第3話(終)
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放課後、流星は早歩きで部室へと向かった。.
部室の電気をつけ、窓を開ける。
野球部の声が聞こえた。
空を見上げると、金星が輝き始めていた。ほかの星たちも僅かに輝いている。
顕微鏡の倍率を合わせ、覗いた。
「…やっぱり、綺麗」
誰もいない部室にひとり、流星は呟いた。
「瑠奈さん!!見てくださいこれ!あのAKR47のチケット当たったんです!このために私は涙なしに語ることの出来ない数々の努力を…!」
部室の外から、星彦の興奮じみた声が聞こえた。
よかったね、と言う瑠奈の声も、続けて耳に入った。
流星は急いで顕微鏡を片付けて窓を締める。
野球部の声が消えた。
部室の扉が開かれる。
────部室の中にいるのは、漫画を読む流星。
「流星さん、こんにちは」
「こんにちは」
星彦と瑠奈の挨拶に、流星は黙って頷いた。
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「ごめんね。全部、見てたんだ」
瑠奈は申し訳なさそうに言った。
瑠奈は1歩、また1歩と前へ進む。
「いつもいつも、一番乗りでさ」
そして、また1歩。
「それでも流星は、星が嫌いなの?」
「…」
きららは真っ直ぐな目で流星を見つめ、流星の名を呼んだ。
やがて、流星の重たい口が開かれる。
「…嫌いなわけないだろ」
明の表情が明るくなる。
しかし流星は、でも…、と続けた。
「中学生の時、星が好きだって言ったら、今まで友達だと思ってたやつらにさんざん馬鹿にされて…」
ぼろぼろと流星の口から言葉が溢れ出す。
「でもやっぱり、星を嫌いになんてなれなくて天文学部に入った。だけど、またあんな思いするのが嫌で…っ。友達を作るのが怖いから、部活でもひとりの空間を作って…。しまいには星なんか好きじゃないって強がって…」
流星は大きくため息をつく。
「俺にはもう、星を好きだなんていう資格、ない…」
夜空に淡く輝く星を眺めながら、呟く。
しばらく流れる沈黙。
その空気を破ったのは、きららだった。
「それでも、流星は星が好きなんでしょ?」
それはそうだけど…、と窓から目を離し答える流星。
「だったらいいじゃん!」
そんな流星とは反対に、にこやかな笑顔で言うきらら。
「星が好きだなんていう資格?そんなの意味わかんない」
けらけらと笑うきららに、流星は少しいらつかせながら言い寄る。
「そんな軽い問題じゃ…!」
「流星さん。考えすぎですよ。きららさんの言う通り、星が好きならそれでいいじゃないですか」
流星ときららの間に入る星彦。
それに!と明も続ける。
「ここにいる部員は、流星を悲しい気持ちになんてさせない!部長の私が言うんだから間違いない!」
心配しないで?と瑠奈も優しく言いかける。
しかし、まだ俯いている流星。その肩に手を置き、顔をのぞかせる明。
「流星も私たちと同じように、星が好きなんでしょ?」
────私たちと同じように
その言葉が流星の心の中で反響する。
ひとりじゃないということが、仲間がいるということが、流星の今までの思考を砕かせた。
「…そうですね、部長!」
初めて見る流星の微笑む顔に、明は手を真上に突き上げる。
「よーし!そうと決まれば、あと4日間頑張るぞー!」
「「おー!」」
部員全員の声が部室内に響き渡った。
それから5人は、みんなで必至に活動した。
5人は、いろんな方法を考えた。
みんな、笑顔で楽しそうだった。
5人は、同じことを思っていた。
────この5人で、部活がしたい。青春したい!
「いよいよ今日、ですね」
5人はそれぞれ椅子に座っていた。
今日は職員会議。
部活の進退が決まる日。
「そろそろ職員会議終わった頃かな…」
明は立ち上がり、部室を出ようとする。
部室の扉に手をかけようとするも、躊躇われた。
「私たちに出来ることは、すべてやり尽くしましたよ」
「大丈夫。きっと大丈夫だよ」
星彦と瑠奈が声をかける。
きららと流星も、明を応援するように見つめていた。
顔を部員に向け、明は笑った。
「顧問の先生のところ、行ってくるね」
────
「…まだですかね」
星彦は部室の中をぐるぐる回りながら歩いていた。
「星彦くん、少し落ち着きなよ」
瑠奈が声をかけるも、落ち着いてなんかいられませんよ!と星彦は言った。
その時、星彦の目に入ってきたのは体を震えさせている瑠奈。
「…そうですね。少し、落ち着いた方がいいですね。すみません」
星彦は座った。
きららは丸椅子の上に体育座りをして、自分の震える膝を眺めていた。
流星は曇り空を眺める。
その表情は、瑠奈たちには見えなかった。
足音が聞こえた。
ゆっくりと、こちらへ向かう足音。
星彦は部室を飛び出した。
「結果は!?」
星彦は部室前の廊下にいた明に問いかける。
しかし、明は黙って部室の中へと入る。
星彦も続けて入った。
ごめん…、と呟く明。
「ダメ、だった」
ぱたん、とのその場に座り込む明。
本当にごめん…!と泣き出す明。
星彦はすぐに背中に手を当てた。
それにつられてきららも泣き出す。きららにかけよる瑠奈も、目に涙を浮かべていた。
「…仕方がないですよ。私たちに出来ることはきちんとやりました。そのうえでこの結果なら、どうしようもないです」
星彦が声をかけても泣き止む気配のない明。星彦も目の奥が熱くなり始める。
「あの!」
突然流星は、雲の隙間から星を輝かせた夜空を見たまま声を上げた。
明たちの方へ振り向く流星の顔は、目鼻を赤く染めながらも笑っていた。
「…俺、この1週間を通して成長できました。信頼できる、友達ができました!…天文学部がなくなっても、友達のままでいてくれますよね?」
笑顔で問いかける流星。
「そんなの当たり前でしょ?」
「当然ですよ!」
瑠奈と星彦は答える。
「うん…!」
「もちろん…だよ…!」
きららと明も、涙を拭いながら答えた。
流星を見つめる瑠奈。
その流星の後ろには、雲一つない数多の星の光が輝いていた。
「わぁ…綺麗な星空…!」
瑠奈は感嘆の声を上げ、窓辺へと歩み寄る。
それに合わせて明たちも窓辺へと歩き出す。
「私、このメンバーで部活動できて、本当に良かった!」
明は満天の星空を眺めながら言う。
「それ、なんか照れくさいですよ〜」
きららはそう答えるが、でも…、と言葉を続ける。
「私も、そう思います!」
「ここにいた時間は、一生涯大切な思い出です」
「人生の宝物だね」
星彦と瑠奈も、夜空を見ながら言った。
「…俺、もっと星のことを勉強して、天文学者になります」
流星の言葉に、部員たちはお〜!と言葉を零した。
「流星さんが天文学者ですか…。なら僕は、いま存在している望遠鏡よりももっと性能がいいものを作る、技術者になります!」
星彦はそう明言すると、言ったな〜?と明は微笑みながら星彦を見た。
「なら私はギリシャ神話の絵本を描くイラストレーターになる!」
明のその発言に────
「「それは無理」」
「じゃあ、ギリシャ神話紙しば────」
「「それも無理です」」
息を合わせ、明につっこむ部員たちに、頬をふくらませた。
「みんなひどいよ〜。やってみないとわかんないじゃん!」
「いや」
「だって」
「あの絵は」
「ない」
まるであらかじめ打ち合わせしておいたような4人の連携プレー。
なんでそんなに息ぴったりなの!?と明は部員たちを見回した。
しばらくの間流れる沈黙。
やがてそれは5人の笑い声へ変わる。
天文学部は終わってしまう。
だが、この5人の青春はまだまだ終わらない。
星空を眺め、これからの青春の日々と星の光を重ねた。
────みんな、ありがとう!
星は5人を見守るかのように、光り輝いた。