前篇 「小説の書き方」の書き方
さて、「なろう」ではよく小説の書き方を指南したエッセーを目にします。この種のエッセーは見つけるとできるだけ読むことにしています。
それぞれ作者様によって主張は様々で、必ずしもすぐに自分の創作に役立つとは思えないこともありますが、概して”許せるレベル”以上の内容と評価しています。
作者様はプロ作家ではなく、無償でこのエッセーを書いており、しかもそれを無償で自分が読んでいることを考慮すれば、なおさら最低でも”許せるレベル”には達しているはずです。
ところで、その昔、”許しがたいレベル”の「小説の書き方」があったのです。
1. 80年代の「小説の書き方」は詐欺
八十年代終わりぐらいでしょうか。誰とは言いませんが、純文学系の作家たちが軒並み「小説の書き方」、「小説作法」といった感じのタイトルの本を出版しました。
私はその類の本をたくさん読み漁りましたが、タイトルとは違い、本の中身は、小説の書き方などほとんど書いてないエッセーでした。あるいはポストモダンの”言葉遊び”的な抽象論で、小説の書き方を書いているふりをしているような、わけのわからない評論ばかりでした。
”小説の書き方などプロ作家にとっては企業秘密だ。おいそれとおまえごときに教えるわけにはいかない。”
今から思えば、そんなメッセージが読了後に聞こえてきそうな悪質な本です。
作家のみならず、編集者や出版社もつるんだ詐欺と言ってもいいでしょう。買った本代を返せ、と言いたくなります。
この時代、アメリカの記号論理学者が書いた小説や物語を構造や方法論から分析した本がありました。小説の創作指南書ではありませんが、この本が私にとって、一番まともな小説作法本と言えました。
2. クーンツの「ベストセラーの書き方」
最近では「なろう」を読まずともネットを探せば、小説の書き方について書かれた情報が検索できます。そればかりか、漫画やアニメ、映画などの製作方法についても細かく説明した情報が無料で入手できます。
前述のように「小説の書き方」詐欺本にだまされた私に言わせれば、いい時代になったと痛感します。
九十年代初め頃でしょうか。ディーン・R・クーンツの「ベストセラーの書き方」を読んで衝撃を受けました。小説の創作方法が懇切丁寧に解説してあったからです。
今の若い人からすれば別にどうということはないと思うかもしれませんが、そもそも昔はプロ作家が自分の企業秘密を公開することなどありえなかったので、クーンツの本を最初に読んだときは驚きました。
八十年代以前では、タイトルだけ「小説の書き方」と謳っていながら、中身は何もない本が普通です。
そう言えば、筒井康隆の「あなたも流行作家になれる」というエッセーがありました。ギャグ満載のお笑い系エッセーですが、お笑い系にも関わらず、今思えば当時としてはかなり良心的な内容です。
小説の書き方はほとんど指南していませんが、今デビューするならミステリーは敬遠してSFと時代小説の駆けもちがねらい目だとか、原稿持ち込みより新人賞でデビューを狙えだとか、月1.5作以上、短編を中間小説誌に掲載できたら流行作家だとかいった話が載っていました。つまりプロ作家になるための売り込み方について、正直に解説した本です。
3. シナリオは作成ノウハウが確立
クーンツの「ベストセラーの書き方」を読んだ直後、通信教育の「シナリオライター養成講座」を受講しました。費用は高額でしたが、大変役に立ちました。
もともとシナリオライター養成のための教育法は発達しているのでしょう。才能あるなしに関わらず、誰でも一定レベルのシナリオが書けるためのノウハウが確立されているようです。
まるで物理学の公式に数字を代入すると答えが出てくるように、シナリオ作成のハウツーが詳細に理解できました。
シナリオは小説とは違いますが、シナリオ作法の中には小説を書く際に応用できそうなノウハウも多々あると思います。
また米国ハリウッドでも似たようなシナリオライター養成講座があり、そのテキストの一部、「ストーリー作成法」の訳本を読みました。
ちょうどそのころ、レンタルビデオ屋で「ネットワーク」とかいうタイトルの洋画を借りたところ、ストーリー展開が例のテキストのセオリーと完璧に一致していたので、思わず大笑いしました。
4. 「小説の書き方」の書き方
結論から言えば、小説の書き方について自分が信じるところを正直に書いたものは、”許せるレベル”ですが、自らの企業秘密を隠すために意図的に真実を隠したり、間違ったことを書くのが”許しがたいレベル”と言えます。
今日ではもう「小説の書き方」と題した本で、嘘が書いてある詐欺本は絶滅したと思います。
ただ最近、私が「なろう」のエッセー「龍 vs 春樹 比較”村上文学”論」で中上健次のことを少し書いたときだったでしょうか、ポストモダン的”言葉遊び”系の某文芸評論家のツイッターをフォローするようメールが届きました。
中上健次について語りたいなら、まず俺の評論を読め、という感じです。
若いときは自分の頭が悪いからポストモダン系の難しい文芸評論が理解できないのだと思っていましたが、ネット時代に入り、こういう手合いの正体はいわゆる御用学者で、スポンサーの利益のためにいい加減なことを、難しい哲学用語を駆使して説明しているだけだと知るようになると、ふつふつと怒りがこみ上げてきます。
文芸評論自体はどうでもいいのですが、彼らの政治に関する発言を注視すると、背後のスポンサーが何者か、明確に推理できます。
この某文芸評論家は別に「小説の書き方」詐欺本を書いているわけではありませんが、詐欺本作家と同類の現存する”文芸詐欺師”に思えてきます。つまり、こういう連中が”許しがたいレベル”なのです。
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さて、後編では私自身が考える「小説の書き方」について述べていきたいと思います。




