が揉みしだかれる。


 このSNS全盛期の時代に、そんな大胆な不届者がおるとは。


 いくらワシが金髪のとびきり美少女とはいえ、女子中学生のお尻を触ってタダで済むと思っておるのじゃろうか?


 まったくもう、馬鹿なやつもいたものじゃ。


 日本のより良い未来の為にも、ワシが一発叩き込んでやらねばなるまい。


 そう思い、ワシが後ろを振り返った瞬間、強烈な打撲音が車内へと鳴り響いた。その後すぐに、中年男性が低い呻き声を上げながら床へと倒れ込んだ。


 倒れ伏した男性を侮蔑の目で睨んでいるのは、一人の絶世の美少年だった。


 背丈はおそらく百七十近くはあるのじゃろうか? すらっとした体型にタイトなライダースを羽織っており、控えめに言っても神が創りし最高傑作と言った風貌じゃ。


 なんと言っても目をひくのが、綺麗に切り揃えられた銀髪。男性にしてはやや長い部類に入るのかも知れないが、彼の独特の雰囲気も相まってかとてもよく似合っていた。


 その双眸は青く透き通っており、一度その目に見つめられたら、男のワシですらどうにかなってしまいそうじゃ。


 ん? いや、ワシは今は女なのじゃから、いいのか??


 そんな、くだらない思考が頭を巡っているのは、あまりに唐突なことが起きたせいで脳が現実逃避をはじめているのかも知れない。


「証拠の写真は撮ってある。次の駅で降りな」


 混じり気の無いやや高めの美しい声音。


 少し高いその声に、どこか聞き覚えがあるような気もする……。


「け、警察だけは勘弁してください」


 床にうずくまり背を丸めた男が言った。


「レイナに痴漢しておいて、実刑を免れると思うな」


 その美少年は言い放った。


 ワシの名を。


「え?」


 ワシの疑問符が口から溢れたのと同時に、電車が緩やかに停車した。すると、うずくまっていた男性が外へ向かって走り出し、開いたばかりの扉から勢い良く飛び出した。


 それを逃すまいと、絶世の美少年もまた、勢いよくホームへと飛び出す。


 残されたのはワシを含めた乗客達。


 一部始終を動画にとっていた女子高生もいれば、呆気にとられて口をあけたままのお爺さんもおる。中にはワシを気遣ってか、心配そうに声をかけてくれたOLさんまでいた。


「あ、えっと、その、ワシは大丈夫です」


「ワシ?」


 眼鏡をかけたオフィスレディが怪訝な目でワシを見つめる。つい先程までは心配してくれていたはずなのに、その視線はどこか冷たい。


「と、とにかく、だ、大丈夫です!! わたし、次の駅なんで!!」


 ワシはそう言ってそそくさと扉付近まで近づき、扉が開くのと同時に電車を後にしたのであった。

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