第1話
昴星高校の3階にある部室練。
1番南側にある、総勢たった5人の天文学部の部室で、部員たちは活動していた。
「あっ!1番星!」
双眼鏡を覗いている1年生の星きららは、嬉しそうに言った。
もうそんな時間ですか、と星座の図鑑を閉じてきららの隣へと移動するのは2年生で副部長の三星星彦。
「星彦先輩、あれはなんの星ですか?」
「あれは金星ですよ。綺麗ですね」
星彦はそう答えると、金星って可愛い!ときららは言った。
「か、かわいい?」
「先輩はあの可愛さに気付かないんですか?」
双眼鏡を外し、星彦へ言い寄るきらら。なんかすみません…と星彦は謝った。
きららは再び双眼鏡を除き、金星を探す。
しかしなかなか見つけることはできなかった。
「ほら、あそこですよ」
星彦は指を指して金星の場所を教える。
「あ、あった!」
先輩さすがですね!ときららは言いながら、金星を観察する。
それから、と星彦はさらに自分の知識をさらけ出す。
「金星は、双眼鏡を覗かなくても綺麗に見れるんです」
そう聞いて、きららは双眼鏡を外す。
肉眼でも煌々と輝いている金星は、きららを驚かせた。
「金星は、光を反射する物質がとても多いので、肉眼でもちゃんと確認できるほど明るいんですよ。ちなみにほかの太陽系の惑星だと、火星・木星・土星あたりが肉眼で観察できます」
淡々と続ける星彦の解説に、きららは追いつくことが出来ないで目を回す。
「たいようけいの、わくせい…」
きららはそうつぶやくと、やれやれ、と言いながら太陽系の惑星を解説しようとする星彦。しかしきららはそれを止めた。
「いや待ってください!太陽系ですよね?言えます…言えますよっ!えっとですね…」
きららは指を折りながら続ける。
「…月、火星、水星、木星、金星、土星、…太陽?」
「きららちゃん、地球が入ってないよ?」
きららにそう言った大人しめな女子生徒は、2年生の星倉瑠奈。
「え、地球って太陽系…?」
「…太陽系の惑星は、内側から水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星ですよ」
へぇ…と目線を泳がせながら答えるきらら。一般常識ですよ?と星彦は続けた。
「そ、そんなことよりも!冬って星がきれいですよねっ!」
流れが悪くなったのを察して、話を切り替えるきらら。
「冬は一年の中で1番、星が綺麗だからね」
瑠奈は微笑みながら返す。
「ええ。秋の一等星が1つに対し、冬はたくさんあるんですよ。えぇと確か…」
いくつでしたっけ…と星彦は頭を指でつつきながら考え込む。すると、
「…7つ」
そう答えたのは、漫画を読んでいる1年生の星川流星。いわゆる、問題児だ。
「あぁそうです、7つです。流星さんの星に関する知識は、私の次に!素晴らしいですね」
胸を張りながら言う星彦に、はいはいそーですね、と素っ気なく答えた。
その流星の態度に、きららは眉を寄せる。
「流星、先輩にその態度は失礼でしょ!」
睨みつけるきららに流星は1度目線を送り、再び手元の漫画に目を落とした。
「ちょっと流星!」
きららは歩み寄る。
「まぁまぁ、きららちゃん落ち着いてよ。星彦くんは別に怒ってないんだしさ」
「瑠奈先輩…」
瑠奈は二人の間に入る。
きららは無言で窓辺に寄った。
「ほら、きららちゃん」
瑠奈はすぐにきららの元へ歩み寄る。
「今日も星が綺麗だよ?あ、あれってシリウスじゃない?」
あ…ほんとだ…!と顔を上げるきらら。オリオン座も綺麗に見えますね、と星彦が指をさす。
「オリオン座って、リボンの形みたいな星座ですよね?」
きららはそう問うと星彦はうなずく。
「ですが、オリオンは元々、大男なんですよ?」
その星彦の言葉に、きららは驚きを隠すことが出来ずに問いかける。
「ど、どうして大男が星座になっちゃったんですか?」
それはですね…と星彦は眼鏡を光らせながら語り始める。
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ある日、オリオンという大男がいました。
「ふははは!俺がオリオンだ!」
オリオンはとても体が大きく、力持ちで、ギリシャ神話で一番の狩人でした。そんなオリオンは、そのうち力を自慢するようになりました。
「俺が一番強いのさ!」
「まったく、オリオンの暴れっぷりはひどいわ。大サソリさん、ひとつお仕事を頼めないかしら?」
「サソリッ!サソリサソリッ!」
オリオンを見かねた女神へーラは、オリオンを懲らしめるために、彼の足元に大きなサソリを放ちました。
「大サソリ、パーンチ!」
「ぐわぁぁぁぁ」
さすがのオリオンもサソリの毒には勝てず、命を落としてしまったのです。そして、オリオンの恋人であったアルテミスはそれを悲しんで、大神ゼウスに頼んで、オリオンを星座として夜空に上げてもらったのです。
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「とまぁ、こんな感じです」
諸説ありますけどね、と星彦は続けた。
「今でもサソリが苦手なオリオンは、サソリが東から夜空に上がってくると、そそくさと西へ沈んでいくんだよ」
そういう瑠奈に、それってなんだか可愛いですね!ときららは言った。
「にしても、部長はどのにいるんでしょうか」
星彦はあたりを見回す。
「今日の部活が始まってから、だいぶ時間が経つのにね」
瑠奈も心配そうに言った。
「どーせあの人のことですし、赤点とって追試でも受けてるんでしょ」
流星は漫画を読みながらそう零すと、きららは、そんなわけないでしょ!と反論した。しかし、
「いや…」「ありえるかも…」
そう呟く2年生に、きららは察した。
その時、
「はぁっ…はぁっ…!」
ガラッ、と思い切り扉が開いたかと思えば、部長である2年生の星影明が、サイドに結んだ髪を揺らして息切れしながらたっていた。
「あ!部長、追試お疲れ様です!」
「きららちゃん、まだ追試って決まったわけじゃ…」
瑠奈がそういう間もなく、
「追試も不合格だったぁ!」
と倒れ込む明。
やっぱり追試なのね…と瑠奈は困ったように呟いた。
「そんなに息を切らして、どうかしたんですか?」
星彦は座り込んでいる明に問いかける。
「あ、そうだった!みんなに言わなきゃいけないことがあるんだ」
立ち上がり、真面目な表情を見せる明。
いつもとは違う緊張感に、瑠奈は、口を結んだ。
「それは…」
「えええええええ?!?!」
「きららちゃん、まだ何も言ってないよ?」
「えへへ。瑠奈先輩ごめんなさい。こういうの好きなんです」
そう笑うきららに、笑顔を作る瑠奈。
しかしその奥には、明が今から言おうとしていることに対する不安があった。
コホン、と咳払いをする明。
申し訳なさそうに、話し始める。
「この天文学部が」
「廃部に、なるかも…」
「「えええええええ!?」」
オリオン座の輝く夜空に、星彦、瑠奈、きららの声は散る。
流星は読んでいた漫画を足元に落とした。