私、夏が好き2
何の、冗談か分からない。
『昨夜遅く、◯◯県◯◯町の住宅で小学六年の少女が首を吊っているのを家族が発見し、警察に通報しました』
テレビにアスカの家が映ってる。
『心肺停止で発見されたのは片瀬明日香さん十一歳ーー』
ニュースのアナウンサーがアスカの名前を読み上げた。
アスカが死んだ。
何だこれ、ドッキリ?
テレビ使って、すげえな……。
『「深刻に悩んでいるようだった」という情報もあり、警察は家族から詳しく事情を聞くとしています』
「マナブ、聞いて」
俺の目を見る真剣な顔の母に、思わず首を振っていた。
「母さん、テレビ、何これ」
「マナブ、詳しいことはまだ分からないけど、今日学校で説明があるって言うから聞いてくる。絶対に家から出ないで待ってて。アスカちゃん家には行っちゃダメよ。警察も、取材の人もたくさん来てるから」
「ドッキリ、じゃないの? ほら、テレビでよくやってるやつ。アスカそういうの好きじゃん」
何だよ、俺の声震える。
「マナブっ」
母が俺の体を抱きしめた。苦しいほどに力が篭っている。母の声が震えて、熱い雫が俺の頭に落ちてきた。
「嘘、だよな。母さん、何で泣いて、演技うますぎっ、くっ、ひっぐ、なんでっ」
途中から俺の声も出なくなった。意味が分からない。何も分からない。理解できない。
俺の頭は考えるのをやめた。だって何も入ってこない。音も、声も、言葉も、文字も。
俺の脳裏にはアスカの笑顔しか浮いてこない。
ひまわりみたいな、キラキラ光って見えるアスカの顔。
『私、夏が一番好き』
言ってたじゃん。夏が好きなんじゃないのかよ。まだ夏は終わってないぞ! 死ぬなんて、おかしいだろ。祭りも花火もまだ残ってんじゃん。
「わ、かんないよ。なんで? なんで、アスカっふっぐぅっ」
無理だ、情けねえ。涙、止まんねえよ。
アスカっ!
母が学校に向かい、俺は自分の部屋に戻った。
何をすることもできない。ただ椅子に座ってぼーっとする。
頭の中ではアスカが勝手に再生される。
俺の部屋の絨毯でだらしなく寝転がってたアスカ。
海に飛び込んで波に流されてったアスカ。
飯が美味いって、俺の分まで取ろうとしたアスカ。
やっぱり俺、笑ってるアスカしか知らねえ。
「悩んでたってなんだよ。聞いてないよ。言えよ。言ってくれよっ!」
自分で殴った脚が痛い。
でも、アスカはきっともっと痛かった。死にたいぐらい、心が痛かったんだ。
「俺、頼りねえかよ」
自分で頭を殴っても全然痛みが足りない。こんなんじゃない。これじゃ足りない。
思い切り、机に頭をぶつけてみた。強烈な痛みとともに、一瞬意識を失ったような気がした。
背筋がぞくりとした。自分を失う恐怖。真っ暗闇に囚われる感触。
「アスカ」
その闇の先にアスカがいるのなら、会いたい。でも踏み出すのは怖い。
「俺は意気地なしか……」
握りしめた拳の端でランプが点滅しているのに気付いた。ゲーム機のメッセージの着信ランプ。
クラスの誰かか。みんなきっと驚いてる。誰か、何か知ってるかも。
期待を込めて、俺はゲーム機の電源を付けた。
沢山のクラスメート達からのメッセージの中に、俺はアスカのメッセージを見つけた。
食いつくようにそのメッセージを開き、首をかしげる。
「共有フォルダのリンク?」
アスカからの最後のメッセージには共有フォルダのリンクが貼られていた。
フォルダを開こうとすればパスワードの入力を求められた。
メッセージに書かれていたのはリンクだけで、パスワードが分からない。
「アスカの入れそうなパスワード、うーん」
とりあえず、『Asuka』と名前を入力してみる。パスワードが違います、と表示された。
「違うか」
確かにこれは単純すぎるか。
考え込んでいると、エラーメッセージの下にヒントと表示されているのに気付いた。
『ヒント:アルファベット6文字』
「六文字か、summerとかどうだ」
アスカが好きだと言っていた夏。
「違うか。送ってくんなら、パスワードも付けろよ」
悪態ついて、そのアスカがいないことを思い出して涙が溢れる。
濡れて、ピントの合わない瞳で画面を凝視すれば、新たなヒントが表示されていた。
『ヒント:アルファベット6文字、最初はMだよ』
増えたヒントにピンときて、でも入力しようとしたパスワードを俺は寸前で止める。
ただの空白でOKボタンを押した。ヒントが増える。
『ヒント:アルファベット6文字、最初はMだよ、大好き』
俺は空白のパスワードを連打した。
『ヒント:アルファベット6文字、最初はMだよ、大好き、次間違えたら怒るよ!、マナブ、助けてくれる?』
背筋が震えた。間違えなければ表示もされないヒントに隠したSOS。それ以上、空白を押してもヒントは増えなかった。
俺は流れる涙をそのままに、パスワードを入力した。慣れた操作だ。見えなくたってできる。
『パスワード:Manabu』
俺はOKボタンを押した。
画面に現れた二つの音声ファイル。ゲーム機の録音機能を使ったものだ。
一つ目のファイルを開く。
『アスカ、お兄ちゃんとお姫様ごっこしような。アスカはお姫様で俺は悪い魔王だ。ほら、いつもみたいに手を後ろに出すんだ。お姫様は悪い魔王に攫われて、言うことを聞かないと酷い目にあうんだ。痛いのは嫌だろう? いい子に言うこと聞くんだぞ』
猫なで声と言うのだろうか、男の声に吐き気がした。それに、この話はなんだ。理解、できない。男の声は聞いたことがある。アスカの兄の声だ。八つ離れているのでほとんど会ったことはない。
『ほら、スカートをまくって。自分でやるんだよ』
おぞましい音声が延々と入っている。十五分程だろうか。声の相手は満足したようで、何事もなかったようにアスカに服を戻すように言う。
『いい子だったね。このことは誰にも言うなよ。捨てられるのはお前だからな』
最後に、その言葉で音声ファイルは止まった。
震えが止まらない。涙が、怒りが、憎悪が。このぐちゃぐちゃとした感情がなんと言うものか、俺は知らない。
ただ、この男だけは殺してやると闘志が滾る。今すぐにでも包丁を持って行って刺し殺したい。
ああ、でも今は警察がいる。アスカの家には警察も取材の記者もたくさんいるはずだ。
考えろ、俺に助けを求めたアスカのために出来ることを。
俺は思考がまとまらないまま、さらなる情報を求めて、もう一つの音声を開く。作成時刻は昨夜のもの。
『アスカ、今日も遊ぼうな。今日は何ごっこする? そうだ、じゃあ俺は正義のヒーローで、アスカはヒロインだ。俺が悪から助け出したからヒロインはヒーローにご褒美をあげるんだよ。まずはパンツを脱いでハアハアーーあなたたち何してるのっ!ーーっ違うんだお母さん、これはアスカが誘って来て。俺のせいじゃないからな。アスカが脱ぎ始めたんだぞ! こんな家俺出てくからなーーちょっとどこ行くの! アスカ、どう言うこと! 何か言ったらどうなの?! そうなの? あなたから誘ったの? なんてこと、なんて子、何てっーーお母さ、っ苦しい、やめてっーー私は、悪くないのよ。悪いのはこの子。そうよ一人でやったんだわ。ロープ。そうよね、私のせいじゃない……』
そして音声は途切れた。
俺は、小型のゲーム機を持って警察署へと自転車を走らせた。
今の俺には何もできない。体を鍛えて将来、この犯罪者どもが刑務所から出た後に。
夏が好きだと言った少女の最後の夏が終わった。




