恐怖・コンニャク男
私が大学生の頃だから、何年か前。
バイト帰りに駅から家まで歩いていたら、見慣れないオジサンとすれ違った。
ひざがくねくね、ひじがグニャグニャ、顔が灰色の、コンニャク男だった。
私は一目散に駆け出して家の鍵を閉め布団をかぶって朝まで震えた。
そう話し終えた私に向かって、怖いともなんとも言わず、せやな、せやなと、うなずくばかりのサークルの先輩が、うちも怖い話あるで、言うて話し始めたんや。
初めて話す、だとか
誰にも話したらアカン、だとか
もし話の途中で肩が重くなったら言え、だとか、細かい注意が続いて。
要点をまとめれば、廃病院で大学生がドラッグ・パーティーしてたら何人かいなくなった、という話だった。結局それだけの話だ。それをバッド・トリップした「友達」の視点で話した。困ったのは先輩後輩という立場があるので、私もあまり強くは言えず、もったいぶった言い方や、急に大きな声を出す事などに、悄然と相槌を打つより他に致し方無かった事だ。
隣で聞いてた友人や後輩に、やたらと受けていて、だけど私には全然怖くなかった。むしろ、コンニャク男がこの飲み会を何処か隠れて見張っているんじゃないかと、その事ばかり怖かった。たぶん友人らも本当はそうだっただろう。
終電でみんな帰って、私とその大層な評判の先輩とが同じ方面で、電車も無かったから、タクシーで帰るか、言うて、けど半々やったら僕が先に降りるから多く払う事になりませんかね、とか言うて少しでも怖い話の分を取り戻そうと頑張っていた。
まだ幾らも取り戻していないのに、空気読めんタクシーが止まってもうて、さすがに私も他人に愚痴を聞かれたいとは思わんから、しゃーなしやで、と思って口を閉じた。ドアが開いても、後部座席に客が乗ってて降りようともせえへん。なんや同乗かいな、人生初やで、と思ってると「ゴメン、さっきの店に財布忘れてもうた、オッチャン出したって」いいまんねん。ほんまトロくさい奴っちゃで、と思って幾分気が晴れた。
ぐいぐいと腕を引いて道を行く先輩は、牛丼屋に入って大盛りを二つ注文した。財布持ってるんですか、と聞いてみると。
「あれ、そうやな」
「はぁ? なんですか?」
「乗ってたん、せやんか」
「紅しょうがですか?」
「違ゃうわボケ、運ちゃん気付いてへんかったな。後ろのバーサン客違ったやん」
むせ返りながら牛丼を掻き込んだ。あんな旨い牛丼を食べた事は無かったし、この先食べる事も無いだろう。