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私、夏が好き  作者: 千夜
2/2

私、夏が好き2

 何の、冗談か分からない。


『昨夜遅く、◯◯県◯◯町の住宅で小学六年の少女が首を吊っているのを家族が発見し、警察に通報しました』


 テレビにアスカの家が映ってる。


『心肺停止で発見されたのは片瀬明日香さん十一歳ーー』


 ニュースのアナウンサーがアスカの名前を読み上げた。


 アスカが死んだ。

 何だこれ、ドッキリ?

 テレビ使って、すげえな……。


『「深刻に悩んでいるようだった」という情報もあり、警察は家族から詳しく事情を聞くとしています』


「マナブ、聞いて」


 俺の目を見る真剣な顔の母に、思わず首を振っていた。


「母さん、テレビ、何これ」


「マナブ、詳しいことはまだ分からないけど、今日学校で説明があるって言うから聞いてくる。絶対に家から出ないで待ってて。アスカちゃん家には行っちゃダメよ。警察も、取材の人もたくさん来てるから」


「ドッキリ、じゃないの? ほら、テレビでよくやってるやつ。アスカそういうの好きじゃん」


 何だよ、俺の声震える。


「マナブっ」


 母が俺の体を抱きしめた。苦しいほどに力が篭っている。母の声が震えて、熱い雫が俺の頭に落ちてきた。


「嘘、だよな。母さん、何で泣いて、演技うますぎっ、くっ、ひっぐ、なんでっ」



 途中から俺の声も出なくなった。意味が分からない。何も分からない。理解できない。

 俺の頭は考えるのをやめた。だって何も入ってこない。音も、声も、言葉も、文字も。


 俺の脳裏にはアスカの笑顔しか浮いてこない。

 ひまわりみたいな、キラキラ光って見えるアスカの顔。


『私、夏が一番好き』


 言ってたじゃん。夏が好きなんじゃないのかよ。まだ夏は終わってないぞ! 死ぬなんて、おかしいだろ。祭りも花火もまだ残ってんじゃん。


「わ、かんないよ。なんで? なんで、アスカっふっぐぅっ」


 無理だ、情けねえ。涙、止まんねえよ。

 アスカっ!


 母が学校に向かい、俺は自分の部屋に戻った。

 何をすることもできない。ただ椅子に座ってぼーっとする。

 頭の中ではアスカが勝手に再生される。

 俺の部屋の絨毯でだらしなく寝転がってたアスカ。

 海に飛び込んで波に流されてったアスカ。

 飯が美味いって、俺の分まで取ろうとしたアスカ。


 やっぱり俺、笑ってるアスカしか知らねえ。


「悩んでたってなんだよ。聞いてないよ。言えよ。言ってくれよっ!」


 自分で殴った脚が痛い。

 でも、アスカはきっともっと痛かった。死にたいぐらい、心が痛かったんだ。


「俺、頼りねえかよ」


 自分で頭を殴っても全然痛みが足りない。こんなんじゃない。これじゃ足りない。

 思い切り、机に頭をぶつけてみた。強烈な痛みとともに、一瞬意識を失ったような気がした。

 背筋がぞくりとした。自分を失う恐怖。真っ暗闇に囚われる感触。


「アスカ」


 その闇の先にアスカがいるのなら、会いたい。でも踏み出すのは怖い。


「俺は意気地なしか……」


 握りしめた拳の端でランプが点滅しているのに気付いた。ゲーム機のメッセージの着信ランプ。


 クラスの誰かか。みんなきっと驚いてる。誰か、何か知ってるかも。

 期待を込めて、俺はゲーム機の電源を付けた。



 沢山のクラスメート達からのメッセージの中に、俺はアスカのメッセージを見つけた。

 食いつくようにそのメッセージを開き、首をかしげる。


「共有フォルダのリンク?」


 アスカからの最後のメッセージには共有フォルダのリンクが貼られていた。

 フォルダを開こうとすればパスワードの入力を求められた。

 メッセージに書かれていたのはリンクだけで、パスワードが分からない。


「アスカの入れそうなパスワード、うーん」


 とりあえず、『Asuka』と名前を入力してみる。パスワードが違います、と表示された。


「違うか」


 確かにこれは単純すぎるか。

 考え込んでいると、エラーメッセージの下にヒントと表示されているのに気付いた。


『ヒント:アルファベット6文字』


「六文字か、summerとかどうだ」


 アスカが好きだと言っていた夏。


「違うか。送ってくんなら、パスワードも付けろよ」


 悪態ついて、そのアスカがいないことを思い出して涙が溢れる。

 濡れて、ピントの合わない瞳で画面を凝視すれば、新たなヒントが表示されていた。


『ヒント:アルファベット6文字、最初はMだよ』


 増えたヒントにピンときて、でも入力しようとしたパスワードを俺は寸前で止める。

 ただの空白でOKボタンを押した。ヒントが増える。


『ヒント:アルファベット6文字、最初はMだよ、大好き』


 俺は空白のパスワードを連打した。


『ヒント:アルファベット6文字、最初はMだよ、大好き、次間違えたら怒るよ!、マナブ、助けてくれる?』


 背筋が震えた。間違えなければ表示もされないヒントに隠したSOS。それ以上、空白を押してもヒントは増えなかった。

 俺は流れる涙をそのままに、パスワードを入力した。慣れた操作だ。見えなくたってできる。


『パスワード:Manabu』


 俺はOKボタンを押した。

 画面に現れた二つの音声ファイル。ゲーム機の録音機能を使ったものだ。

 一つ目のファイルを開く。


『アスカ、お兄ちゃんとお姫様ごっこしような。アスカはお姫様で俺は悪い魔王だ。ほら、いつもみたいに手を後ろに出すんだ。お姫様は悪い魔王に攫われて、言うことを聞かないと酷い目にあうんだ。痛いのは嫌だろう? いい子に言うこと聞くんだぞ』


 猫なで声と言うのだろうか、男の声に吐き気がした。それに、この話はなんだ。理解、できない。男の声は聞いたことがある。アスカの兄の声だ。八つ離れているのでほとんど会ったことはない。


『ほら、スカートをまくって。自分でやるんだよ』


 おぞましい音声が延々と入っている。十五分程だろうか。声の相手は満足したようで、何事もなかったようにアスカに服を戻すように言う。


『いい子だったね。このことは誰にも言うなよ。捨てられるのはお前だからな』


 最後に、その言葉で音声ファイルは止まった。

震えが止まらない。涙が、怒りが、憎悪が。このぐちゃぐちゃとした感情がなんと言うものか、俺は知らない。

 ただ、この男だけは殺してやると闘志が滾る。今すぐにでも包丁を持って行って刺し殺したい。

 ああ、でも今は警察がいる。アスカの家には警察も取材の記者もたくさんいるはずだ。


 考えろ、俺に助けを求めたアスカのために出来ることを。

 俺は思考がまとまらないまま、さらなる情報を求めて、もう一つの音声を開く。作成時刻は昨夜のもの。


『アスカ、今日も遊ぼうな。今日は何ごっこする? そうだ、じゃあ俺は正義のヒーローで、アスカはヒロインだ。俺が悪から助け出したからヒロインはヒーローにご褒美をあげるんだよ。まずはパンツを脱いでハアハアーーあなたたち何してるのっ!ーーっ違うんだお母さん、これはアスカが誘って来て。俺のせいじゃないからな。アスカが脱ぎ始めたんだぞ! こんな家俺出てくからなーーちょっとどこ行くの! アスカ、どう言うこと! 何か言ったらどうなの?! そうなの? あなたから誘ったの? なんてこと、なんて子、何てっーーお母さ、っ苦しい、やめてっーー私は、悪くないのよ。悪いのはこの子。そうよ一人でやったんだわ。ロープ。そうよね、私のせいじゃない……』


 そして音声は途切れた。

俺は、小型のゲーム機を持って警察署へと自転車を走らせた。

 今の俺には何もできない。体を鍛えて将来、この犯罪者どもが刑務所から出た後に。


 夏が好きだと言った少女の最後の夏が終わった。

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