白銀の悪魔
これより、ブリーフィングを始めます。
ターゲットは、『シベリア解放戦線』 を名乗る武装集団です。
先日解体された 『ユーラシア連合』 の残党ではありますが、実態は盗賊と何ら変わりありません。早急に撃破してください。
敵戦力は、確認されているだけで旧式の戦車が10両。歩兵は魔導兵器を運用しない為脅威とはなりませんが、│離脱装弾筒付翼安定式徹甲弾《APFSDS》は私たちの歩兵に対しても脅威となり得ます。今回、あなたに撃破してもらうのは、この戦車が主となります。
なお、歩兵の掃討はこちらで行いますので、全ての戦車を撃破した時点で撤退してください。
報酬は、戦車1両につき1ゴルドになります。
この任務は、ウィザード・ファクトリーからの試金石です。
良い結果を、期待していますね。
* * *
傭兵になって初めての仕事がかつての友軍の討伐とは。俺は、思わずため息をはいた。異世界の連中は血も涙も無いらしい。
異世界とのゲートがサンフランシスコに空いてから50年。敗北に敗北を重ねた地球人類は、先日最後の超国家的組織だったユーラシア連合の敗北、解体に伴い完全に異世界人の支配下に置かれることとなった。
それで困ったのはウラル戦線に援軍として派遣されていた俺たち日本軍遣露旅団第0666小隊だ。半年程前に日本で発生した超巨大地震の影響で本国への撤退が決まって、シベリアまで帰って来た所で連合が解体。諸事情により所属やら何やらがあやふやな上帰るのに必要な燃料も船も無く、異世界人もどう扱おうか困惑していた所で、「とりあえず傭兵協会に登録したら?」 という担当の一言で俺達の扱いが決まってしまった。
「何か考え事ですか?」
オペレーターの斉藤慶子軍曹が訪ねてきた。ただでさえ窮屈な装甲服のせいで憂鬱なのに、マイク越しでも伝わってくる不安に思わずまたため息をはく。
「……まあ、そんな所」
そう返して、辺りを見回す。LEDで照らされた 『箱』 の中は殺風景で不気味だ。
「そう緊張するな」
落ち着いた声で言ったのは、永野栄一大佐だ。『親父さん』 と仲間内で言われる声は今日も健在だ。この人がいなかったら軍なんて辞めていただろう。
「失敗しても、今度は38式を出せばいいだけだ。兎に角、生きて帰ってくることを優先に考えろ。お前は……」
「俺だけの体ではない、ですね分かってます」
耳にタコが出来るほど聞いた台詞なので割って入る。
「そろそろ目標から30キロ圏内だ。幾らステルスヘリとはいえ、これ以上は危険だ。予定通り投下する」
「了解」
そう答え、ちらりとシステムの状態を見る。異常無し。右手の異世界人から支給された長い魔導機関銃も、左手の試作魔導砲も弾数は十分。背中のブースターの先にチャフも取り付けた。何の問題も無し。塗装だけはされていない装甲剥き出しの白銀だが、後は腹をくくるだけだ。
「システム、オールグリーン。サタン、スタンバイオーケー」
発音の怪しい英語で言う。こんなことなら、もっと真面目に勉強しておくんだった、と若干の後悔を覚えた。
「ラジャーザット。グッドラックサタン」
軍曹が俺のコールサインを言うと同時に、床が割れ下に放り出される。
「くっ……」
吹きつける風に姿勢を崩さないよう背中のブースターユニットをコントロールし、数秒で安定させて加速。さっきまで乗っていたヘリを置き去りにする。
眼下には何かの畑が広がり、遠くに何か建物が見える。
――あれが、ターゲットか。
ブリーフィングの映像に映っていたのと同じ、何かの工場らしき建物。ただ、武装についての情報は信じ切れない。地対空ミサイルくらいはあってもおかしくないだろう。異世界人からすれば脅威では無いだろうが、この46式装甲服からすれば十分に脅威となり得る。注意しなければ。
そう考えた矢先にミサイルらしきものが飛んでくる。
「ミサイル接近!」
軍曹のワンテンポ遅い警告を聞き流し進行方向を斜め右前にずらしてチャフをばらまくと、ミサイルはフラフラと軌跡を変えて爆発。衝撃波で視界が揺れる。
軌道を微調整しさらに加速すると、建物から戦車らしきものが出てくると同時に発砲。ただ、幸運なことに (相手には不幸なことに) 弾頭は明後日の方向に飛んでいった。
――これは、好気だ。
直感した時には既に機関銃の射程内。右手を上げ、ターゲットロックもそこそこにトリガーを引く。本来なら、戦車の重装甲を抜ける筈の無い弾丸は、魔力という不思議パワーの影響であっさりと装甲を蜂の巣にし、戦車は爆発した。
――本当、理不尽だ。
改めてそう思う。異世界からもたらされた魔導兵器は、戦争を変えてしまった。魔力を付与された弾丸は、魔力を持たない装甲なんて紙のように貫いてしまう。ウラル戦線でよく見た最新型の戦車も、ただの歩兵が使える魔導機関銃に勝てはしない。
建物の出口はひとつだけなのか、爆発した戦車の後ろから二両目が横の隙間から出ようとしてつっかえている。俺は感傷と共にトリガーを引き、二両目も破壊した。
視界を虹色の魔力感知式に切り替えると、工場の中に五両の戦車と多数の人間がいるのが分かる。反対側の出入り口らしき所には戦車のパーツらしきものがあることから、これらは今のところ無力化されていると考えて、視線をずらすと、工場の向こう側から回り込んでこちらに向かってくるのが三両、逃走しようとする装甲車を守るように四両が走っていくのが見えた。
軽く減速しながら逃走車両に向かい、ついでに向かって来ていた三両を撃破。射程に入った所で後ろの二両が気付いたのか砲塔をこちらに回すが、それを見逃す筈もなく機関銃で蜂の巣にする。すると装甲車が加速し、戦車は急停止した。
「何だ?」
足止めのつもりにしても、意味が分からない。気にせず二両にトリガーを引き、爆炎を浴びて装甲車に接近。すぐさまスクラップにする。
「工場で動きあり!」
軍曹の警告に急いで引き返すと、撃破した戦車の反対側の出入り口を塞いでいた物体を踏み潰しながら戦車と、その後ろから小銃を抱えた歩兵がわらわらと出てきた。
飛んでくるAPFSDSをかわして左手の試作魔導砲を発射。青白い光が着弾したかたと思うと衝撃と共に戦車は歩兵を巻き込んで消滅した。
後は、屋根越しに工場内の戦車を蒸発させるだけの簡単な仕事だった。戦車乗り相手とは思えず、胸にしこりが残った。
* * *
拠点についた頃には、空はすっかりオレンジ色になっていた。
「ちょっといいですか?」
装甲服を脱いで水を飲みながら大佐に尋ねた。
「どうした?」
「いえ、今日のターゲットですが、最新型の戦車を持ってる割に動きが鈍かったですし、警戒陣地も作られていませんでした。何か変ではありませんか?」
「ああ、そのことか」
どうやら 『親父さん』 にはお見通しだったらしい。
「傭兵協会の連中から漏れてきた話によると、どうやら連中訓練もまともに始まっていなかった部隊らしい」
「始まっていなかった?」
引っかかる言い方だ。と同時に嫌な予感もする。
「ああ、ロシアがシベリアで募っていた志願兵のうち、まだ基礎訓練の真っ最中だった連中が、シベリア解放戦線の中核らしい」
「ち、ちょっと待ってください!?」
水のボトルを落としそうになりながら言った。我慢出来なかった。
「つまり、連中は素人だと!?」
「そうだ」
大佐の答えは、分かっていたものだった。自分が殺した連中が、ただの一般人だと認めたくなかった。
「だが、連中は武器を持ってそれを使っていた。いわばテロリストだ」
「…………」
「今日のことは気にするな。俺達は傭兵になったんだ。この程度のことならこれからいくらでもやらされるぞ」
大佐の言葉は、やけに重いものだった。
「……大佐は、経験が?」
「昔、ちょっとな」
去っていく大佐の背を見て、俺はわずかに水の残るボトルを地面に叩きつけた。