プロローグ
「うぅ……」
僕は胃の中のものを根性と気で抑えているのがやっとだった。
先日読んだ新聞のコラムで「どうして船酔いするの?」というものがあったが、それは三半規管が狂うことが原因って書いてあったなあと、そんなことが頭をよぎる。
じゃあ、空の場合は?
しかも飛行機とかヘリコプターなんかじゃあない。
――箒。
箒酔いなんて言葉は聞いたことがない、というか聞く機会なんてない。あってたまるか。
しかしながら、現実にそれを進行形で体験しているのである。
空を箒で飛んでいた。三半規管もこの事実に驚いて我を取り戻してほしいところだったけど、目の前にある景色をグルングルンと搔き乱していたのでそれは到底無理そうだった。
込み上げてくる気持ちの悪さは全くのリアルである。
そしてそんな僕の胃の中のものが高確率で行き着く先であろう方向には母さんの背中があった。
そういえば小さい頃、僕をおぶっていた母さんの背中に胃のアレをぶちまけたことがあったってことを聞いたなあ……
手を口に当てた。
胃がリミットを数える間もなく暴発する。
たくさんのものが溢れていった。
僕は吐くものを吐きながら母さんの背中にもたれかかる。
母さんは背中にかかったその液状のものに特有の温さと臭いですぐに気づき、顔を青ざめさせた。
そうすると箒の頭が下を向き、僕らは空から投げ出されたのだった。